第3話 恋と死
22時を回った頃だった。『018』号室にいる賢人と伊吹のスマホにメールが届いた。2人はそれぞれのスマホで確認する。
"今日の死亡者について
『002』号室『011』号室 以上"
そのメールを見て、賢人は口を抑えて伊吹は顔を歪めた。自分たちの知らないところで殺し合いは既に始まっているのだ。陽気に食堂で話していた時間でさえ、誰かにとっては人生を左右する時間だった。
悲痛な現実に2人は黙り込む。これで4人の死亡が確定したのだ。
2人の沈黙を破ったのはメールの通知音だった。
"ポストに睡眠薬を入れました。必ずベッドの中で服用すること。"
メールを読み終わったのと同時に玄関の方から物音がした。誰かがポストに睡眠薬を入れたようだ。伊吹が玄関の方に向かうと、案の定怪しそうなカプセルが2粒入っていた。
「まじで怪しそうなの入ってる」
「うわぁ、よく教科書で見るやつだ」
「麻薬かよ」
伊吹は白いカプセルを賢人に分け与えた。賢人はそのカプセルをまじまじと見るが、怪しい以外に何も分からない。これを飲んでどうなるかも分からない。しかし、逆らって殺される方が可能性としては有り得る。2人はその命令に従ってベッドの中でカプセルを飲んだ。
2人の会話は少なく、昼の活気を失っていた。徐々に2人の体を不安が蝕んだ。デスゲームが現実味を帯び始める。そんな残酷な夜であったが、睡眠薬の影響か2人はすぐに眠りについた。
夜という不安になる時間がいちばん居心地の良いものになるとは、まだ2人とも分かっていなかった。
賢人が目を覚ました時間は7時だった。隣のベッドには伊吹がいて、ほぼ同時に目を覚ましたようだった。
「伊吹さんおはよう。ほぼ同時に起きたみたいだね」
「あぁ。睡眠薬を同時に飲んだからだろうな」
「そういう事か」
「身支度したら食堂行くぞ」
異性同士で部屋を共有するのは困難だ。身支度に関しては賢人がベッド付近で、伊吹は洗面所で行うことにした。シングルベッドが2つ並び、窓際には小さなソファが配置されている。至って普通のホテルの部屋の構造だ。窓から見える景色はホテルの中庭だった。普通はそこから外の景色が見えるのだが、参加者に今までの生活を思い出させないためにも外は見えないようになっている。賢人は事前に用意されている服装に着替えた。ここの制服というか、統制するための服装だった。ブレザーにズボンといういかにも学生という身なりになった。伊吹には女性用が用意されていてブレザーとスカートだった。
2人は少し眠いまま何とか頭をあげて食堂に向かった。昨日の昼とはうってかわり、何人も人がいた。話している人もいれば、不穏な空気が流れているところもある。賢人と伊吹は前者であり、たわいない話を続けている。そこにお決まりの仲でもなったのか、世界と楽希がやってきた。2人とも指定された制服を着ている。
「おはよう!」
「なんでまた私たちのところに来るんだ」
「だって温厚なペア、君たちくらいしかいないんだもん〜」
世界が座ると、されるがまま楽希も座った。4人になると、また話が盛り上がる。賢人はこの時だけ学生をしている気分になった。
「ていうかさ、聞いてよ!特に伊吹ちゃん!」
「なんで私が……」
この4人が集まると、話題を振るのは大抵世界だ。賢人は内気で、伊吹は進んで誰かと話すようなタイプではない。楽希もそんな感じだ。
「食堂の前に頭抱えてる女の子いてさ〜。さっき、楽希くんが絡まれたんだよね。ああいうのウザイ」
「あんまウザイとか言うな。俺は気にしてねぇし」
「そうなの?ペアだったら間違いなく殺してた。その子がどっち側かは知らないけど」
世界は毒を吐くことがある。普通は冗談に聞こえることでもここの会場ではそれを許さない。ただ楽希のことが好きなのは伝わってくる。ペアのことを好きになるのは良いのか悪いのか今はまだ分からない。
「世界さんってたまに怖いよね」
