第27話 縁談


「七件よ! 五件はジソンのだけど、ジアンにも二件も来たの!」

「えっ!? なんで、そんな急に……!?」


 あまりに急な話に、ジアンは驚くしかない。

 この国の貴族たちは双子を忌み嫌っているし、その上、先王が崩御した日に生まれたという曰く付き。

 ジアンは自分に母親が興奮するような縁談の話なんて来るはずがないと思っていたのだが、ジソンが官吏になったことで、事態が一変していた。


「ほら、ジソンは王様と仲が良いんでしょう? 先日の廃妃の件も解決したのはジソンだし、それにジソンはあの顔でしょう?」

「あぁ、そういうことね」


 ジソンが王のお気に入りの官吏であることは、この国の人間ならみんな知っている。

 つまり、将来安泰。

 出世間違いなしの有望株だ。

 自分の娘をジソンに嫁がせ、甘い汁を啜ろうとしているのだ。

 そんなジソンの姉という事で、ジアンを嫁に……という考えだろうと、容易に察することができる。


「本当は三件来てたんだけどね……他のお二方が王族の方だという事で、二件になったのよ」

「王族……!?」


(てっきり、どこかの弱小貴族の息子かと思ってた……)


「まぁ、片方は本妻でもう片方は側室らしいんだけど……どっちにする?」

「どっちに……って、お母様。売り物じゃないんだから……!!」


 ジアンの母親は、嬉しそうにその王族の姿絵を見せる。

 一方は吊り目で顎の細い狐顔、一方は垂れ目で丸い狸顔。


「私的には、こっちの方が可愛らしい顔の気がするんだけど」


 母親が指さしたのは、狸顔の方。

 ヨン力才リョクジェ、十八歳。

 先々代の王の三男の息子で、現王の従兄弟である。



「そうかい? 私はこっちの方が知的な感じがして良いけどねぇ……」

「お、お祖母様!? いつの間に……!?」


 いつの間にか話に入って来た祖母は、狐顔の方を指さした。

 こちらは、ヨン文才ムンジェ、同じく十八歳。

 先々代の王の次男の息子で、現王の従兄弟だ。


「それで、どっちに嫁いだら本妻だって?」

「リョクジェ様の方です。本妻だった人とは先月離縁したそうですよ、お義母さん。まぁ、子供も二人いるらしいから、継母になるけれど……側室よりはマシでしょう?」

「そうだねぇ……嫁姑問題に加えて、本妻と側室の争いなんて大変だものねぇ」


(……どちらにしても、問題しかなさそうね。私の縁談————)


 ジアンはせめて後一日だけでも、母親が陣痛に耐えてくれていれば、ここまでひどくはなかっただろうなと、縁談の話が出る度に思っていた。




 * * *



 その日の夜、ジアンはお代をもらいに鳥安楼を訪れる。

 今回は、男装の天才詐欺師ではなく、普通にジアンとして。

 昼間と服装も違うし、さすがにあの謎の男ももう帰っているだろうと、約束の時間よりほんの少しだけ遅れてチュンユの部屋に入る。


「遅かったわね、ジアン。あなたが遅れるなんて珍しい」

「ちょっと、うちで色々あってね」

「はい、これ今回のお代」

「頂戴します」


 赤い絹の巾着には、銀銭がたっぷり入っている。

 これだけあれば、波斯国はしこくの新しい本がいくらでも手に入る。

 明日の昼、ミオン王妃と会う約束をしているジアンはついでに他にも何か手土産を買おうと考えた。


(王妃だから、食べるものには苦労してないでしょうけど……この前できたお餅屋の新商品でもいいかしら? 開店前から行列ができていたし、美味しそうだった)


「……ところで、ジアン。合簡大会のことなんだけど……」

「ああ、それ悪いんだけど私、出られないわ。なんか変な男に目をつけられたみたいで……できれば会いたくないのよ」

「あ、えーとね、そうじゃなくて……」

「え?」


 チュンユは触角のように垂らしている横の髪をくるくると指で巻きながら、気まずそうにチラチラとジアンの右側に視線を送る。

 昔からチュンユは、何か人にお願い事をする時に髪をいじる癖があるのだ。

 それも、お願いされる本人にとっては、あまり嬉しくないお願いの時は如実にそれが出る。


 ジアンの右側には六尺ほどの高い衝立ついたてがあり、チュンユの視線の先にいる何かは、通常の人間ならそれが邪魔をして向こう側にいる人を見ることはできない。

 しかし、千里眼————透視能力を持つジアンは、その衝立の向こうに何がいるかすぐに理解できた。


「げっ!」


(あの男が、なんでチュンユの部屋に……!?)


 あの背の高い謎の男が、衝立の向こう側の椅子に座っている。

 握り飯を食べながら……

 口元の黒子、その反対側に白い米粒が一つ付いているが、気にしていないようだ。


「このお方がね、合簡の試合をして欲しいんだって」

「え……? 合簡を……? なんで?」

「このお方と試合をしてくれれば、次の大会に出てわざと負けることはしなくていいわ。その分のお代も、その中に入ってるの」


 謎の男は握り飯を平らげると、指についた米をペロリと舐めながら立ち上がる。

 高身長のため、衝立の上から頭一つ飛び出る。

 目があった途端、ニヤリと大きな口の端を釣り上げた。


「ああ、やっぱり女じゃないか。それに可愛いなぁ、金魚ちゃん」

「き、金魚ちゃん!?」


 いきなり変なあだ名をつけられて、ジアンは全身に鳥肌が立った。


「ちゅ……チュンユ、この男、一体誰なの!?」

「えーと……それはちょっと言えないの。遊女にも守秘義務があるから」

「えええっ!?」

「とりあえず、とっても偉い方だから……私たちは逆らえないわ。それじゃ、お相手よろしくね」


 チュンユがそう言うと、合簡の審判員をしている男が入ってきた。

 中央に円卓を移動し、そこへ二人とも座るように促される。

 ジアンは謎の男と向かい合った。


「天才詐欺師様らしいじゃないか。お手並み拝見させてもらうぞ」

「……わかったわ。ただし、私が勝ったら約束してくれる?」

「何を……?」

「私が男装をして合簡で優勝した、天才詐欺師だってみんなから言われていること、誰にも言わないって」

「いいだろう。それじゃぁ、俺が勝ったら……一晩一緒に過ごしてくれるか?」

「え……?」

「俺は女も飯も気に入ったものはなんでも手に入れたい主義なんだ。なに、嫌なら勝てばいいだけの話だ」


(何なのよこの男……!! 絶対勝ってやる……————!!)



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