第26話 世継問題


 男装からいつもの中級貴族のお嬢様へ戻ったジアンは、やっと平常心を取り戻した。


(まったく、なんだったのよ……あのデカい謎の男は……)


 家に戻りながら、先ほどであったあの背の高い男の顔を思い返して見る。

 やはりジアンはあの男の顔に覚えがない。

 それに背が高く、口元に黒子があるのが特徴的ではあったが目元は黒傘を被っていたことと、前髪で隠れていてあまり顔をはっきりと見ることはできなかった。


(男装をしている私を見て、可愛らしいだなんて、どうかしてるわ……)


 どうして女だとバレたのか、一体何者なのか、気になることは多い。

 しかし、こちらが何を言っても自分の質問が優先のようで、ジアンはなんだか調子を狂わされてしまう。


(もう二度と会いたくない……しばらく鳥安楼には近づかないようにしよう。今夜チュンユからお代をもらったら、それで終わりよ)


 ギリギリ中級貴族の安家の長女であるジアン。

 父は王族や貴族たちの剣術の師匠、兄は王の親衛隊でほとんど家にはおらず、双子の弟も司暦寮の官吏として働き始めた。

 親友の美音ミオンは王妃になってしまったから気軽には会えないし、とにかく暇を持て余していた。

 他の同世代の友人たちは、身分にかかわらず年齢的に次々縁談が決まって嫁入りしている。


 生まれが不吉すぎるとして有名な双子の姉に、貴族連中から縁談の話なんて来るわけもない。

 暇を持て余したジアンは、毎日のように通っている馴染みの書店の本も、ほとんど読み終わっている。

 他国から新しい本が入荷するのだって、数ヶ月に一度くらい。

 暇で仕方なかった中、参加した商人主催の合簡大会。

 一位になると米俵一つもらえるということで、参加するとジアンはあっさり優勝。

 そこへチュンユが現れた。

 チュンユは子供の頃、ジアンの家の近所に住んでいたことがあり、ジアンの千里眼のことを知っている。

 代金は払うということだったので、ジアンは鳥安楼の合簡に参加して、あの老人の十連覇を見事に防いだ。


 当初の約束では次の大会まで参加し、わざと負ける予定だったが、またあの謎の男に捕まったら厄介である。

 客が見ている前で、女だろうと騒がれてしまっては、今日のこの勝利も正当性を疑われてしまう可能性が高い。


「ちょっと、ジアン!! どこに行っていたの!! こんな時に!!」


 ジアンの姿が見えたところで、珍しく家の前に立っていた母親が駆け寄って来る。


「随分探したのよ!? 全く、どうしてあなたは大人しく家にいられないの!?」

「お母様、どうしたんですか? そんなに慌てて」


 今日は特に何か用事があるとは聞いていない。

 だから普通に家を出て、いつも男装するのに使っている染物屋の一角で着替えて鳥安楼に行った。


「どうしたも、こうしたもないわよ!! やっと来たのよ!!」

「来たって……何がですか?」

よ!! ジアン、あなたを嫁にもらってくれるっていう人がついに現れたのよ!!」


(え……縁談!?)



 * * *



 一方、その頃、ジアンの双子の弟・ジソンは王に呼ばれていた。

 この日、観象課の仕事は日が落ちてからであったが、早めに来るようにナム内官から言われていたのだ。


「……どう思う?」

「……————どう、と言われましても……」


 王は悩んでいた。

 ミオンが王妃に復帰し、夫婦仲は格段に良くなった。

 そうなると、やはり問題は世継の話。

 ミオンに懐妊の兆しがあるということだが、司暦寮祭祀課で占ったところ、生まれて来るのは王子ではなく、姫であるとのこと。

 さらに王とミオン王妃の間に、王子が生まれる確率は、極めて低いという結果が出た。


「世継問題は王室にとって重要だ。だが、私は今すぐミオン以外の新しい側室を迎えるつもりはない」


 濡れ衣を着せられ、一度は廃妃になり流刑にまでされたミオン王妃。

 誤解が解けてからは、王は毎晩王妃の部屋に通うようになり、今、唯一の側室は流行病はやりやまいで療養中。

 一刻も早く、世継を決めたい家臣たちは、東西の派閥関係なく新しい側室を取るべきだと進言している。


「そうなると、他の王族の誰かを私の弟として迎え、世継にすることになる。残念ながら、姉たちの子供も姫しかいないからな……」


 王には姉がいるが、その子供たちは全員女児だ。

 男児はいないため、そうなると王室としては先王の兄弟の息子。

 つまりは、現王にとって従兄弟の中から選ばなければならない。


「候補として、西派は文才ムンジェ、東派は力才リョクジェを推して来ているんだが……どちらを選ぶべきか」


 王としては、本来なら派閥関係なく適任である方を選ぶべきだと思っている。

 西派のムンジェを選べば、自分の死後西派の勢力が強まる危険性が高く、かといって東派を選べば、また東派贔屓かと非難されかねない。

 そこで、王は一番信頼しているジソンに意見を求めた。


「そのどちらしかないのですか? 確か、もう一人いらっしゃいましたよね? 王族の方で……」

「もう一人……? ああ、希才フィジェのことか?」


 フィジェは、確かに王の従兄弟である。

 しかし、フィジェの母親は身分が低いという理由から、話題に出ることもなかった。


「父が言っておりました。フィジェ様が一番、先々代の王様に似ていると」


 ジソンは、フィジェに剣術を教えている父から聞いた話を王に話した。

 剣術は王族の中で一番強く、勉学には興味がないようだが、よく頭が回り機転が利く。


「それに、これは噂で聞いた程度ですが、ムンジェ様は剣の才能はまるでなく、口だけで中身がない大嘘付き。リョクジェ様は武芸に秀でてはいますが、何人もの人妻を手篭めにした相当な女たらしだそうです」


 どれも王の耳には届いていない話だった。

 ジソンは順風耳のおかげで、聞きたくもない噂話が勝手に耳に入って来る。

 多少誇張されているかもしれないが、どちらもおそらく事実だろう。


「…………ナム内官」

「は、はい、王様!」

「すぐに噂の真意を確かめろ。それと、フィジェは今どこにいる?」

「え、えーと、すぐにお調べいたします」


 王がフィジェと最後に会ったのは、フィジェが五、六歳の頃。

 よく食べる子で、大人の三倍の量を食べていたのを王は覚えていた。

 あれからもう、十年以上経っている。


「アン官吏、近いうちに三人とも集める。実際に三人を見て、それからまた意見を聞かせてくれるか?」

「はい、かしこまりました」


 ジソンは王に一礼して、司暦寮に向かった。


(これって、僕の仕事じゃないと思うんだけどなぁ……)


 少々首を傾げながら————



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