第41話 毒薬の花


 寅梅は、梅の一種だがその花は他の梅より二周りほど大きく、さらに花びらをよく見ると、少し黄色味のある色の部分がまだらに入っている。

 それが寅柄に見えるため、寅家の男を王としてきた前王朝では国花とされてきた。

 一族の人間に梅の字が受け継がれているのも、このためである。

 特に花に多くの毒を持つが、種にも同じく毒を持っている。

 しかし、その実の部分は独特な酸味と甘みを持ち、薬として扱われていることが多い。


 ジソンが見つけた資料には、寅梅の花の毒性について書かれていた。

 寅梅の花の毒性を確かめる実験の結果が書かれたものもある。

 その中でも特に古い本には、白梅団の紋章が描かれていた。

 作者の名前はガク五白オベク


「角家って、確か前王朝時代の五大貴族じゃなかったか?」


 薬屋から隣のドバクの屋敷に戻ってきたフィジェは着込んでいたたくさんの服を脱ぎながら、そう言った。

 フィジェも一応、王族のため一通り教育は受けている。

 その中で見覚えがあった。

 ちょうどその時、前王朝についての資料が王宮から来たカン内官によって届けられる。


「五大貴族……? えーと、ここね」


 付け髭だけ外したジアンが、それを受け取り千里眼で資料の中から角家について書かれている部分をさっと開いた。


「五代貴族————角家、ウン家、チャン家、キョン家、チョム家。前王朝は、この五つの貴族が王を支えていたのね……」


 しかし、前王朝はその五代貴族のせいで滅んだ。

 前王朝末期、実は王とはただの飾りで、実際に政治を行っていたのは殆ど五代貴族の者たちだった。

 国境付近では他国からの侵略による戦が絶えず、多くの民が戦場に駆り出された。

 また、女性や子供達は貢物として外交の道具にされていたことや、日照り続きで農作物が育たず、食糧難に陥ったり……五代貴族たちはそんな中で自分たちの保身ばかり。

 最後は民衆の不満が爆発し、内戦が起こる。


 当時、民衆からの信頼も厚く、人徳があった将軍・ヨン皇才ファンジェが革命を起こし、幻栄国を建国したとされている。

 その革命の後、五代貴族達は没落。

 斬首刑となったのは当時の王族と、五代貴族の当主達。

 国外追放や流刑に処された者もいる。

 王宮で保管していた当時の記録では、角家は代々医師の家系。

 寅梅について書かれた書物の作者は、その角家の人間で間違いない。


「一応、一通り探ってはみたけど、姉さんの目にも白梅団に関係しているものは見えない?」

「うーん、そうね……特には」


 ジアンは千里眼で部屋中を見回したが、特に何か隠されているという感じはしなかった。

 ジソンの順風耳でも、奇妙な音や会話も聞こえてこない。


「あの村の方はどうなってるの?」

「あっちは兄さんが見張ってる。王様が親衛隊何人か連れて行っていいって言ってたから……何か動きがあれば直ぐに連絡がくるよ」

「なるほど……」


 一応、ドバクに脅されてチュンユを殺したヘリョンもあの村に戻してある。

 ジアンに罪をかぶせるという目的が失敗したことを悟られないためだ。

 しかし、ここで待っていても、ドバクが帰ってくる気配がない。


「私たちもあの村に行ってみましょう。明るいうちに見たら、また何か見つかるかもしれないし……」


 この屋敷に見張りを何人か残して、ジアンたちは外へ出た。

 だが————



「あ! おい、アン官吏!!」


 出た瞬間、司暦寮観象課長のイルボンと出くわした。


(ホン課長!?)


 イルボンは男装したままのジアンを、完全にジソンだと思い込み、ジアンの腕を掴んだ。


「えっ!? なんですか!?」

「なんですかじゃない!! お前が流行病で伏せって、何日も休んでいるから仕事が溜まっているんだ!! ただでさえ人手が足りてないっていうのに!!」


 ジアンの後ろにはフィジェとジムがいて、その後ろにいる本物のアン官吏には全く気づいていない。

 イルボンはそのままグイグイとジアンを引っ張って、司暦寮に連れて行ってしまった。


「ちょっと待ってください!! 私には仕事が……!!」

「だから、その仕事が待ってるんだ!! まったく、相当悪いのだと思って薬を買いにわざわざここに来たのに、ずいぶん元気そうじゃないか!! サボってないで、仕事をしろ!!」


(何で私が!?)


 フィジェとジムに助けを求めたが、イルボンは相当怒っているようで、何が起きたか把握する前にもうジアンは遠くの方へ引きずられていた。



 * * *



「ま、まぁ、仕方がないよ。姉さんなら隙をみていつでも抜け出せるだろうし……」

「そ、そうだな。しかし、あれは確かホン課長だろう? よくあんな細腕でジアンを引きずって行ったな……」

「流行病のせいで、人が足りてないから……多分ずっと寝てなくてイライラしているんだと思います、父上」


 ジソンとジムの会話を黙って聞いていたフィジェは、首をかしげる。


「確かによく似てる双子だが……なんで男と女を間違えるんだ?」

「え……?」


 実は衣の色でジアンとジソンを見分けていたジムは、少しどきりとした。

 実の親でも間違えるほど似ているのだから、他人からしたらもっと見分けがつかない。


「フィジェ様は、僕と姉さんの見分けがつくんですか?」

「当たり前だろ? 女と男じゃ、色が違うんだ」

「色?」

「纏っている空気の色だ」


 フィジェ曰く、男は青系、女性は赤系なのだという。


「それにジアンのは陽の光のように輝いてる。あれはいい嫁になる。俺にはわかる」


 身内を褒められて、悪い気は全くしなかったジムとジソン。

 しかし、ジアンが本当に嫁になれるかどうかは、少々疑問だった。


 ジアンは気が強いし、女なのに腕も立つ。

 それにとても賢い。

 普通の男なら、自分の嫁にするのには躊躇するだろう。


「————……って、もしかして、フィジェ様、姉さんを嫁に貰ってくれるんですか!?」

「そのつもりだが……?」


 ジソンもジムも、フィジェがジアンを嫁にしようと考えていることはこの時初めて聞いて、口をあんぐりとあげて驚いた。


「その為にも、白梅団の討伐は必須だ。流行病の黒幕を取っ捕まえれば、兄上は俺を王弟にして、ジアンと結婚させるって約束してくれたからな! その時は、師匠! 義父上ちちうえと呼ばせてくれ」


 実は幼い頃に父親を亡くしているフィジェは、ずっと剣術の師匠であったジムの息子になることに憧れていたのだ。

 幼い頃に、「息子にしてくれ」と言われたのを思い出して、ジムは泣きそうだった。


「そうか、うん。そうだな。みんなで白梅団をぶっ潰そう! 婿殿!」

「おお!! そうだ!!」


(姉さん、なんか、縁談が決まったみたいだよ。おめでとう。あのクソみたいな王族たちじゃなくてよかった……けど————)


 ジソンは、司暦寮で聞いた話を思い出す。


『女であれば、王妃になるような最高の手相だった』


(もし、あの巫女の声が本当なら、姉さんは王妃になる。でも、それって……フィジェ様が王様になるってこと? それなら、今の王様は————?)



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