第23話 そして、男装官吏は


「私が……?」

「うん、だって、王妃を助けたのは僕じゃなくて姉さんだし」


 王がミオンを迎えに秋西へ向かう一行に、ジソンもついてくるようにとの御達しがあった。

 ミオンを誰よりも心配し、誰よりもミオンのために動いたのはジアンだ。

 王妃に会うべきアン官吏は、ジソンではなくジアン。

 ジソンは入れ替わるように提案する。


「いいの?」

「いいよ。それに、男装するのもきっとこれが最後だろうし」

「え?」

「え?って、まだするつもり?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」


 確かに、ミオンは助かったし、ジアンが男装をする必要はない。

 ジソンとして王に謁見を求めたあの日、なぜミオンを助けようとしているのかと聞かれ、ジアンはということを話した為、王はジソンに姉がいることを把握している。

 ここまで顔も背丈も声まで似ていて、しかも、入れ替わっていた……なんて話はしていないけれど……


「それに、輿こしで移動するんだって。僕あれに何度か乗ったことあるけど、すごい揺れて気持ち悪くなるから行きたくないんだよね」


(そっちが本音か……)


 ジソンは遠出があまり好きではない。

 旅行も嫌いで、華陽にいればなんでもできるのに、わざわざ地方に行く意味がわからない。


「わかったわ。それじゃぁ、私がアン官吏として行ってくる」


 ジアンにとっては嬉しいことだ。

 不安で怯えていたミオンの、元気を取り戻した姿をいち早く見ることができるのだから。


 そして、ジアンは再び男装し、ジソンとして王の一行に加わり、秋西を目指す。



「王妃————!」



 色を取り戻したミオンの姿は、それはとても美しく、王妃を抱きしめる王の姿は、昔、読んだおとぎ話の終わりを連想させる。

 未熟な王と孤独の王妃。

 きっと、これから二人は、改めてこの国の父と母として、末長く幸せに暮らしていくであろうと、涙を浮かべながらジアンは思う。


(ああ、本当に、これでよかった————よかった。よかったのに……)


 嬉しいはずなのに、なぜかチクリと胸が少し痛む。


(なんでだろう……?)


 王妃を抱きしめる王の背中が、とても遠くにあるように思えてならない。


(ああ、そうか。きっと、今日が最後だから……)


 ジアンがアン官吏として王に会うのは、この日が最後。

 司暦寮で月や星、天体について語り合うことはもうない。


 あの楽しそうな、まるで子供のように瞳を輝かせていた王と、会うことはないのだ。


(きっと、そのせいね)


 ジアンは、自分の中で密かに芽生え始めていたものに蓋をした。

 ミオンが幸せなら、それでいい。



 * * *




 一方、全てをファヨンと若い巫女のせいにしたエギョは、なんの咎めもなく祭祀課長のままでいる。

 彼女は巫女の才能を持つ子がいると聞き、華陽の町を歩いていた。

 紹介されたのは妓楼の五歳になる娘。

 確かにその才能が見受けられ、妓楼から引き取り一緒に司暦寮に向かう道すがら、エギョの前を歩いていたその娘が黒笠の貴族の男にぶつかって転んでしまう。


「大丈夫?」


 男はしゃがんで娘を立たせると、膝の土をはらう。


「うん、だいじょーぶ」

「気をつけるんだよ」


 黒笠を深くかぶっているせいで、最初は顔はよく見えなかったが、去り際に男の顔が見えたエギョは、その花より美しい男の顔に、思わず立ち止まる。


(アン官吏……————? どうしてここに? 王妃を迎えに秋西へ行ったのでは?)


 エギョは、王がアン官吏を連れて華陽を出たところを見ている。

 華陽にいるはずがない。


(ああ、そういえば————)


 アン官吏の双子の姉とミオン王妃が旧知の友だったらしいと、若い巫女たちが話していたのを思い出した。


『これも運命なのよ。顔相はいいけれど、生まれは最悪。特に最低なのが手相。女であれば、王妃になるような最高の手相だったのだけどね……男に生まれてしまったから、若くして死ぬ手相よ』



(まさか————あの時、私が見たのは姉……?)


 自分の頭をよぎった考えに、そんなわけがないと首を振る。

 廃位されたミオンを助けておいて、王妃になるなんて、そんなこと起こるわけがない。


(きっと、思い過ごしよ。私の占いは当たるとけれど、占いは全てじゃないし、運命は変えようと思えばいくらでも変えられる。あまり過信しすぎないようにしないと……)



 そして、男装官吏は、あの占いが本当であることをまだ知らない。

 女であれば……その結末を知るのはまだ、もう少し先のお話————




【第三章 了/廃妃編 完】


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