第5話 君の不幸と自分の幸せ


結が伊吹に自殺することを告げてから1日が経過した。電話すると言う言葉も嘘のようで時間が過ぎて行った。


"もう死んでしまったのではないか……。"


伊吹はそのような結論に陥っていた。しかし、メールには死亡者の部屋番号が書かれていたものの、『013』号室とは記されていなかった。そして、2日目の死亡者は『036』号室と書かれており、少なくとも36組、いわば72人以上がこのデスゲームに参加していることが決定した。このホテルは10階まであるため、下手したら200人が参加しているのかもしれない。怖い事実だ。

しかし、もっと恐れなければならないのは賢人も伊吹もたった2日で死亡者がいることに驚きを感じなくなったことだ。むしろ、「今日は1つの部屋だけなんだね」と胸を撫で下ろしている。慣れというものは、非常に怖いものである。





時計を見ると、既に昼だった。ホテル内では空を見ることが出来ないので、時間の感覚が狂う。そして、相変わらず『017』号室には4人の姿があった。たった数日でお互いを信頼していた。


「最近、空を見てないから時間感覚が分からなくなるね」


賢人は時計を見つめながら呟いた。中庭の天井はガラス張りではなかったため、異様な圧迫感を感じる。そして、廊下には窓が設置されていないため、そこから外を見ることもできない。言わば、密室状態なのだ。


「俺はそろそろ家族の顔を見たいな」


楽希の日常は穏やかであった。会場内で友達ができたとはいえ、平穏な日々を求めたいのも仕方がない。


「家族……か」

「伊吹ちゃんは家族と上手くいってないのかな?」

「まぁ、そうだな」


伊吹は楽希のように家族に会いたいと思ったことは1度もない。それどころか、家から逃げ出したいと思う日々が続いていた。それが直接『死にたい』という感情に結びついたのかと言うと、別問題である。


「伊吹さんが良いなら、話聞きたいな」

「俺も少し興味ある……ていうか、家族の話して悪かった」

「別に楽希が謝ることじゃない……ただ、結のペアである綾羽を見ていると、どことなく自分と似たようなものを感じるんだ」


伊吹は自身の長い髪をかきあげながら膝を組む。そこに頬杖をつけば、話をするという合図だ。


「伊吹ちゃん、僕たちのこと信用してくれてるの!?」

「まぁ、信用していようがいまいが過去の話なんてどうでもいいからな」

「もう〜、素直じゃないな」


伊吹は頭を掻いた。畜生のような顔つきの後、ため息をついた。目の前には3人の期待の眼差しがチラついていたからだ。


「私の家は霊媒師の家系で、それなりの技術が必要だった。その、霊が見えるか否かとか、見えたとしても祓えるかどうか。私にはどちらの才能もなかったのだと思う。そして、同様に妹もだ。妹にもそのような才能がなかった。だから家族から煙たがられていた……それだけだ」


持って行き場のないその気持ちをここで吐き出した。賢人と楽希も積もる重いを一身に押さえつけながら、心を落ち着かせた。


「伊吹さんには妹がいるんだね」


やるせない雰囲気が流れている中で、賢人はようやく口を動かした。


「……あぁ、そうだな」


伊吹の表情から感情が抜け落ちていく。残ったのは、焦点の定まらない瞳だけだ。言葉では表せないような現実を見える形に変えることはこの上なく怖い。伊吹の中で鼓動が打ち続ける。


「でもさ、見えない方が良い時もきっとあるよ」


世界は力のない笑みでそう答えた。これは世界なりの励ましなのか、それとも自分に問い聞かせた何かなのか。


「そうだな。私は見たことがないから分からないが、非常に厄介なものに違いない」

「伊吹ちゃんせっかく美人さんなんだから怖い顔しないでよ」

「世界の言う通りだと思うぞ」

「うんうん!僕たちにできることあったらなんでも言ってよ!」


その優しい手を取りたくなるが、取って幸せを感じることにも恐れる。伊吹にはまだ、何かが隠れている。


(私だけ幸せを感じるのも不幸に違いない……)




