第8話 綺麗な君は醜い自分
「楽希くん、スマホなってるよ」
「あぁ、世界からか。ごめん、先に戻るわ。話したいことは話せた?」
「うん……!ごめんね、食堂まで来てもらって」
「それは全く構わない。じゃあ、ここで失礼する」
楽希は立ち上がり、スタスタと食堂を後にした。1人残った賢人は、伊吹について考える他なかった。
世界にとって俺はどのように映っているのだろうか。最近考えるのはそんなことばかりだ。夜寝る前に抱きしめられると、世界は泣きそうになる。そして、俺はその少々の涙を拭き取るのだが、そこに愛があるのかと言われると分からない。ましてや、抱きしめられるという行為自体にも愛があるのかと言われると分からない。少なからず俺は世界の異様な愛に動揺している。これからどちらもが『生きる』にせよ、『死ぬ』にせよ、俺と世界の繋がりは切っても切れない腐り縁みたいなものだろう。
ペアになったからとはいえ、賢人の方が俺より良いやつだ。他にも今日出会った疾風も良いやつに違いない。そんな中でなんで世界は俺を選んだ?俺には何があるのか。俺の何がこんなにも世界を泣かすのか。
本当に俺は世界のことを救えるのか。いや、救う気があるのだろうか。
このまま一緒に堕ちてしまえば……。
俺はどの時代に生きても、このように楽な方法を探そうとする惨めな人間だ。
『017』号室の鍵は既に開いていて、楽希を迎える準備は整っていた。前に進むと、ベッドに座ってスマホを見ている世界の姿があった。
「世界、どうしたんだ」
「楽希くん、どこ行ってたのかな」
世界は肌にまとわりつくような声色で楽希のことを眺めた。そんな世界に楽希は顔色が蒼くなるのを感じた。
「普通に賢人と、食堂行ってただけだよ」
本当のことを言っているが、世界の威圧感で歯切れが悪くなる。
「そっか。起きた時、隣に楽希くんがいなくて寂しかったよ」
「それは悪かった」
「でも、良かった。楽希くんの後ろ、まだ綺麗だもん」
「後ろ……?」
「霊だよ、霊」
世界は楽希の耳元で囁いた。楽希は内心驚いているようだが、表には出さなかった。
「僕ね、霊感があるの。普通の人にはこびりつくように霊がまとわりついてるんだ」
「……」
「でも、楽希くんは優しいからかな。何も見えない」
楽希は後ろを振り向き、確認するが確かに見えない。ただ、誰の背中を見ても見えない。
「楽希くんが確認したところで何も分かんないよ。霊視を持ってるのはごく1部だけだよ」
「そうなのか」
「うん。でもね、稀だからと言って嬉しいものじゃないんだよ。僕はこんな才能、いらなかった」
世界の顔に憂愁の色が浮かんだ。諦めがついているようで、底知れぬ災いが世界の全身を覆った。
「世界……」
楽希は情けない目つきで世界の背中の方に目をやった。もちろん、世界と同じような視点にはならない。世界の背中はとても綺麗だった。
「でも、楽希くんの前ではただの一般人になれるんだ。僕がずっと望んでいた景色が見える」
「俺はそんなに優しくない。きっと、賢人の方がずっと綺麗だ」
「……そんなことない。楽希くんの背中だけだよ。こんなに綺麗で、何も見えなくて、僕をただの一般人に変えてくれる人は」
世界はずっと望んでいた。みんなと一緒の景色が見たいと。しかし、霊がずっと邪魔をする。これから先ずっと霊と生きていかなければならないと危惧していた。そんな矢先、楽希だけは何も見えなくて、今もそうだ。
「楽希くんだけだよ。こんなにも僕を一般人として受け入れてくれるのは」
「俺は世界の役にたっているのか」
「うん。楽希くんしかいない世の中なら……きっと『生きたい』って心の底から思えるよ。たくさん笑えるよ。全く霊のいない世界だもん」
力のない声ではあったが、そこには強い意志を感じた。
しかし、楽希は同時に世界と生きていく方法はないと悟った。自分以外の人類が滅亡など夢のまた夢の話だからだ。
(死の先には何が待っているのだろうか。もしも、その先に誰も人がいないのなら……)
世界が『死にたい』と思っている理由をずっと知りたかった。けれど、知ったところで俺に何とかする術はない。世界も分かっていたのだ。霊視がない人間に生まれ変わるためにはこの現世を捨てて、死んでしまわなければならないことを。だから、彼は『死にたい人間』なのだ。
俺の持論だが、死にたい気持ちは生きたい気持ちよりも強いと思う。たかが俺一人の手で何とかなるものではない。
世界が『死にたい』と思っている以上、俺がデスゲームから退場することはないのだ。俺の死がいつかは分からない。ただ、もう平穏な日々が戻ってくることはなく、ここで死んでしまうのは確か。
運命の不条理とは言え、この流れに沿って歩いていかなければならない。俺の死はここで確定したのだ。後は、それまでの過程を歩むだけ。
(いつ死ぬのか。俺はどうやって死ぬのか。死ぬのであれば、世界に1発決めてほしい)
楽希は落胆しながら、風呂場へと向かう。
そのような感情に陥っても、楽希の背中は依然として綺麗だった。それは一般人からはもちろん、霊視のある世界からもだった。
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