第25話 天才詐欺師


(————誰? この人……そして、近い……!!)


 ジアンが振り向くと、背の高いこの謎の男は背を曲げてぬっと顔を近づける。

 黒傘と見るからに高級そうな紫の絹の衣。

 どこかの金持ち貴族なのは明らかだが、こんなに背の高い知り合いはいない。

 現王もジアンの首が痛くなるほど背が高いだが、この男の方がそれよりも高い。

 だが、顔は髭がないせいかまだ幼さが残っていて、口元の小さな黒子が際立つ。

 年齢はジアンと同じか、少し上くらいに見えた。


「おーい、聞いているのか? 質問に答えろ。お前、女だろう?」

「……あ、あなたこそ、一体誰です? なぜ、僕にそのような言いがかりを? 離してください」


 ジアンは男の手を振り払って、後ずさった。


「先に質問したのは俺だ。言いがかりじゃない。お前、女だろう? なんでこんな付け髭なんてしてる?」


 男は長い腕を伸ばし、ジアンのはがれかけている付け髭をはがし取る。


「ちょ……ちょっと!!」

「ほら、やっぱりそうだ。こんなに可愛らしい顔をしているのに、一体なんで男装なんかしてるんだ?」

「か……っ可愛らしい!?」


(ななななな、なんなのこの男!!)


 綺麗な顔だとか、男前だとか言われたことはあるが、可愛らしいだなんて初めて言われたジアンは、明らかに動揺してしまう。

 口をパクパクしながら、耳まで赤くしているジアン。

 そんなジアンの顔を見て、男は笑った。


「ははは……金魚みたいだ。可愛い」

「か、可愛いって言うな!!」


 完全に調子を狂わされるジアン。

 可愛いと褒められているのだが、それを馬鹿にされていると感じたジアンはその場から逃げた。


「おーい、逃げるなよ!」


(何なのあいつ!! 関わらない方が身のためだわ!!)


 こんな道の真ん中で、女だとバレるわけにはいかない。

 それに、付け髭を剥がされた今、この顔は弟の知聲ジソンと同じ。

 このままでは、ジソンが妓楼に通っていると思われてしまう。

 そんな噂が立てば、必ずジソンの耳に入る。


 ジソンはジアンに、なぜ妓楼に言ったのか聞いてくるだろう。

 ジソンに嘘は通じない。

 本の代金欲しさに、賭博をしたことがバレてしまう。

 それも、千里眼を使って詐欺で勝った。


 男は追っては来なかったが、ジアンはできるだけ遠くに必死に逃げた。



 * * *



「ちぇ……逃げられたか。まぁ、夜になれば会えるだろう。チュンユの部屋に今夜行く約束をしていたしな」


 ジアンに逃げられた男は、そう呟くと鳥安楼に戻る。

 まだまだ、全然飲み足りない。


「あ、お兄さん、どこ行ってたの?」

「急にいなくなるから、びっくりしたじゃない」


 遊女たちがいる座敷に戻ると、どさっと腰を下ろし、飲みかけの酒を口に運ぶ。


「賭博場の方で、ちょっと面白いものが見えたからさ。ところで、チュンユは? まだ来ないのか?」

「チュンユねぇさんなら、もうすぐ来ますよ。お兄さんもチュンユさん狙いなの? 私じゃダメ?」

「いやいや、そう言うわけじゃない。ちょっと聞きたいことがあるんだ。あの金魚について……」

「金魚……?」

「さっき賭博場で優勝した……————って、お前たちは見ていないか」


 男は言ってもわからないだろうと話題を変えようと思ったが、遊女たちは顔を見合わせる。


「もしかして、あの綺麗な顔の天才詐欺師様のこと?」

「……え、知ってるのか?」

「知ってますよ。だって、チュンユ姐さんがあのおじいさんと一緒に寝たくなくて、雇ったんですもの」

「そうそう。あのじいさんも結構姑息な真似をして合簡で勝ってきた詐欺師けど、それ以上に強いのよ」


 先ほどの試合で負けた老人は、いつもチュンユを指名する。

 だが、チュンユは一度あの老人の接客をした際、ひどい目にあった為いくら金を積まれようと、二度とあの老人につくことはない。

 老人は憤慨していたが、合簡で十連覇すると誰でもチュンユとタダで一夜を共にできることを知り、必死に通い詰め、なんと鳥安楼で使われているほぼ全ての木簡の形やわずかな傷、汚れの位置を覚えてしまった。

 そうして、勝ち進んで先生とまで言われるほどまでになる。


「あの天才詐欺師様、一体どうやってあの負かしたのかわからないけど……急に現れて、絶妙な勝負を繰り広げてあっという間に勝っちゃうんだから」

「これまでも詐欺師は見たことあるけど、あんなにすごい人初めてよね」

「そうそう、初めて使う木簡でも、まるで裏側の数字が全て見えてるんじゃないかって思えるくらいなんだから」

「透視能力でもあったりしてね」

「きゃー、そんな特殊能力があるなら、もしかして私たちの体も見られてるんじゃない?」

「やーぁだイヤらしいこと言わないでよ!」

「でも、あの色男なら、見られてもいいかも……」

「わかるぅぅ! 素敵よね、本当に」


 男は遊女たちの会話を黙って聞きながら、ジアンの顔を思い浮かべた。


「……天才詐欺師か。ますます気になるなぁ……あの金魚」





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