伊吹は結のこと、そして、妹のことを思い出した。1人になりたいと思い、『017』号室を出た。と言っても、伊吹に行く宛てはない。壊れかけの照明を見つめながら長い廊下を歩く。どこの扉の前を通っても、殺し合いが行われているかどうかは分からない。そんな空間が不思議だと思った。伊吹は焦点を合わせず、赴くままに歩いた。


「君、スマホ落ちたよ」


伊吹の背中から声が聞こえる。すぐに後ろを振り向くと、見知らぬ男が立っていた。温厚な笑顔がこびりついていて、お世辞にも根から良い人には見えない。しかし、その思考を操るような能力を持っているようだ。もしも伊吹が弱い人間であれば、その優しい声に堕ちていたかもしれない。


「すまない。ありがとう」

「ううん。全然大丈夫だよ」


すると、その男は伊吹を舐め回すように見つめる。いかにも訳がある不快な視線だった。


「なんだ。……私はここで失礼するぞ」

「あ、待ってよ」


男は伊吹の腕を力強く握り締めた。顔は笑っていたが、どうも心は笑っていない。


「君さ、天城家の令嬢さんだよね。霊媒師の家系って聞くけど本当なの?表向きでは鉄道会社を運営してるとか聞くけど」

「……それがどうかしたか」

「ううん。なんでもないけどさ、君の妹死んでるよね。このデスゲームで」


伊吹は胸を射抜かれたような気持ちに陥った。目の前の男が誰だかは分からない。見たこともない赤の他人だ。しかし、彼は伊吹が向き合うことの出来なかった現実を知っていた。そして、それをこの場で押し付けてくる。


「あれ、驚いた顔してるね。もしかして、知られたくなかった事情?」

「……お前は誰だ」


目の前でクスクスと笑う彼は馬鹿にしているようだった。伊吹も平常心を保ちたいところではあったが、の話には頭が真っ白になる。まだ拭い切れていない傷があるからだ。


門真かどま 蒼葉あおば。蒼葉とか好きに呼んでよ」

「なんで妹のことを……」

「門真家のこと知らない?よく結婚の話とか持ちかけたでしょ」


伊吹自身はその話を知らなかった。伊吹は天城家では出来損ないであり、伊吹の血を受け継ぎ、家計を築いていくのは困難だった。父親もそれを許さなかった。


「私はそんなこと知らない。……冗談ならもう良いぞ」

「冗談じゃないさ。君は妹のことを同じものだと思っているみたいだね」

「どういうことだ」

「君の妹はちゃんと見えてるよ、幽霊。君だけだよ、出来損ないは」


蒼葉はどことなく伊吹の従兄弟に似ている。馬鹿にしているのに暖かく繕うその眼差しが凄く似ている。


「それだけか。用がないなら帰るぞ」


伊吹が腕を解き、『017』号室の方へと向かおうとした時、蒼葉が小さく声を上げた。蒼葉の視線に目をやると、世界が立っていた。世界は身長が170cmくらいで小柄だが、蒼葉という180cmもある男の前でさえ強気だった。世界の闇の部分が顕となっている。


「伊吹ちゃん、その男は何?さっきから凄い嫌な言葉ばかり飛び交ってるけど」


伊吹には普通に聞こえる世界の言葉が、蒼葉には深くのしかかっているようで顔を歪ませながら笑っている。世界にはどのような威圧感を感じるのだろう。


「伊吹ちゃん、このおチビちゃんは何なの」

「はぁ?ただのチビだろ」

「ちょっと伊吹ちゃん!そんなに身長変わらないじゃん!」


伊吹と世界がふざけ合っている合間に、蒼葉は世界の頭の方を見つめながら頭を動かしていた。


「ふふ。これは面白いね。俺は魔術師の家系に生まれたんだけど、まぁ、太古から伝わってるものだからもう薄れてるとは思うけどね。少し見えるんだ。彼の特性が」


世界は驚きとどよめきで後退りをする。蒼葉にはが見えているようだった。


「君さ、ちゃんと見えてるんだね」

「僕のこと?……適当なこと言わないでね」


2人の間には雷が落ちているのかと思うほどに近づき難い雰囲気が漂っていた。伊吹でさえ、踏み入れたいとは思わない。


「誤魔化しても無駄だよ?……伊吹ちゃんと君、才能反対だったら良かったね?大変でしょ笑笑一般人で霊視があるの」


蒼葉は嘲笑った。確かに、この世の中で霊媒師の血が通っているのは天城家や門真家のような貴族だけだ。世界のような身分で霊視があるのであれば、その親の不倫が真っ先に疑われる。


