第40話 薬屋の秘め事


 華陽の北西部。

 薬屋・五角オガクには、流行病に効く特効薬を求めて、長蛇の列ができていた。

 価格は高いが、すぐに効くという事で高官貴族や豪商たちがこぞって使いを送っているのだ。


「ちょっと……! 横入りしないでくれる!? 私が先に並んでいたのよ!?」

「うるさい! こっちは左丞相様からの使いで買いに来てるんだぞ!?」

「はぁ!? 嘘つけ! アンタみたいに小汚い格好のやつが左丞相様の使いなわけあるか!」

「なんだと!?」

「それなら私は王妃様の使いよ!」

「はぁっ!? ふざけるな、この女!!」


 こんな取っ組み合いの喧嘩があちこちで起こっている。

 しかし————



「本日分は終了でーす! また明日の朝、再販しまーす!」


 よく通る声で、薬屋の娘がそう叫んで回る。

 まだ多くの人が並んでいるというのに、特効薬は昼前にはなくなってしまったのだ。

 その声を聞いて、肩を落としながら並んでいた客たちは各々の家に帰って行った。


「————お嬢さん」


 ところが二人、薬屋の前から動かない男がいる。

 売り切れたと言っても、諦めて帰らずに本当は隠し持っていると思い込んでいる輩はいつも一定するいるのだ。

 薬屋の娘は、この二人もそういう類だろうと思って、声をかけられてとても面倒くさそうな顔になる。


「なんですか? もう特効薬は売り切れて————……えっ」


 しかし、声をかけた男の顔を見れば、ものすごい綺麗な顔。

 普段は父親に頬擦りされる度に痛くて嫌いな髭でさえ、とても男らしいと魅力的に思えてしまうほどに、この男は髭まで美しかった。

 この娘、まだ十歳だが、ポッと頬を赤らめて、ついついその男の美しい顔に見惚れてしまった。


「特効薬じゃなくて、他の薬を買いに来たんだ。中に入ってもいいかな?」

「もちろんです!! どうぞどうぞ!!」


 娘は積極的に男を薬屋に引き入れる。

 男はにっこりと微笑みながら、一緒にいたもう一人の使用人らしき大男と娘の後について行った。


(念の為、いつものつけ髭とは別で顎髭も用意したせいかしら? 効果は抜群ね)


 髭の美しい貴族は変装したジアン。

 使用人の大男は、中にたくさん服を着込んで変装したフィジェだ。

 二人は薬屋の内情を探る為、客に変装。


 ジムとジソンは薬屋の隣にあるドバクの家の中を捜索している。

 ドバクの行方がまだわかっていない為、二手に分かれた。

 だが、ジソンには薬屋での会話を順風耳での会話が筒抜けのため、何か問題があればすぐに助けに行ける。

 まぁ、剣術の師範の娘と、その一番弟子相手に助けなんていらないのだけれど、相手が相手のため念の為だ。



「————おや、特効薬でしたら、もう売り切れたと言ったはずですが?」

「違うのよ父上! 別の薬を買いに来たんですって」

「あぁ、そうでしたか」


 ジアンは薬屋の店主の顔を見る。

 この娘の父親にしては、高齢に思える白髪の老人だが、どこにでもいそうな、優しそうな顔をした薬師だ。

 しかし、千里眼でその薬師の持ち物を見ると、懐に短刀が入っているのが見えた。

 その短刀の鞘に、白梅団の紋様が彫られている。


「どんな薬をご所望で?」

「あぁ、それが……うちの使用人が食べすぎでこの有様でしてね。痩せる薬か、もしくは、食欲を抑えるような効果のある薬はないでしょうか?」

「なるほど……少々お待ちください」


 薬師は壁一面に引き出しのある部屋に調合の為入って行った。


「おい、なんだ、そんな薬あるわけないだろう?」

「いいから大人しくしていてください。その為にこんな変装させたんだから」


 フィジェは不満そうに小声で言ったが、ジアンは薬屋の娘に気づかれないようにそう言い返すと、フィジェのつま先を軽く踏んだ。


「……?」


 薬屋の娘は、急に足を痛がる使用人の大男を見て、不思議そうに首を傾げる。


「あぁ、コレのことは気にしないで」


 ジアンは笑顔でそういう時、ポッと頬を赤く染める娘。

 もうすっかりメロメロである。


 そして、ジアンが千里眼で薬屋の隅々まで見渡すと、薬師が入って行った建物の奥————一番日陰になっている場所に倉庫のような建物があった。

 その中に五人ほど襟元に白梅団の紋章が刺繍された白い服を着ている男たちが作業をしている。

 何かの植物をすり潰したり、混ぜ合わせたり、煮込んだりしている。


(特効薬はここで作ってるのかしら?)


「お嬢さん、ここは流行病に効く特効薬を売っていると聞いたけど、どこで作っているんだい?」


 ところが、薬屋の娘が指さしたのは反対側の日当たりがいい作業場。


「あぁ、それならあそこの作業場よ。うちだけの秘伝の薬でね、作るのに時間がかかるから、一日に売れるのには限りがあるのよね」

「へぇ……」


(確かに、こっちでも作業してる人はいるけど……)


 日当たりのいい作業の方では、白梅団の紋様がついた服を着ている人は一人もいない。


「あっちの建物は?」

「ん? あぁ、危ないから絶対入っちゃダメだって言われてるの」

「危ない? どうして……?」

「うーん……秘密よ?」


 ジアンが屈むと、薬屋の娘は耳元でジアンにだけこっそりとその理由を教えてくれた。


「悪い人達を殺す薬を作ってるんだって。インメシルの花を使ってるの」

「……インメシル?」


 それがどんな植物かわからなかったジアンは、ジソンに小声で話しかける。


「ジソン、インメシルって花について調べておいて」


 ちょうどその時、ドバクの部屋からインメシルの毒性について書かれた本が見つかる。

 寅梅インメシル————幻栄国にしか自生していない、花の部分に毒がある植物だ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る