第29話 適任者


「————大丈夫? ジアン、目の下にクマができてるけど……」


 約束通り、ミオンを訪ねて後宮に来たジアンの顔は、目の下にクマをつくり、なんとも疲れ切った表情をしていた。

 久しぶりに会うのを楽しみにしていたミオンは、いったい何があったのか心配になる。


「大丈夫です。王妃様……ちょっと、その、色々ありまして」

「色々……?」

「そんなことより、こちらを。最近新しく出来たお餅屋の大福です」

「まぁ! ありがとうジアン。気になっていたのよ、連日大行列ができるって、女官たちが話していてね……」

「朝早くに並んだので、普通に買えましたよ」

「そう……それで、どうして敬語なの?」

「え?」

「何か私に怒ってる?」


 ミオンとジアンは親友だ。

 ミオンの方が二つ年は上だが、幼馴染。

 急に敬語を使われて、ミオンはなんだか寂しい気持ちになった。


「ああ、だって、皆さん見てますから。それに、先ほどこの部屋に入る前にお付きの女官様から『立場をわきまえるように』と、念を押されています」

「まぁ、何それ……。公共の場でもないのだから、そんなこと気にしなくてもいいのに。いつも通り接して、ジアン。正座だって苦手でしょう」

「……わかったわ」


 それまで一応貴族の娘らしくきちんと正座をしていたジアンは、脚を崩した。

 久しぶりの正座に、右足がビリビリと痺れている。


「それで、今日はね、ジアンに報告と相談があって来てもらったの」

「報告?」


 ミオンは自分の腹を撫でながら、ジアンに話した。


「私、妊娠したの」


 それまで眠そうにしていたジアンの目が、パッと大きく見開かれる。


「妊娠!? それは、おめでとう!! って、え? 本当に?」

「本当よ。嘘だと思うなら、千里眼で見てみるといいわ」


 ジアンは千里眼を使って、王妃の腹の中を見る。

 確かにまだまだ小さいが、生命の姿が見えた。


「王様と上手くやって行けるか不安だったのだけど、これで一安心。祭祀課の巫女の話じゃ、女の子が生まれる可能性が高いそうだけど……私が妊娠したってことは、王様にはなんの問題もないってことでしょう?」


 王にはミオンを含めてこれまで四人の女がいた。

 王位につくと同時に結婚した最初の王妃、それから側室の二人と、新しく王妃となったミオン。

 しかし、今まで誰一人懐妊の兆しはなく、流産した……なんて話もない。

 王の体に何か問題があって、子供が出来ないのではないかという噂もあったのだ。


「この子が女の子であれ、男の子であれ、王様には何の問題もないのだし、王妃としてはひとまず安心したの。でも、今まで全く気にしていなかったけど、別の問題が浮上してね」

「別の問題……?」

「お世継ぎの問題よ。巫女の話じゃ、私と王様の間に生まれる子供は女の子の確率が高くて、次に妊娠したとしても、また女の子の可能性が高いんっだって」

「そんな、占いなんて気にしなくても……それに、巫女ってことはあのマン祭祀課長でしょう? あの人の占いは嘘ですよ。私の手相を見て、男なら国を滅ぼす不吉な手相だって言ってました。女なら、王妃になる手相だって……大嘘付きですよ。占いなんて当たるわけない」

「まぁ……そんなことが?」


 結局、その手相の手相の結果はあの花英ファヨン廃姫が言わせた大嘘であると、女官から聞いている。

 それに、王妃の座にはミオンがいる。

 ジアンが王妃になるというのなら、ミオンはどうなるのか。


「王様はミオンにぞっこんなんでしょう? ミオンが後宮に戻ってからは、毎晩のように通っているって、お兄様が言ってたわ」

「それは、そうなんだけど……でも、私の父たちが占いのことは結構気にしていてね……今は誰も世継が決まっていないから、せめて王子が生まれるまでの間、王族の中から誰か一人、王弟を選ぶことになったのよ」

「王族の中から……?」

「そう。もし私と王の間に王子が生まれなかったら、その王弟が次の王と言うことになるでしょう? 今まで私、政治のことはよくわからなくて、気にしていなかったんだけど……西派が推しているムンジェ様が王弟になってしまったら、政権は西派に傾くわ。ムンジェ様のお母様が西派出身で、ムンジェ様はお母様には頭が上がらないそうよ。もし王様に何かあって、ムンジェ様が王位についたら、東派の私と子供たちは王宮を追われるだろうって……お父様が」


 王妃の父は、東派の重鎮の一人。

 大王王妃が東派の家紋出身のため、この国はもう何年も東派の政権下にある。

 もし、西派のムンジェが王弟に選ばれれば、東派の勢力が弱まるだろうと東派はリョクジェを推している。


「私は、これから生まれてくるこの子のためにも、西派のムンジェ様には王弟について欲しくないの。でも、東派が推しているもリョクジェ様……私、昔見たことがあって……————」


 それはまだ、ミオンが王妃になる前。

 ミオンの学友が、とある貴族の家に嫁いだ。

 結婚式にはミオンも参加していて、来賓として来ていたリョクジェは、その日の夜、新郎にたらふく酒を飲ませて泥酔させ、眠らせる。

 そして、新郎の代わりだと言って新婦の部屋に押し入った。


「悲鳴が聞こえて、親戚たちが止めに入ったけど……あんな狸みたいに可愛らしい顔つきをしていたのに、無理やり————……あんな酷いことをする人を王弟にするなんて、危険すぎるわ。できることなら、顔も見たくない」


 どちらが王弟になっても、王室のためにはならないというミオン。


「だからね、他に王弟にちょうど良さそうな人がいないか、調べて欲しいの。ジアンのその何でも見通せる千里眼と頭脳があれば、きっと見つけられると思って……お願い、ジアン」


 妊娠中のため、後宮の外へ出ることができないミオンは、ジアンに他の王族を探るよう頼んだ。


「お願いって……」

「暇だって毎日嘆いてるって、ジソンから聞いてるわよ? 時間ならあるんでしょう?」

「それは……そうだけど…………」


 ジアンはまさか今自分がその王族たちのせいで、眠れなかったなんて、言えるはずもなく————


「それじゃぁ、よろしくね、ジアン」


 ミオンの笑顔に押されて、ジアンは適任者を選ぶよう仕事を与えられてしまった。




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