「君の両親、不倫した?笑」


その言葉に世界は耐えられなくなったようで、顔に強く力を入れて蒼葉のことを睨みつけた。声はあげなかったものの、今にでも殴りかかってきそうな勢いだった。


「2人ともよさないか」


伊吹はそう呟いたが、世界の怒りは落ち着くはずもなくまだ睨みつけている。本当はナイフを取り出して殺したいところだが、ペアでもなんでもない蒼葉を殺すことには抵抗があった。『死にたい人間』であるとはいえ、この会場内にはやり残していることがあったからだ。世界の頭の中には楽希の存在がチラついていた。伊吹もそれを感じ取ったのか、世界の腕を優しく引っ張りながらその場を後にした。


「世界、お前はえらいぞ。あそこで手を出さないのはえらい」


世界は鼻水を啜りながら、伊吹に身を委ねた。


(世界が私の家族の話をしている時に黙っていたのはそういうことだったのか。……悪いことしたな)





伊吹が『017』号室を出てから、少しすると世界も部屋を出て行ってしまった。賢人と楽希には「心配だから」と伝えたが、本当のところを言うと、伊吹に霊媒師のことについて聞きたかったからだ。

賢人と楽希は2人のことを心配しながらもトランプをしていた。何もしない時が1番怖いので、トランプという小さな遊びでも続けたくなる。


「楽希くんは世界くんと上手くいってるの?」

「いってると思うけど、他のペアあんま見ないし、賢人たちは上手くいってるの丸わかりだから」

「伊吹さん優しいからね」

「でも、たまに伊吹怖い時あるぞ」

「自分にも他人にも厳しいからね。でも、世界くんも時に怖いよ。あからさま怒ってるとかはないけど」


2人はトランプをしながら会話を弾ませていた。2人でトランプをするのは楽しくない。勝ち方がワンパターンしかないからだ。それと同様にこのデスゲームも勝ち方がワンパターンである。しかし、『生きたい人間』である賢人と楽希も『死にたい人間』である伊吹と世界もその勝ちに向かって進んでいない。むしろ、寄り添っている。

2人の間には「いつまで続くのであろうか」という不安が込み上げていた。どちらかが、その意志を折らなければ退場できない……優しく、芯のある人間同士でこのデスゲームを終わらすことができるのであろうか。


「世界が怖い……か。たまに分かる」

「え!?楽希くんもそう思うんだ」

「まぁな。たまに異様な愛を感じる」

「異様な愛……?」

「束縛……っていうの?なんか、離れてほしくないだとかよく言われる。俺もさ、どう受け止めればいいのか分からないんだよな。嬉しいことなんだろうけど、たまに怖い」


賢人は真っ先に『依存』という言葉が頭の中に浮かんだ。しかし、世界の思いがそれだけだとは思えない。仮に依存していて、離れてほしくないと世界が思っているのであれば、楽希を殺しそうだからだ。『死にたい人間』にとっての幸せ……好きな人と死ぬことだと思う。


「まぁ、殺されないだけマシか」

「そうだね。いつか、そんな日が来るのかな」

「あぁ。その時は……笑って死ねたらいいな」

「楽希くんもちょっと怖いよ」


楽希はこのデスゲームから退場できるとは思えなかった。世界がどれだけ死にたいのかも分からない。けれど、現実世界であのようなオーラを漂わす人物を見たことがない。特に楽希は不自由なく暮らしていたし、笑い合える仲間もいたからだ。この世の中にここまで何かに追い詰められているような、苦しめられているような人間がいるとは到底思えなかった。楽希はどれだけ、ある意味の現実に背を向けていたのかと悔やまれた。自分が幸せを感じている中で世界や伊吹のように何かと闘っている人物がいる。楽希はデスゲームに招待された要因として、自分がそのような現実から背いていたからだと考える。辛い思いをして生きている人にとって、楽希自身の生き方は十分に罪なのかもしれない。


(俺の今までの幸せは……誰かの不幸で成り立っていた)

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