最終章 それから、男装官吏は
第45話 王弟殿下
王命を受け、王弟となったフィジェ。
それまで自由にしていた身なりも整えられ、長い前髪で隠れていた目元もあらわになった。
東宮殿へ向かうその凛々しい姿に、先々代の頃から官吏であった重鎮たちは思わず息を飲む。
王弟殿下の顔は、額の傷がなければ、先々代の王そのものだった。
王命だからと仕方なく受け入れた西派や東派の高官たちも、その姿になるべくしてなったのだと、誰も文句を言えなくなる。
一方で、王弟にはなれず、アン官吏の姉との縁談の話も頓挫してしまったムンジェとリョクジェは、荒れに荒れ、ムンジェはまた詐欺を働き、リョクジェはまた女性問題を起こした。
これには流石に王も庇う必要はないと、ムンジェは幻栄国で一番の貧民の村に、リョクジェはほぼ男しかいない漁村に流刑となる。
「————まったく……あいつらは本当にどうしようもないわね……」
ミオンから二人の話を聞いたジアンは、深いためため息を吐く。
大きくなってきたお腹をさすりながら、ミオンはクスクスと笑っていた。
「よかったわね。そんなどうしようもない人たちとの縁談がなくなって」
「まったくよ。でも、まぁ、新たな問題が出てきたんだけど……」
「問題? 一体なにが? 代わりに王弟殿下との縁談が決まったんだから、よかったじゃない」
「その王弟殿下が問題なの……」
王が提案した王弟とジアンの縁談。
最初はジアンさえ良ければ……という話だったが、フィジェたっての希望と、ジソンになりすまして王を騙した罰としてジアンは断れなくなった。
「私はお似合いだと思うけどなぁ……それに、ジアンが東宮殿に入ってくれたら、今みたいに一々許可を得てからじゃないと会えないってこともなくなるしいいと思うんだけど……」
「それは……! その、ミオンに気軽に会えるようになるのは、私だって嬉しいわ。でも……その……なんというか…………どうしたらいいかわからなくて」
ジアンは顔を真っ赤にしながら、フィジェに言われたことをそのままミオンに話した。
「わ……私のこと『世界一可愛い』っていうの……」
自分で口に出して、恥ずかしくなるジアンは、手で顔を隠してしまう。
ミオンはジアンのあまり見たことのない姿が微笑ましくてたまらない。
「よかったじゃない! 女の子は愛されてこそよ」
「だ、だって……!! 私、かっこいいとか美しいとかは聞きなれてるけど、可愛いなんて初めてで……」
もう恥ずかしいを通り越して、ジアンは泣いている。
先王が崩御た不吉な夜に生まれ、さらに双子の片割れという色恋沙汰とは無縁な人生を送るのだろうと思っていたジアンは、毎日のように口説いてくるフィジェにどうしたらいいのかわからないのだ。
「どの本にも書いてないんだもの。こういう場合、どうしたらいいのかわからなくて……」
「ジアンは、王弟殿下のこと、嫌いなの?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあ、好き?」
「それがわからないから、困ってるの……好きって何? どういう感情?」
本当に困っているジアンに、ミオンはどう答えていいかわからなくなった。
具体的に、どういう感情かと聞かれると、応えようがいない。
「……うーん、とりあえず、さっさと結婚しちゃえば?」
「えええっ!?」
「だって、その方が早いわよ。私も王妃になったばかりの頃は、なんというか理想と違っていて、私って王様に愛されてないのかなって……思ったこともあったわ。でも、誤解が解けて、今じゃ、これよ」
ミオンは大きくなっているお腹を指さした。
「私てっきり、王様なんだから子作りなんて慣れっこなんだろうなって思ってたんだけど……実際、全然違って……なんというか、一つ一つの行動が可愛らしく思えてきてね。いつも私のために色々用意してくれたり、気遣ってくれたりして…………とっても優しいの」
遠い国の夢物語で読んだような、王妃になるのが夢であったミオン。
やっと夢が叶ったというのに、最初は王と壁があった。
無実の罪で廃妃となった時は、ほんとうにどうしたらいいのかわからなかったが、後宮に戻ってから、王はほとんど毎晩のように会いにきてくれて、ミオンの事をいつも気遣ってくれていた。
「殿方って、ちょっと強引だったりするものだと思っていたけど、王様はね、私のこと、本当に宝物にでも触れるみたいに優しいし……ちょっと手が震えているの。私の声が好きだと言ってくれる王様の声も優しくて……」
本当に幸せそうに、王の話をするミオン。
「それに、少し子供っぽいところもあってね……————って、えーと、あれ? 私何が言いたかったんだっけ?」
いつの間にか自分の惚気話になっていることにはたと気がついた。
「えーと、つまりね! さっさと結婚して、お互いのことを少しずつ知っていくっていうのもありだと思うのよ! まぁ、一番の理想は、初めから好きな人とだけど……この国じゃほとんどが親同士が決めた婚姻でしょう? 何も知らないところからはじまったりする。愛されるかどうかもわからないし、自分が相手を愛しいと思えるかもわからない状態から……」
「それは……そうね」
「それに、どうしても好きになれないなら、離縁してもらえばいいじゃない」
「離縁!?」
まだ結婚する前から、もう離縁の話をするミオンにジアンは驚いたが、ミオンは本気でそう思っているようだ。
「私は私の親友に不幸になって欲しくないの。もし、結婚してみて、ダメだったらこの私が全力で離縁させるわ」
「そんなところで、王妃の権力使わないでよ」
「うふふ……そういうところでこそ、使わないと!」
ミオンとジアンの会話を微笑ましく女官たちは聞きながら、同時に思う。
(————王弟殿下、頑張ってください! もう一押しです!!)
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