第28話 謎の男


 勝負は五回。

 三回先に勝った方が勝ち。


 千里眼で全てが見えているジアン。

 勝つためには、十と書かれている木簡を引けばいい。


「それでは、まず一枚目」


 先行のジアンはすぐに一枚目で十の木簡を取り、後攻の謎の男も筒の中から一枚取る。


(もう一枚取れば、私の勝ちよ)


 手札を改めて直接見て確認し、ジアンは価値を確信する。

 ところが、二枚目を取ろうとした時筒の中をいくら千里眼で見ても十の木簡が見つからない。


「どうした? 早く二枚目を引けよ」

「…………」


(————まさか)


 ジアンの予感は的中した。

 男も同じく十の木簡を引いたのだ。

 そうなると、次は九。

 ジアンは九の木簡を引いた。

 次に引いた男もまた、九の木簡を引く。


「それでは、表を見せてください」


 審判の男の合図で、二人は同時に数字を面にして円卓の上に置く。


「……引き分けです」


 両者同じく十九点。

 二回目は男が先に木簡を引く。

 九の木簡を引いたのが見えたため、ジアンは十の木簡を引く。


(さっきのは、偶然ね。運が良かっただけよ……)


 ところが、二枚目、残っていた十の木簡を取られてしまう。

 またジアンは九の木簡を取るしかない。


「……引き分けです」


 二度も引き分けになることは、滅多にない。

 ところが、三回目も引き分け。

 十と九の木簡だけが動く。


(三度も……? まさか、見えているの? 私と同じように数字が……)


 全て見えているジアンには、男が不正をしているようには見えなかった。

 少し悩み、何度か九と十以外の木簡に手をかけることもあった。

 それでも、結局最後は必ず十か九の木簡を引き当てる。


「へぇ……すごいな。筒の中身でも見えているのか?」

「あなたの方こそ……」


(どうしよう。私と同じように、もしこの男にも見えているのなら、勝負にならないわ。ずっと引き分けのまま……)


「このまま勝負がつかないんじゃ、一晩なんてあっという間にすぎるなぁ。そうだ、別の勝負をしよう」

「別の勝負……?」

「俺は運だけは人よりいいんだ。何か、運が関係ない勝負はないか?」


 試合を見ていたチュンユは、それならばと部屋の置くから将棋盤を出した。


「これ、今倭国で流行ってる将棋っていう勝負なんだけど……」


 将棋に運は関係ない。

 ジアンが千里眼を使う必要もない。


「私、やったことないけど……?」

「俺はあるぞ」


 謎の男は将棋のやり方をジアンに教えた。

 すると、頭のいいジアンは初めての将棋だというのに三勝二敗。

 謎の男に勝利した。


 しかし、その頃にはすでに深夜。

 あと数刻もすれば、外が明るくなってくる。

 慌てて帰ろうとするジアンを男は引き止める。


「こんな時間に、女一人で出歩くのは危険だ。送ってやるよ」

「はぁ!? 元はと言えば、あんたのせいでこんなに遅くなったんじゃない! 結構よ」

「いやいや、ダメだ。それに将棋を楽しそうにやっていたのは金魚ちゃんの方だろう? 三回勝負で良かったのに……五回勝負になった」

「そ、それはそうだけど……」


(だって、初めに二回負けたんだもの。絶対勝ちたかったし、三回目にはちゃんとやり方も把握できたから作戦立てるの楽しくて……)


 ジアンの読み通りの場所に男が駒を動かすため、ジアンは気づいたら将棋を楽しんでいた。


「とにかく、結構よ! 私は強いから、平気」

「ダメだ。いくら金魚ちゃん一人が強くても、大勢に襲われたらどうするんだ」

「それはそうだけど……————あんたが一番危険な気がするんだけど」

「そうか?」

「そうよ。それに、その金魚ちゃんってやめてくれる? 気持ち悪いから」

「わかったわかった。えーと、名前なんて言ったっけ?」

「ジアンよ。アン知眼ジアン


 謎の男はまた広角をあげて、ニヤリと笑う。


「そうか……そうだったな」

「ところで、あなたの名前は? 一体誰なの?」

「……俺のことは後でいい。それより、早く帰ろうぜ? このままだと、本当に朝になるぞ?」


 いくら本人が乗り気じゃないとはいえ、縁談を控えた娘が朝帰りをしたなんて知られたら体裁が悪い。

 ジアンは急いで鳥安楼を飛び出した。

 その後を、謎の男はついてくる。

 大きな用心棒のおかげか、途中酔っ払いに絡まれそうになることもなく、ジアンは無事に家に着いた。


「————ここが、ジアンの家か。ずいぶん古そうだな。貧しいのか?」

「失礼ね。これでもうちは中級貴族よ」


(ギリギリだけど……)


「まぁ、いいか。よし、それじゃぁここに来ればいつでもお前に会えるな」

「はぁ!? なんで!?」

「……言っただろう。俺は女も飯も気に入ったものはなんでも手に入れたい主義なんだって」

「気に入られても困るわ。私、縁談の話が来てるの」

「縁談……? どこの家だ」


 本当はこんな話、他人に言いふらしたくもない。

 しかし、この謎の男に付きまとわれるのはごめんだと、ジアンは縁談の話をした。

 この話をすれば、いくらなんでも諦めてくれるだろうと……


「王族の方よ。ムンジェ様とリョクジェ様————とちらかと結婚するのよ」


 二人の王族の名前を聞いて、男の顔から笑みが消える。


(王族の嫁に手を出そうだなんて、そんなことできるわけないわ……)


 王族を怒らせれば、お家取りつぶしにだってなりかねない。

 当然の反応だとジアンは思った。


「わかったら、さっさと帰ってちょうだい。誰かに見られる前に」


 ジアンはこっそり自分の部屋に入るため、塀をよじ登ろうと手を伸ばした。

 だが、謎の男はジアンのその手を掴む。


「ちょっと!! 何するのよ!!」

「ダメだ。どっちもダメだ」

「……はぁ? 何言ってるの……!?」

「あんな奴らの嫁になるくらいなら、俺の嫁になれ。その方がいい……そうしろ」

「あんな奴らって……王族よ!? 王族の何がわかるって言うのよ!?」

「————知ってる。誰よりも知ってる。だから、言ってるんだ」


 男はジアンを後ろから覆いかぶさるように抱きしめて、耳元で言った。


「俺も王族だから」


 この謎の男。

 正体はヨン希才フィジェ、十七歳。

 先々代の王の四男の息子。

 現王の従兄弟の一人である——————


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