第46話 初夜の流れ星


 ジアンとフィジェの結婚が正式に決まり、婚礼が執り行われたのはこの年最後の吉日。

 季節はすっかり冬であったが、華陽には結婚祝いで町中に提灯や花で飾り付けられ、あちこちで芸人たちが踊り、太鼓を叩き、盛大な式となった。


「それでは、最後にお二人で誓いの接吻を……」


 やはり一番盛り上がるのはここである。

 恥ずかしそうにしていたジアンに、フィジェは嬉しそうに熱い接吻をした。

 一瞬でいいのに、フィジェはまったく離れない。

 わーっと歓声を上げていた民衆だったが、見ているのが恥ずかしくなってきた。


「んんっ!!」


(いい加減にして!!)


 ジアンはフィジェの肩を押したが、ビクともしない。

 そのうち、両手を掴まれてしまった。


「んーんーんん!!」


(長いってば!! もう!!)


 しびれを切らして、ジアンは一発腹に蹴りを入れる。


「うわっ……! 何するんだジアン!!」

「いい加減にしろ!!」


 花嫁が新郎に蹴りを入れるという前代未聞の婚礼に、また民衆は歓声をあげた。

 王と王妃は大笑いしていたが、安家の家族たちは冷や汗。

 王弟殿下になんてことを……と。

 ところが、民衆たちも楽しそうに声を上げる。


「王弟殿下、頑張れ!」

「早速尻にしかれてるぞー!」

「もう一回! もう一回!」


(どっちの意味!? 蹴り!? 接吻!?)


 謎のもう一回要求に、ジアンは戸惑う。

 しかし、フィジェは懲りずにまたジアンに接吻した。

 今回は一瞬であったが……


「えーと、それでは、これで正式にお二人は夫婦となられました」


 エギョは一度大きく咳払いをしてから、改めて宣言する。

 王弟妃となったジアンは深々とお辞儀をすると、大きな拍手が巻き起こった。



 * * *



「————もう、すごい恥ずかしかった」

「何を恥ずかしがることがあるんだ。夫婦なんだから、あれくらいいいだろう?」

「王弟殿下は、もう少し恥じらいというものを覚えてください」


 初夜。

 東宮殿の庭から見える満月がとても美しい。

 フィジェに後ろから抱きつかれながら、その美しい月を見上げて、ジアンは初めてこの場所で王と会った日のことを思い出す。


(綺麗な月————……そういえば、王様と初めてあったのこの庭だったな)


 まさか、自分が王弟妃になるなんて思ってもいなかったジアン。


「殿下……」

「ジアン、フィジェと呼べって言ってるだろう?」

「……はいはい。では、フィジェ」

「なんだ?」

「月の話をしてもいい?」

「月の話? ああ、いいぞ。いくらでもしてくれ」


 ジアンはゆっくりと、月にまつわる話をフィジェに聞かせる。

 興味のない人間にとっては、どうでもいい話。

 フィジェはジアンの話を熱心に聞いて、わからないことは質問までする。


(……従兄弟同士と言っても、こういうところそっくりね)


「ジアンはなんでも知ってるな。お前の話は聞いていて飽きない」

「フィジェは、何が好き? 王様は天文学がお好きなようだったけど……」

「俺も天文学は嫌いじゃない。好きなものか……そうだなぁ、今はやっぱり一番はジアンだな」

「ちょ……ちょっと! またそういうことを言う! 真面目に聞いてるのに!」

「ははは、俺はいつだって真面目だぞ?」

「私なんかのどこがそんなに好きなわけ?」

「どこがって、前にも言っただろう? 俺は人や物の纏っている空気が見えるって。初めてお前を見た時から、これはいい女だってすぐにわかったんだ。こんなに綺麗な色は見たことがない。それに————」


 フィジェはジアンの体をぐるりと回転させて、ジアンの目を見つめる。


「どうしても手に入れたいと思った。多分、一目惚れってやつだ」


 真っ正面からそんなことを言われて、平常でいられるわけがない。

 ジアンの鼓動が急に激しくなる。


(何これ!? 何これ!? 私、死ぬ!? もしかして、心臓病!?)


 口をパクパクさせながら、耳まで真っ赤になっているジアン。

 フィジェはそんなジアンの姿がおかしくて、笑ってしまう。


「やっぱり、金魚に似てるなぁ……その顔————可愛い」


 パクパクしているジアンの口をふさぐように、フィジェは自分の唇を重ねた。

 その刹那————


 急に空から星が流れる。

 一つや二つじゃない。


 いくつもいくつも、まるで先王が崩御したあの夜のように、何百と星が雨のように流れ落ちた。







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