第42話 隠密官吏
(疲れた……しんどい)
司暦寮でジソンの代わりに溜まりに溜まった書類の整理に追われ、気づいたら夕方になっていた。
イルボンが出入り口の前に座って目を光らせているため、うまいこと抜け出すこともできない。
(これが終わったら、観測係だなんて……鬼畜にもほどがあるわ)
ジアンが来たおかげで、格段に作業効率があがり溜まっていた仕事はだいぶ減ったようだが、休憩時間すら与えられなかった。
(司暦寮の仕事は私の仕事じゃないんだけど……ジソンめ……)
本物のアン官吏は全く助けに来てはくれない。
ジアンは仕方がなく書類の整理を一段落させると、観測台へ向かった。
久しぶりに登った観測台の上から、下を見ると隣の祭祀課の様子がよく見える。
巫女たちが何かの儀式をこれから行うようで、祭壇に花が運ばれていくのが見えた。
(あれ……? あの花……)
白くて大きな梅の花。
寅柄の花びら。
千里眼でよく見てみると、それは例の寅梅の花だ。
(どうして……あの花が……!?)
気になったジアンは、さらにあたりを見渡す。
そして今日の仕事を終えて、帰ろうと歩いている同僚のテハンを見つけて、観測台を駆け下りる。
「イ官吏!!」
「うわっ! なんだ!? 急にどうした!?」
「僕、また熱が出てきたみたいなんで、帰ります! 観測係、代わりにお願いしますね!!」
「えっ!? 何言ってるんだ!? 俺は今日やっとこれから休みで……」
「それじゃ!!」
テハンに仕事を強引になすりつけ、ジアンは颯爽と走り去ってしまった。
「そんなに元気なのに、一体どこに熱があるっていうんだ!?」
テハンは叫んだが、すでにジアンは祭祀課の方へ。
仕方がなく人手不足でもう三日間寝ていないテハンは観測台に登ったが、耐えきれず、そのまま寝てしまった。
* * *
「あ、アン官吏!? 一体どうしたんですか……?」
祭壇に花を運んでいた若い巫女二人に声をかけると、頬をぽっと赤らめる。
声をかけてきたのが普通の官吏であれば、門前払いされるのが落ちなのだが、この顔には本当にみんな弱い。
美しい顔に生まれたおかげで、後宮と同じようにほぼ男子禁制状態の祭祀課で、警戒すらされないのである。
「これから一体何の儀式を? この花はどこで手に入れたの?」
「え、えーと、ご側室の
(メファ妃様……? そういえば、流行病で床に伏せっていたんだったわね……)
メファ妃は、今唯一残っている王の側室だ。
歳は王より上で、王の実の姉と年齢がさほど変わらない。
早く妊娠しなければならないと焦っているようだったが、廃妃の事件のあとからすっかりおとなしくなった。
さらに正室である王妃が先に懐妊し、そのショックからか体力が落ちていて、後宮内では一番最初に流行病に倒れている。
「メファ妃様の暮らしてる後宮の庭に、この梅の木が生えているんですって」
「長い間とてもお体の調子が悪そうだったけど……やっと元気になられたみたいでよかったわよね」
「そうそう。最近後宮じゃ……ほら、あの呪い事件のせいでたくさん不幸があったから……————もしかしたらメファ様も……なんて、想像してしまったけれど……」
(メファ妃様……か。これはまた、後宮の様子も確認した方がいいかしら?)
ジアンは寅花をここまで持ってきた女官を、千里眼を使って探す。
すると後宮へ向かって歩いている三人の青い服の女官を見つけた。
三人が後宮内に入る前に、引き止めなければならない。
後宮は男であるジソンはもちろん、部外者であるジアンだって許可なく立ち入ることはできないのだ。
廊下を走り、塀を越え、時には屋根の上を走り……
偶然その現場に遭遇した官吏や内官は、そのあまりの速さに倭国にいると噂の
突然、空からアン官吏が降ってきたのだから、そう思っても仕方がない。
「アン官吏!? いったいどこから……!?」
「おっと、突然失礼しました!」
驚かせてすみませんと、頭を下げた後、また走って女官三人の前に現れたジアン。
「ハナちゃん!」
女官三人の中に、以前、後宮潜入を手伝ってくれたハナがいた。
ハナは突然現れたジアンに驚いてはいたが、それよりも嬉しさの方が勝る。
「アン官吏! お久しぶりです!」
「久しぶりだね。よかった。今も後宮で働いているんだね」
ファヨンに関わった女官の多くが、後宮を去って田舎に帰っていたが、ハナはメファ妃の担当に配属替えされていたのだ。
それはユリとナヨンも同じだという。
ジアンはハナに再び後宮潜入を手伝ってもらい、女官の服に着替え、メファ妃のいる部屋へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます