第4話 誰かのために


"なんで俺も……連れて行ってくれなかったの"


私の心を抉るのはその言葉だった。葬式が行われた後、彼が家族の写真の前で嘆いた一言だった。彼はポーカーフェイスであり、優しく笑うことはあるが、基本感情を表に出さない。泣き顔を見たのは小さい頃、彼が盛大に転けた時くらいだろうか。感情が豊かな方が幸せだと言い張る人もいるが、その時の彼は例え感情が表に出ていなくても幸せに見えた。家族の隣で微笑む彼の顔を見るのが大好きだった。しかし、彼の家族が死んでからと言うものの、彼は笑わなくなった。ただポーカーフェイスだけが残り、アイデンティティとして在り続ける。それ以来、話さなくなった。学校は同じで見かけることはあったが、話すことはなかった。周りから煙たがられている彼を見ると、心底悲しくなっていたが、その空気に逆らえない私がいた。


"簡単に死ぬ方法を探している"


彼の言葉を聞いた時、怖くなった。久しぶりに聞いた低い声に鼓動がなっていた。それは恋だったはずなのに時間によって色褪せて、恐怖へと変わっていた。私はもう、彼に恋することもないと思った。私が望んでいる彼は微笑んでいる彼だったから。それ以来、会いたいだとか話したいだとかそういう感情は消え去って後ろめたさも無くなった。自分のことだけを考えるようになった。

しかし、運命は時に変化を好む。デスゲームへと招待されたのだ。そこでペアになったのが彼だった。久しぶりの顔に驚きを隠せなかった。殺されるという強い感情よりも何かが私を引っ張った。それは彼への2度目の恋だったと思う。いつまでも彼は死にたいと思っていたようで、私もその力になりたいと思った。しかし、デスゲーム上、生きるか死ぬか。私にはまだ分からないが、『死ぬ』が『生きる』に変化することは難しいことらしい。2人で『生きる』って思って退場できたら幸せだと思ったが、半日でそんなことは無理だと分かった。負の感情はどうしても拭い切れないものだから。


その時、私は死のうと思った。できるだけ彼を傷つけずに。それは私が○○するしかなかった。






結は伊吹に話を聞いてもらった後、ベッドの上で色んなことを考えた。ベッドに射し込む中庭の光がやけに眩しい。思考を妨げるようだった。綾羽とは食堂で別れたきり会えていない。


