王族編

第一章 天才詐欺師と謎の男

第24話 とある妓楼にて


 幻栄国げんえいこくの首都・華陽ファヤンには、二つの大きな妓楼がある。

 遊女たちの容姿の美しさに力を入れている梨花リファ楼。

 遊女たちの芸事に力を入れている永月ヨンウォル楼。

 地方から華陽に来た男たちは、このどちらにいくかで揉めるらしい。

 どちらの妓楼も一晩で楽しい思いをする分、料金が高いからだ。

 両方に通えるのは、高官や貴族の中でもほんの一握りである。


 ところが、数年前この二つの妓楼に対抗する新しい妓楼ができた。

 それが、華陽の北側の端に建つ鳥安ジョアン楼。

 二つの妓楼と比べると料金は安く、遊女たちも美しく、芸事にも優れている。

 梨花楼にも永月楼にも通えない庶民でも少し手を伸ばせば通えるとして、最近では「あんな高い料金を払うよりこっちの方がお得」だと好評。

 客の多くが、鳥安楼に流れていた。


「さぁ、勝負だ! 今度こそ、ワシが勝つ!」

「ふふ……それはどうでしょうね」


 そして、鳥安楼の何よりの特徴は、賭博場を併設していること。

 もちろん違法であるが、誰もそのことを咎める者はいない。

 先王の時代から、賭博をしている店は色々な場所にあり、誰も取り締まりをしていないからだ。

 今日も中央の円卓に皆が集まり、合簡ハブカンの優勝者を決める決勝戦が行われていた。


「どっちが勝つんだ?」

「そりゃぁ、先生でしょう。これまで何度も優勝してきたんだから」

「でも、あの新人もかなり強いぞ?」

「それにしても、顔が綺麗だな。どこの貴族のご子息だ?」


 合簡は、一から十までの数字の書かれた細長い木簡が二十枚あり、その中から二枚引いて合計した数が高い方が勝ちという簡単な勝負だ。

 ただし、合計した数字が低くても、同じ数字が揃えば勝ち。

 同じ数字同士であれば、より数字の大きい方が勝ちである。


 今日の決勝戦は、この合簡で何度も優勝し、現在九連覇中の物見客から先生と崇められている老人と、とても顔の綺麗な若い男の対決となった。

 五回行い、先に三勝した方が優勝である。

 今の所老人が一勝、若い男が二勝している。


「ふん、ワシがこんな女のような顔をした若造に負けてたまるか」


 老人の手には、九の木簡が二枚揃っている。

 ここで優勝すれば、十回連続制覇。

 十回連続で優勝すると、この鳥安楼一番人気の遊女・春遊チュンユと一晩過ごせる権利を得ることができるのだ。

 老人はどうしても、チュンユと一夜を共にしたいと必死である。


「さぁ、それでは、まず先生からどうぞ」


 老人はニヤリと笑って、木簡の数字を見せる。


「おお!! これは強い!!」

「さすが先生、これで二勝二敗だ!!」


 見物客も、老人の価値を確信していた。

 しかし————


「この勝負、僕の勝ちです」


 若い男が見せた木簡の数字は、十が二枚。

 これで三勝一敗。

 若い男の優勝である。


「おおお!!!」

「先生に勝ったぞ!! すごい!!」


 響めきと歓声の中、負けた老人は悔しさでわなわなと体を震わせ、円卓をひっくり返した。

 円卓の上にあった木簡が、バラバラと床に落ちて跳ねる。


「こんなの、インチキだ!! インチキに決まっている!! 優勝はワシのものだ!! チュンユはワシのものだ!!」


 老人は懐から短刀を出し、狂ったように振り回した。

 慌てて逃げる客たち。

 妓楼内は混乱に陥った。


「……まったく、たかが合簡で負けたくらいで、店をめちゃくちゃにして……いい大人が、恥ずかしくないんですか?」

「黙れ!! 若造!! ワシが十連勝のためにこれまで参加費用に幾らかけてきたと思っているんだ!! 何度申し込んでも、ワシの相手をしないチュンユを手に入れるためには、これしか方法がなかったというのに!! この詐欺師め!!」

「まったく……どうしてわからないかなぁ」



 短刀を向けられた若い男は、ゆっくり席を立つ。

 老人が短刀を振り上げる。

 その刹那、若い男は懐から扇子を取り出し、それで短刀を弾き返す。


「チュンユは、あんたみたいな欲丸出しの下品な老いぼれを、相手にしたくないんだよ」


 そこへ騒ぎを聞きつけた妓楼の用心棒たちが駆けつける。

 老人はあっという間に拘束され、鳥安楼は何事もなかったかのように、元どおり活気溢れるいつもの日常に戻った。


 鳥安楼一の遊女・チュンユは、円卓を元の位置に直していた若い男に駆け寄る。


「ありがとう、知眼ジアン! 怪我はない?」

「これくらい平気だよ、チュンユ。それより、お代は?」

「もう、すぐその話ね。ちゃんと用意してあるから、今夜私の部屋に来てちょうだい」


 ジアンと呼ばれた若い男は、嬉しそうににっこりと微笑んだ。

 付け髭が少々ずれているが、なんとも美しい顔である。


「あなたったって、本当に男前よね。武芸にも秀でているし……これで女だなんて、本当にもったいないわ」


 チュンユが少々頬を赤らめながらそう呟くと、ジアンは人差し指を自分の口元に当ててる。


「しーっ。この格好してる時は、女だって言っちゃダメ。雇ったことバレたらどうするの。それこそ、詐欺師扱いされちゃうでしょう?」

「立派な詐欺師だと思うけど……千里眼で木簡の数字見えてるんだから————」


 そう、ジアンは千里眼で初めから何もかも把握している。

 合簡で千里眼を持つジアンに、誰も勝てるはずがない。


 ジアンの千里眼のことを知っていたチュンユは、しつこいあの老人と決して関わりたくなかった。

 代金を支払う代わりに、十連覇を阻止してもらおうと兼ねてから知り合いだったジアンに賭け試合に出てもらうよう頼んだのだ。

 だが女の姿のままだと、後から正体がバレて復讐される可能性がある。

 そのため、ジアンは口元に付け髭をつけ、男装をしていた。


 この姿で女とバレたことは、一度もない。

 双子の弟の知聲を除いては——————


「おい、そこの詐欺師……————」


 ところが、一度着替えて女の姿に戻ろうと妓楼を出たジアンに、謎の男に後ろから声をかけられ、肩を掴まれる。


「————お前、女だろう? どうして、そんな格好をしているんだ?」


 黒傘を被った、とても背が高い若い男だった。



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