第18話 巫女の声
『————今度は誰を呪うって?』
観象課で散々話し込んでいた王が、ナム内官に半ば引きずられながら司暦寮を後にしてすぐ、ジソンの耳にそんな話し声が聞こえてきた。
(————呪う?)
不穏な言葉に、思わず手を止めたジソン。
一緒に記録の整理をしていたテハンには、何一つ聞こえていない。
「なんだ、急に手を止めて、珍しいものでもあったか?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと黙っていてくれる? 喋りすぎて疲れたから」
「あ、あぁ……」
テハンを黙らせると、ジソンはその不穏な会話に集中する。
(方角的には、祭祀課の方……だな)
『まったく、あの方も懲りないですね。一度成功したとはいえ、この二年で四人目ですよ?』
『仕方がないじゃない。そういうお人なのよ。気に入らない者は片っ端から呪い殺そすって、そうおっしゃってたわ……』
『エギョ様も大変ですね、あの方に気に入られたばかりに……』
『仕方がないわ。一人目で成功するように手助けしてしまった私が悪いのよ』
『それにしても、ミオン王妃様の時は本当に驚きましたよ。まさか自分が呪いをかけていたくせに、かけられた事にしてしまうなんて……』
『そうね。それでやっと王妃になれて、少しは落ち着いてくれると思っていたのだけど————』
(な……なんだって!?)
聞こえてきたのは、祭祀課の巫女たちの会話だ。
ジソンはとんでもない話を聞いてしまい、再び手が止まる。
そして、一気に青ざめた。
『今度は男でしょう? それも、王のお気に入りと噂の、花より美しい新人官吏』
(……僕が呪われる!?)
『これも運命なのよ。顔相はいいけれど、生まれは最悪。特に最低なのが手相。女であれば、王妃になるような最高の手相だったのだけどね……男に生まれてしまったから、若くして死ぬ手相よ』
ジソンは呪いなどと非科学的なことは信じない。
しかし、四人目だと言っていた。
ということは、三人は何かしらで呪いの効果が出ているということになる。
(これは……姉さんに早く伝えないと————!)
* * *
「あーあ、本当に最悪!! 王様ったら、なんであんな不吉な子に近づくのかしら」
王がまた司暦寮に行ったと聞き、ファヨンは怒っていた。
「この国を滅ぼす、不吉な子よ? やっぱりエギョの占いは正しいわ。この国で一番美しい私より、あんな男に夢中になるなんて。なんて恐ろしいのかしら」
心を鎮めるためにと、生け花を始めたものの、女官たちの恐怖が増しただけだ。
ファヨンは右手のハサミでジャキジャキと乱雑に赤いボタンの茎を切り、見る見る短くなっていく。
なぜファヨンに刃物を持たせたのかと、だれか止めなかったのかとこの場で一番偉い女官が、他の者たちを睨みつけるが、皆恐怖で目も合わせない。
一番恐ろしいのはファヨンだと、皆が何度も思っている。
「あの女も、あのババァも、みーんな死んで、やっと私の番が来たと思ったらどこぞの小娘に邪魔されて……今度は男ですって。ほーんと、嫌になっちゃうわね。神様って、どうしていつも私に意地悪するのかしら? 呪うにも体力がいるのよ? 生き血だって必要だし……」
人形に貼られていた呪符。
黄色の紙に朱色の墨。
その朱色の墨には、人の血が混ぜられていた。
「今度はどうしようかしらね? ダヘは返してしまったし……だれか、私のために血を分けてくれない?」
女官たちは、ずっと黙っていた。
これ以上、ファヨンの気に触るようなことがあれば、間違いなく殺される。
「ねぇ? だーれーかーぁ」
もう茎の部分がほとんどなくなった牡丹の花を、ジャキンとハサミが押しつぶし、花びらがバラバラに落ちる。
「ひっ……!」
あまりに怖くて、青い官服の女官が一人、耐えきれず短く悲鳴を上げてしまう。
ファヨンの猫のような大きな瞳がギョロリと動き、その女官を捉える。
「なぁに……? あなたがやってくれるの?」
「い、いえ……その……っ」
女官は涙が出そうになるのを必死にこらえる。
ファヨンはゆっくりと首を傾げ、下から睨みつけると、立ち上がり女官の頬に閉じたハサミを押し当てる。
刃先が女官の柔らかな頬に沈み、ゆっくりと冷たさとともに耳まで上がる。
「はっきりと答えなさい? それとも、この耳、もしかして聞こえていないのかしら?」
「いえ、聞こえていま……す、王妃様……」
「あーあー、なによ、聞こえてないのなら、役に立たないじゃない。こんあもの、役に立たないなら切ってしまいましょう」
「や……やめ……」
ファヨンは、女官の耳を切り落とした。
* * *
『あの方はね、人格異常者なのよ……男であれば、天下をとる手相だけど、女であれば人殺し————人間の皮をかぶった鬼よ』
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