「一緒に生きたい……でも、死にたい」


よく分からなくなった。結の中の感情が互いに譲らない。答えを早々見つけたいが、到底無理だと悟った。ただ孤独が結の体を蝕むだけだった。


「もしもし、伊吹ちゃん?……ごめんね、もう少し話を聞いてほしいの」




結は伊吹のことを部屋に呼んだ。どうしても孤独に耐えきれなくなったからだ。もう1つ大きな理由があるのだが、結はそれを言葉に置き換えることが非常に怖かった。


「入るぞ」


伊吹の女性にしては低い声が響く。結はその声に安心感を覚えた。結にとって、会場内でできた初めての友達だからだ。


「何、不安になったのか」

「うん……どうしても耐えられなくて」

「結はどうしたい?」

「……」


伊吹の問いかけに答えられなかった。答えるのが怖かった。


「分かんない……分かんないよ。綾羽くんが考えてること、見てること、全部知りたいって思うのに……何したらいいか分かんない」


今度こそ泣くことはなかったが、優柔不断な性格が結自身のことを襲う。


「伊吹ちゃんはさ、なんで死にたいの」

「私……か」

「何か、伊吹ちゃんには綾羽くんと同じようなものを感じるの」


それは伊吹自身がよく分かっていた。『死にたい』という感情はいとも簡単に消せないということを。そして、『家族』ということに囚われていることを。


「確かに、綾羽の境遇と私の境遇は少し似ているのかもしれない」

「そうなんだ」

「あぁ。『家族』に囚われているという点でな」

「囚われてる?綾羽くんは家族のこと大好きなはずだよ」


結はキョトンとした。結が見てきた綾羽とは、家族に囲まれて幸せそうに微笑んでいる姿だったからだ。


「綾羽はなんで死にたいと思っている?」

「死ねば、家族に会えるから?お空で」

「あぁ、そうだな。じゃあ、家族が嫌いだから囚われる……それだけではあまりにも端的過ぎないか」


結は伊吹の言っていることが分からなかった。


「逆に綾羽が家族のことを嫌いだったらどうだろう。死にたいと思うだろうか?むしろ、せいぜいするだろう」

「……」

「綾羽は家族のことが好きだから死にたいんだ。お前にとっては分かりきっていることかもしれないが、憎しみよりも愛の方が人のことを縛る。追い詰める……そして、死ぬ」

「……そっか」

「私にはどちらも分かる。憎しみが人を殺し、愛が人を不自由にすることを。私は、どちらも経験した」

「伊吹ちゃんも大変だね」

「あぁ、そうだな。おかけで、今も愛が私を死なせようとする。死にたいと思わせる。困ったことだよ」


伊吹の言っていることは正解だった。愛ほど終わりのない感情はない。綾羽も家族に愛が無ければ、死にたいという感情もなかった。しかし、これまでの幸せな思い出も水の泡となって消えていくが。

この世の中に愛がなければ、誰も不自由なく暮らしていただろう。それなのに人は愛を求める。自由を代償にしてまで、愛には何が隠れているのだろうか。


「綾羽くんの『死にたい』っていう感情ってさ、前向きなものなのかな」

「さぁな。ただ、楽だよ。死ぬだけで会えるんだから、大切な人に」

「伊吹ちゃんにも会いたい人がいるの?」

「まぁ……そうだな」

「その人って家族だよね」

「別にそこまで聞かなくていいだろ」

「教えてくれてもいいのに」


伊吹は苦笑した。その後はたわいない女子トークが続いた。伊吹は終始ついていけなかったが。




「ただいま」


『013』号室の玄関には、前髪を長くした男が立っていた。伊吹は見覚えがあると思い、近くで見つめた。……食堂で見た一人でいた男だった。


「結ちゃん、その子誰?」


長い前髪で隠れていた瞳が顕になり、眼光が伊吹のことを捕らえる。


「伊吹ちゃんって言うの。良い子だから安心して」

「ううん、怪しんでないから大丈夫だよ。……玲瓏 綾羽って言います」

「おう。天城 伊吹だ」


いかにも『死にたい』と思っているのだなという雰囲気を身にまとっていた。


「綾羽くんはさ、どうやって死にたい?」

「結ちゃんやめよ。伊吹さんも聞いてるから」

「いいの。伊吹ちゃんは友達だから」

「あれだったら、席を外そうか」


綾羽は「よろしくお願いします」と言わんばかりにお礼をした。結は不服そうにしているが、綾羽が話してくれそうになかったので渋々別れを告げた。


「伊吹ちゃん、絶対に来てね。電話したら、絶対だよ」

「あぁ」


「私、綾羽くんと話したら……○○しようと思うから」


伊吹の胸を突き刺し、残ったのは額から垂れる汗だけだった。声をかけることもできず、そこで仁王立ちする。綾羽は何も気にしていないようで、結と向き合っている。その場を離れなければならない雰囲気に押し込まれて、気がついたら『013』と書かれている扉の前にいた。