「そうかな?でも、君たちには優しいよ!良い子だもん」
賢人は案外肝が据わってる。このような場面で「怖い」なんてなかなか発言できない。
「で、なんで特に私が聞かなければならなかったんだ」
「だってこの会場女の子少ないしさ。なにか相談でも乗ってあげたら〜的な?」
「本当に自己中心的だな」
「ごめんごめん!でも、そうやってすぐに本音言ってくれるから賢人くんも伊吹ちゃんも好きだよ」
世界は自分の意見を否定されることに対しては何も思っていないようだ。ただ優柔不断な人間が嫌いなのだろう。または間接的に何かを伝えてこようとする人間。だから、抱え込んでる女の子に対してもそのような感情を抱いたに違いない。
食堂には約50席あるが、既に10席程度しか埋まっていない。そのうち4席には賢人たちが座っている。ほとんどがペア同士で食べている中、1人でこっそりと食事している男がいた。
「1人で食べてるやつ居んな」
楽希が聞こえそうな声で囁いた。楽希は基本他人に興味を持たないし、滅多に自分から話すこともない。しかし、1人でいるやつを仲間外れにするとかそういうことが出来ない人だ。情に厚い人物で、その性格がこれからどう転ぶかは分からない。
「楽希くん部屋に帰ろう」
「いいけど、急にどうしたんだよ」
「僕がペアなんだから、僕のことだけ見ててよ」
「は?」
「知らぬ間に殺しちゃうからね!」
世界の闇は簡単に見える。いかにも束縛が激しいような雰囲気を纏っていた。楽希はその大きな感情には気づかないようでただ困惑していた。
「あんまり変な空気漂わせないでくれないか?賢人も怖がってるから」
張り詰めた空気を破ったのは伊吹だった。賢人も安堵したように胸を撫で下ろす。楽希はというと、頭を抱えていた。それは愛情ゆえなのか不安ゆえなのか。
「ごめんごめん。じゃあ、僕たちはここで失礼するね」
「変な空気つくって悪かったな」
世界と楽希はその場から離れた。世界が楽希を殺すようなことは有り得ないが、不穏な空気が流れた。世界も昨日とは打って変わって、裏の感情で満ち溢れている。昨日の世界は繕っていたに過ぎないが、楽希を目の前にしてあそこまで乱れてしまうとは想定外だった。
「僕たちも帰ろうか」
「あぁ、そうだな」
「僕たちだけじゃなかったみたいだね。昨日の犠牲者聞いて、不安になってたの」
「世界が荒れていたのは昨日のメールが関係しているのか」
「うーん、分からないけど、余裕がなくなったんじゃないかな。本当に死ぬって」
「あいつは『死にたい人間』なのに?」
「うん。いつか楽希くんを殺さないといけないって分かったんだよ」
「お前すごいな。あの少しの間でそんなことが分かるのか」
「ちょっと待って、推論だよ!?真に受けないでよ!!」
賢人は昔から人間観察が得意だった。賢人自身人目を気にする性格だからだ。それに変わって伊吹は人との交わりを控え、自分のことなどどうでもよかった。その過程からか、人の心を読み解く力はなかった。
食堂を出ると、扉の横で体を抱えている少女がいた。もれなく、世界が先程話していた人だろう。こんなに目立っている場所にいるというのに誰にも声をかけられていないのか。この環境上仕方がないが、賢人は切なくなった。
「ねぇ、声掛けた方がいいかな」
賢人は伊吹の耳に囁いた。本当に小さく囁いた。
「無視しとけ」
伊吹は堂々とその少女の前を通り過ぎる。その後を賢人が追った。賢人が通り過ぎようとした時、足を掴まれた。白い手が震えながら賢人の足を捕える。
(てめぇがオドオドしてるからだよ……)
伊吹は賢人のことを睨みつけた。面倒事に巻き込まれるのはたまったものじゃない。
「話……聞いてください」
涙が混ざったような声と未だに震えている白い手。賢人はもちろんのこと、さすがの伊吹でさえ放っておけずにはいられなかった。
「じゃあ、部屋来いよ」
(伊吹さんの方が無防備過ぎない!?)
