第43話 潜入


 一方、ジアンが司暦寮で書類整理に追われていた頃、ジソン達は白梅団が住む例の村に到着した。

 ジホたちが監視していたが、村人は武器庫には誰も近づかず、ただ普通に農作業や炊事、洗濯などをしているのどかな村だ。

 ドバクがここへ来ることもなかった。


「いったい、そのドバクって老人はどこに消えたんだ? 家にも、この村にもいないなんて……」

「昨日、姉さんが村の中をくまなく見ているから、ここにいるってこともないだろうし……誓約書に書かれていた家にもいないし」


 ドバクの行方は、いまだにわかっていない。

 ジムとジソンは二人で頭を悩ませた。

 だが、フィジェがあることに気がつく。


「……これはたまげた。昨日は夜だったから気づかなかったが————」


 村の奥にある山の頂上付近が白い。

 何十本も生えた寅梅の木が、花を咲かせていた。


「こんなに生えているの見たことない……」


 ジソンの目には、山に雪がかかっているように見える美しい光景だ。

 しかし、フィジェにはその山が悪いものに見えて仕方がない。

 淀んだ空気の色。

 それが毒の花であることを、はっきりと示していた。


「遠すぎてよく見えないが……山の頂上に誰かいないか?」


 フィジェには、その淀んだ空気の色が動いているように見えた。

 動物か人間が数人いるような……そんな気がしてならない。


「姉さんほど良くは見えないけど……音なら————」


 ジソンは目を閉じて、いつも制御している順風耳を解放する。

 木々の揺れる音、鳥の鳴き声、川のせせらぎ……山の頂上の音を捉える。


『作戦は十日後。先生は先に王宮に入っている。それまでに、仲間に知らせろ』

『わかってる。地方にいるやつらも、全員集めるんだろう?』

『そうだ。明日には五角で作らせている、この梅の花から作ったあの毒薬がやっと完成する』

『しかし、よく入れたな』

『そのための流行病だ。流行病による人手不足で、王宮医師も数が足りていない』

『なるほど。流行病は特効薬を売って資金稼ぎするだけだと思っていたが……さすが先生だな』


 山の頂上にいる男たちの会話。

 ジソンはすぐに頂上にいる男たちを捕まえるように言った。


「父上、フィジェ様! やつら、すでに王宮に人を送っています。すぐに捕まえて、作戦を吐かせましょう!! このままドバクが現れるのを待っていたら、手遅れになる」


 ジムとフィジェは頂上にいる男たちを捕まえに頂上へ。

 ジホと親衛隊は村人たちを捕まえる。

 ジソンはこのことを伝えるため、先に王宮へ急いだ。


「一人も逃すな!!」



 武器庫から彼らが武器を手にする前に、白梅団は全員捕まった。




 * * *



 後宮に潜伏したジアンは、信じられないものを見た。

 探していたあの老人が、王宮医師の姿で後宮にいる。


 ペク賭博ドバクは、何食わぬ顔で王宮医師としてメファ妃の脈を測っていた。

 女官として情報を集めようとしていたジアンだったが、もはやそんなものはどうでもいい。

 目の前に、探していた相手がいるのだから……


「なぜ、ここに……?」

「……それは、こちらの台詞だ。どうして、お前が後宮にいる!? チュンユを殺した容疑で、投獄されているはずではなかったのか!?」


 ドバクもドバクで、驚くしかない。

 下女にチュンユを殺させ、その罪を被せたはずの憎い男が、後宮で女官に女装しているのだから。


「あの……これは一体どいうことです?」


 メファ妃は目の前で起きていることに理解が追いつかなかった。

 流行病からやっと回復して、改めて異常がないか王宮医師に診てもらっていたのに、なぜかその王宮医師と青い服の若い女官が不穏な会話をしているのだから……

 しかも、こんな顔の女官、長く後宮で過ごしているが一度も見たことがない。


「メファ妃様、お逃げください。この男、王宮医師ではありません!」


 ジアンはそう言ったが、一度も見たことがない謎の女官にそんなことを言われても、メファ妃は信用できなかった。

 ドバクには王宮医師として何度か診察してもらったことがある。

 メファ妃はジアンの方が身分を偽っていると思った。


「何言ってるの!? この人は王宮医師よ!? あなたの方こそ何者ですか!? 誰か、この女、捕まえて!!」


 逆に取り押さえられそうになっているジアン。

 しかし、誰もジアンを捕まえることはできなかった。

 視力が良いから、相手の動きが予想できるのだ。

 後宮の女官や宦官ごときに捕まえられるわけがない。


(どうしよう!? ハナちゃんに助けを求める!? いや、でも、それじゃぁハナちゃんが私を手引きしたことがバレちゃうし……)


 自分を信用してくれないメファ妃をどうやって説得すればいいのか考えを巡らせていと、急にあたりが静まり返った。


「————おやめなさい!」


 聞き慣れた、鈴を転がしたような優しい声。

 振り向くと、そこにはミオン。


 ハナが王妃を連れて来たのだ。


「王妃様……!? どうして、この女の名前を————?」


 メファ妃が驚いて問いかけると、女官にも側室であるメファ妃にもいつも優しい笑顔を向けてくれる王妃が怒っていることに皆が驚く。


「メファ妃、言葉を慎みなさい。彼女は私の大事な友人です」


 その言葉で、それまでジアンを捕まえようとしていた女官や宦官は一斉にドバクを捕まえにかかる。


「王妃様のご友人が嘘をつくはずがない!」

「悪いのはお前だな! ジジイ!!」

「俺はずっと、怪しいと思っていたんだ!!」

「そうよ! あんた、私のお尻触ったでしょう!!」

「私の胸も!!」



 逃げようとしたドバクは、あっという間に取り押さえられた。



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