「賢人くん弱すぎだよ〜」

「ちょっと待って!?世界くんも楽希くんもババ抜き上手すぎでしょ!」

「ここでババ抜き下手だったらすぐ殺されるだろ」

「楽希くんまで物騒なこと言わないで!」


『017』号室では、賢人と世界と楽希がババ抜きをして遊んでいた。まるで、修学旅行のようだ。伊吹が考えていた通り、2人は賢人に怪しいことを何一つしなかった。


「そう言えば、伊吹遅いな」

「ほんとだね!伊吹ちゃんどこいってるんだっけ?」

「確か、『013』号室。食堂の前にいた女の子の部屋だと思うよ」

「えぇ〜。伊吹ちゃん本当に相談乗ってるんだ」


伊吹が賢人を預けてから既に30分が経過していた。伊吹が強い人間であるとはいえ、少しずつ不安が募っていく。



それから5分後、玄関の方から音がした。伊吹がノックしているのだろう。


「伊吹ちゃんかな?見てくるね」

「ありがとう」


世界が備え付けのドアスコープから外を見ると、案の定伊吹が立っていた。


「伊吹ちゃんおかえり」

「あぁ、ただいま」


伊吹は挨拶をした世界の横を通り抜け、トランプが置かれていないベッドの方にダイブした。


「あ、それ、俺のベッド」

「貸せ」

「いいけどよ……」


あの死との境目のような空間から解放され、他称『仲間』である賢人達を見て気が抜けたようだ。実際、トランプをしている彼らからは喪失感のような感情は感じ取られなかった。陽気に遊びを進めている。賢人たちと結たちが同じゲームに参加しているとは、到底思えない。


「伊吹さん相当疲れてるみたいだけど、大丈夫?結さんたちから何かされた?」

「何もされてねぇ」

「やっぱり面倒くさい女だったでしょ!」

「世界は黙ってろ」

「世界は地雷踏みすぎ」


世界の勢いに任せた言葉が、今の伊吹には大きく響いた。世界にはそのように映っていたとしても、彼女は『死』と『生』の狭間で揺れ動いている。


「彼女、死ぬかもしれない」


伊吹は打ち明けるはずのなかった事実を3人に伝えた。それは世界の心無い言葉が大きな要因になったのかもしれない。


「え、どういうこと!?」

「ペアの奴と話をしたら自殺するって。そして、その時は私のことを呼ぶって」


伊吹自身、『死にたい人間』だ。結の自殺を止める権利はない。伊吹も自分が死のうと志した時に誰かに止められたらやるせないからだろう。


「それってさ、ただの構ってちゃんだよね」

「世界、今はそういう場面じゃ……」

「いやいやいや、よく考えてよ。その、結ちゃん?だっけ?と、そのペアの子2人で死ねばいいじゃん。なんでわざわざ伊吹ちゃんが見ないといけないの?」

「それは私を庇っているのか」

「そうだよ、当たり前だよ。誰だって死ぬところを見るのは怖いはずだよ」


世界はまるで誰かの死を見たことがあるようにつらつらと話した。


「世界、私の心配なら大丈夫だ。人の死なんて何回も見たことがある。それに、これから先見ざるを得ないだろ」

「伊吹ちゃん……」

「それに分かるんだ。死ぬなら、誰かに見届けてもらいたいって。人間誰しも、孤独には耐えられない」


伊吹は全てを分かっていた。誰かに見届けてもらえるほど幸せな死はないと。


「じゃあ、伊吹ちゃん約束!4人で見に行こうよ」

「人の死をパレード扱いかよ」

「いいじゃん、いいじゃん!賢人くんも楽希くんもいいよね?」


賢人は大きく動揺し、後退りする。楽希は思惟した後、軽く頷いた。


「賢人くんは行かない?」

「部屋の端っこにいてもいい?」

「いいよ!ていうか、僕たち邪魔者になるし、伊吹ちゃん以外は端っこで見てるよ」


世界が促すと、賢人もようやく頷いた。デスゲームにより歪んでいく体が、思考を単純化する。普通は心中穏やかでいられなくなる事案も簡単に『Yes』と言えてしまう。それは4人が徐々にデスゲームという色に染められている証だった。



誰かに見届けられる死。

伊吹には美しく見えた。この上ない幸せだ。

しかし、それと同時に映るのはこの上なく不幸せな死だ。誰にも知られず、孤独に沈んでいく。

その現実に目を向けられなかった昔の伊吹が鮮明に蘇る。


誰かの泣き顔と共に。

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