その少女は顔を光らせて2人についていった。
「名前は?」
「
「部屋番号は?」
「言わないとダメですか……」
「当たり前だろ。これから話聞いてやんだから。それに私たちの部屋に来るんだろ?間接的にこっちの部屋番号だって教えることになるんだよ」
「あ、そうですね。えっと、『013』号室です」
同じフロアだった。このホテルは1階につき、10部屋設置されている。賢人と伊吹の『018』号室も、世界と楽希の『017』号室も、結の『013』号室も……そして、昨日殺し合いが行われたであろう『011』号室も2階にある。
エレベーターから降りると、先に『013』号室が見えてくる。014、015と進んでいくと部屋番号も大きくなる。賢人と伊吹の『018』号室は奥のほうにある。ちょうど曲がり角の手前だ。
「入るか」
「あ、あの……伊吹ちゃんだけじゃダメかな?」
「なんでだ」
「そういうお話なの……」
「そうか。賢人は世界と楽希の元にいとけ。あそこなら面倒事に巻き込まれないだろ」
「わ、分かった!『017』号室だね。伊吹さん、気をつけてね!」
「お前もな」
賢人は横にある『017』号室へと姿を消した。世界と楽希が賢人のことを受け入れたようだ。その光景を見終えた後、伊吹はすぐに結へと視線を移した。彼女のことを怪しいとは思わない。ルール上、結が伊吹のことを殺すことはできないからだ。デスゲームの中で怪しまなければならないのはペアたった1人だ。
玄関に入ると、朝脱ぎっぱなしにされたバスローブは消えていて、その代わりに新しいバスローブが用意されていた。それに布団も綺麗にされている。デスゲーム主催側の配慮だろう。結はオドオドしながらベッドの方に向かう。伊吹は自分のベッドに座り、結を賢人のベッドに座らせた。
「で、話ってなんだ?」
「私のペアね、私の幼馴染なの」
伊吹は唖然とした。そんな運命のいたずらがあっていいのだろうか、いやあってはならない。知っている人同士で不本意な殺し合い……この上なく残酷だ。
「幼馴染と言っても、どういう関係なんだ」
「家族ぐるみで仲良かったし、かなり親密なんじゃないかな」
「そうか……、答えたくなかったらいいんだが、お前はどっち側だ?」
「『生きたい人間』だよ」
「そのペアが殺しに来るのか?」
「ううん、優しいから出来ないと思う。彼の名前、
それは本音のようだった。
「でもね、知ってるんだ。綾羽くんがどれだけ死にたいか。私が手に負えるほど簡単な感情じゃない」
「そうか」
「そして私好きなの、綾羽くんのこと。……だから、賢人くんには聞いて欲しくなかったの」
「はぁ」
「恋は女の子だけの秘密だよ」
終始伊吹は結の言っていることが分からなかったが、結にとって綾羽がどれだけ大事な人なのかは分かる。伝わってくる。
「で、その綾羽って奴はなんで死にたいんだ?本当にお前の力で解決はできないのか」
「……でき、ないよ。できてたらしてるし」
結は俯く。伊吹は太ももに頬杖をついた。結はスカートを握り締めながら話し始めた。
「綾羽くんには優しい家族がいたの。私にも凄く優しかった。温かい人たちだった。お父さんとお母さんと妹。でもね、死んじゃったんだって。綾羽くんが修学旅行に行ってる最中に。家の火事だったらしいよ。……早く家族と同じ場所に行きたいって」
結の瞳からは大粒の涙がこぼれた。相当、綾羽との関係が長く深いものだったのだろう。
「綾羽くんはそんなに辛い思いをしてるのに、ペアが私だったから死ねない。可哀想だよね。昨日言ってた。『もっと前に死ぬ決心がついてたら』って。だから、本気で死にたいんだと思う」
瞳に涙こそ溜まっていたものの、結は鋭く伊吹のことを見つめた。伊吹は同情をする性格ではないが、綾羽の境遇には自分と少し重なるところがあった。
「綾羽くん優しいよね。こんなに辛い思いしてるのに、私のこと殺さないなんて。……早く楽になってほしいな」
そのハイライトを失った結の瞳に伊吹は何かを感じた。他のペアに深く干渉はしたくないが、身の毛がよだつ。
「お前……死ぬ気じゃないだろうな」
「なんで……」
「私が『死にたい人間』だから分かる。その諦めたような瞳」
「そうかな」
「本気でそう思うなら止めはしない。だけど、後悔はするな」
「死にたい人に言われたくないよ」
結はカラカラな瞳で笑った。
生きたいが、自分のためで大切な人が死ねない。『生きる』と『死ぬ』。どちらが大切なのだろうか。どちらに身を委ねれば、幸せになれるのだろうか。
3ペア目:白神 結と玲瓏 綾羽
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます