第三章 隠密官吏と毒薬の花
第38話 前触れ
星が一つ流れた夜、司暦寮祭祀課長の巫女・エギョは妙な胸騒ぎに目を覚ました。
(何……?)
何か悪夢を見たわけではない。
ただ、いつもこんな風に嫌な汗をびっしょりとかいて目覚めた日には、エギョにとって何か重要なことが起こる。
それも、決していいことではない。
エギョは窓を開けて、夜空を眺める。
(誰かが死んだか……その前触れか……)
漠然とそんな予感がした。
彼女の母親は前王朝に仕えた巫女の末裔で、父親は五大貴族の末裔。
そして、その父親は前王朝の王・
エギョが最初に嫌な胸騒ぎで目が覚めたのは、三十年前、白梅団の討伐隊が村に来る前日のこと。
白梅団の仲間だけが暮らしていた山あいにある小さな村で、彼女は育った。
しかし、その日は朝からまるで嵐の前の静けさのように、妙に静かだった。
幼いエギョは不思議に思いつつ、村を出ていつものように山頂へ登る。
山頂には大きな御神木があり、エギョは毎日神に祈りを捧げていた。
足を怪我して、山に登れなくなった母の代わりに雨乞いの儀式だ。
子供ながらにたった一人で行う。
すると、それまで雲ひとつなかった空が急に暗くなる。
ポツリポツリと雫が地面を濡らしていくのを感じた。
雨乞いが成功したことを嬉しく思っていたエギョ。
しかし、村の方を見ると煙が上がっていることに気がついた。
討伐隊が、村に火をつけたのだ。
エギョが村に戻った時には、家も人も、みんな炎に包まれて黒焦げになっていた。
村は全焼し、エギョが呼んだ雨雲がその燃え盛る炎を消すのには、ほんの少し遅かった。
一人生き残ったエギョは、旅の商人に拾われ、偶然か運命か司暦寮の下働きとなる。
ところが、当時の祭祀課長がエギョに巫女の才能があることを見抜き、異国で修行を積んで正式に巫女となり今や祭祀課の長。
それは家族を殺したこの国の、安寧を願う立場である。
「————エギョ」
星を見ながら物思いにふけっていると、しゃがれた声が聞こえる。
「……父上?」
窓の外、茂みの向こうから突然現れたのは、白髪の老人。
死んだことになっているエギョの父親だ。
「こんな夜更けに、どうしました?」
実はエギョが祭祀課の長となる少し前、偶然この華陽で父親と再会した。
父親は
「白梅団は十日後、王宮を襲うと言っただろう? 先生がはっきりと、日付を口にしたんだ。いつまで俺たちの同志を殺した敵国の巫女として生きるつもりだ?」
(また、その話か……————)
「父上、その謀反は成功しないと言ったはずです。私の占いでは、この国はまだ……あと最低でも四代先の未来まで続きます」
「……そんなの、ただの占いだ。当たるかどうかわからない」
「しかし……」
「エギョ、お前だって五大貴族の娘だろう? なぜ、俺たちの悔しさがわからないんだ……!?」
エギョの父親は、エギョにこの謀反に参加するように何度も説得に現れていた。
巫女の立場を利用して、王に嘘の占いの結果をいわせようとしたり、同志である先生と呼ばれている男の奇妙な毒薬を王の煎薬に混ぜるよう強要されたり……
幻栄国が滅ぶのはずっと先のことだとわかっているエギョは、無駄なことだとその度に断ってきたが、父親はエギョの話を信じてはくれなかった。
(ああ、嫌な予感は、これだったのね……)
父親の顔に、死相が出ている。
エギョは、深くため息を吐いた。
「金輪際、私には関わらないでください。あなたが母上と弟達を見殺しにしたあの時から、もう、あなたは死んだんです。私には、父親なんていません」
「エギョ……!! お前、実の父親に向かって————なんてことを……!!」
「早く消えてください。でないと、人を呼びますよ?」
「ちっ……」
去っていく父親の後ろ姿を見ながら、エギョは細い目から一筋涙をこぼす。
「運命は、変えられないのよ……」
(例え、現王を殺せたとしても、この国は新しい王がその座に座るだけ。決して、揺らぐことはないわ。寅家の子孫は、もう王にはなれないの————)
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