最終話 それから、男装官吏は


 星が大量に流れた後、幻栄国の現王・ヨン馨才ヒョンジェは胸を抑えて倒れた。

 急な心臓発作。


 第一子が生まれる前に、あっけなくこの世を去った。

 原因はわかっていない。

 しかし、先王も同じように急な心臓発作で亡くなっている。


 王弟の婚礼という吉事と、王の死という凶事が同時に起きた。

 王の突然の死。

 その一報を聞いたジソンは、司暦寮で聞いたあの巫女の占いが当たったことに驚いた。

 それは、占ったエギョも同じだ。


 それに、吉日とされた日に流星群が起きたことは、ジソンが出した予測日と大きく外れていた。

 本当に不思議なことが起こるものだと、王の葬儀の最中、そんなことばかり考えてしまう。

 突然の別れに、誰もが感情が追いつかなかった。


 司暦寮のイルボンも、突然のことで実感がわかない。

 今もまた仕事中のアン官吏をつかまえて、仕事の邪魔をしてくるんじゃないかと思ってしまう。

 先王によく似たあの姿で、王のために用意した少し高級な椅子に座っているような気がして仕方がない。


 王の葬儀の後、新しい王にフィジェが就いた。

 東宮殿からあっという間に後宮に移動したジアンは、一番良い王妃の部屋はそのままミオンに使うようにする。

 生まれてきた姫は、ミオンとヒョンジェの両方のいいとこ取りをしたような、可愛らしい顔立ちをしていた。


 そうして、一年が過ぎた頃————



「王妃様!? 王妃様!? どこにいるのですか!?」


 王妃付きの女官たちが、いなくなったジアンを探して後宮内を駆け回る。


「まったく! あのお身体で、どこに行かれたの!?」

「これから母親になるっていうのに、あの方は全く……!!」

「つい先日まで、つわりがひどくて何も食べられなかったのに!!」


 残念ながら、ジアンは今、後宮にはいない。

 部屋でじっとしていればいいものの、数日前に一度実家に帰った時、肩に白梅団の紋章のような刺青をしていた男を見たのが気になって仕方がなかった。

 また何か事件が起こるかもしれないと、様子を見に出たのだ。



(————まったく、王妃って動きづらくて面倒くさいわ! どこに行くのにも女官がついてくるし!)


 密かにハナに用意させた男装用の衣に着替えて、司暦寮へ向かう。

 華陽の高台は老朽化により解体されてしまったため、今一番高い場所にあるのは、司暦寮の観測台だ。



「イ官吏、交代だよ」

「あれ? アン官吏? 今日は休みじゃなかったか……?」

「何言ってるの、イ官吏。それは明日の話だよ」

「そうだったか……?」


 首を傾げ、観測台から降りたテハンと入れ替わり観測台の上に立った。

 それから、司暦寮の男装官吏は千里眼で刺青の男が入っていくのを目撃した宿の方を見る。


(あ、あの宿、科挙の時に寄った宿だわ……ご飯がおいしかったのよね)


 刺青の男に、特に不審な動きはない。

 しばらく見ていたが、ただ食事をして、酒を飲んでいるようにしか見えなかった。



「————姉さん、何してるの」

「げっ!」

「げっ!じゃないよ。女官たちが、姉さんがいなくなったって家まで来たよ?」


 そこへ順風耳でジアンの居場所を把握した全く同じ顔をしたジソンが、観測台に上がって来る。


「いやぁ、だって、なんだか怪しい人たちを見たから……」

「そういう時は、自分で確かめないで、僕に言ってよね。これから母親になる自覚ある? 今は王妃様なんだから、無茶しちゃだめだって、何回言ったらわかるのさ」

「ごめん……」

「次やったら、王様に言うからね」

「ええ!? それだけは勘弁してよ……!! あの人、私が後宮抜け出したの知ったら一日中抱きついて離してくれないのよ!? 『俺を捨てる気か』って……仕事中だろうが、他国の大使と会っている時も御構い無しなんだから……!! 恥ずかしいったらありゃしない」

「それが嫌なら、これっきりね」

「わかったわよ……」


 渋々納得したジアンに、ジソンは本当にこの人はじっとしていられない人だなぁと、改めて思った。


「ところで、マン課長が言っていたけど、産まれるのは王子だって話だよ」

「あぁ、私も聞いたわ。しかも、将来は身近な女の子と結婚するそうよ。まだ生まれる前から、そんな話されても実感がまるでなくて……」


 エギョから立派な後継者が産まれてくると言われてるジアン。

 ちなみに、次に妊娠したら双子を産むとまで予言された。



 そうして、三年後に予言通りジアンは双子の女児と男児を出産する。

 この頃、第一王子の知才ジジェはまだ二歳なのにものすごく喋るとても活発な男の子で、産まれてきたばかりの妹たちがいかに可愛いかを毎日のようにミオンの娘である美馨ミヒョン姫に説明する。



「今日も仲良しねぇ、ミヒョンとジジェ王子。将来が楽しみだわ」

「将来って……ミオン、まだ三歳と二歳よ?」

「だからじゃない。ジジェ王子のお嫁さん候補にちゃんと入れておいてね」

「もう……! だから早すぎるってば! ジソンだってまだ結婚してないのに!!」


 息子より、縁談の話がたくさん来てるのに全く結婚が決まらない弟の方が心配なジアン。

 ところが、この翌日、ジソンは急に結婚すると宣言する。

 相手は、司暦寮の新人官吏。


 先の科挙で、王が男装だと知りながら、首席で合格させた中級貴族の娘である。

 科挙を受ける資格のない彼女が、いったい何故、司暦寮の男装官吏となったのか————それはまた、別の話。





【最終章 了/司暦寮の男装官吏 完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る