第17話 感覚


 女官たちの証言をもとに作った似顔絵を元に、ジアンはダヘの行方を探すことにした。

 ダヘがファヨンが後宮に入る前から仕えて来たのであれば、おそらく元はユク家の使用人だったのだろう。

 女官の青い官服を着て後宮に侵入したジアンは、在籍記録を確認する。

 その記録によると、確かにダヘはファヨンと後宮に来て、呪いの人形が見つかった翌日から、女官を辞めていた。


(五年前ってことは、十二歳で女官になったのね……)


 ダヘの首元に傷があるとのことだたが、女官になってからなのか、それともそれ以前なのかわからないが、どちらにせよ、まだ十七歳。

 若い娘の首元にそんな目立つ傷があるというのは気の毒に思えてならない。

 千里眼で後宮内を隅々まで透視して確認したが、ダヘの姿はなかった。

 後宮にいないのであれば、ファヨンの実家を当たるしかない。


「貸してくれてありがとう」

「いえいえ、アン官吏のためですもの! それにしても、女装もお似合いになるなんて……立ち居振る舞いも女官そのものでしたよ! アン官吏にできないことなんてないもないのでは?」

「はは、よく姉といたずらで入れ替わっていたからね、そのせいだよ、きっと」


 後宮潜入の手引きをしてくれたハナに官服を返したジアンは、ジソンの衣に着替え直しながら考える。


(うーん、陸家に行くのはどっちで行った方がいいのかしら? 男装だとこの顔は目立ってしまうし……)


「あ、そうだ。後宮の女官が使う封筒、ひとつくれない?」

「封筒ですか? 全然大丈夫ですけど……便りでも書くのですか?」

「いや、封筒だけでいい」


 後宮の女官たちは、それが後宮から出されたものだとわかるように薄い紫色の封筒を使う。

 娘を女官にした親たちは、後宮から届くその便りを楽しみにしている。

 封筒を見れば、すぐにそれを手にしているのが後宮の者であると察しがつくのだ。


 ハナから封筒をもらうと、ジアンは華陽の宿に立ち寄る。

 そこで、ジソンと入れ替わった。


「————後宮の次はどこへ?」

「陸家に行ってみるわ。ところでジソン、今日も王様が司暦寮に来るかもしれないけど……本当に大丈夫?」

「大丈夫もなにも、姉さんがしたことだろう? ミオン様を助けるために入れ替わったのに、王様と仲良しになるだなんて……」

「ごめん……それは本当に、不可抗力だったのよ。まさか、あんなに気に入ってもらえるとは思わなくて」

「まぁ、天体に関心がある人に悪い人はいないだろうから、いいけど……それでも相手は王様だからね、もし姉さんが入れ替わってるのがバレたらどうなるかわからないよ? 気をつけないと」

「ごめん……でも、そのおかげで、後宮で女官たちから話を聞けたのよ? それはいいことじゃない?」


 ジソンも、ミオンが呪詛なんて馬鹿げたことをしたと思ってはいない。

 こうして協力しているくらい、心配している。

 だが、それ以上にこの親友のためならなんでもしてしまう姉の行動が心配だった。


「たまたまでしょう。とにかく、あまり危険なことはしないでね。ただでさえギリギリ貴族なんだ。僕らが何かしでかしたら、うちはおしまいだよ」

「わかってる! それじゃぁ、私もう行くからジソンも気をつけてね」

「気をつける? なにを?」

「……なんでもない。じゃあね」


 ジソンは首をかしげる。

 一体何に気をつけるのかわからない。


(王様、距離がものすごく近いのよね……)


 どうも王は話が楽しいと、相手の方に近づいてくる癖があるようで、逆に普段から他人とは一定の距離を保ちたいジソンには少しそれが苦痛になるだろうとジアンは思った。


(背が高いせいかしら? 不意に近すぎてびっくりするのよね。怖い……とは少し違うけど、なぜだか脈がいつもより早くなる時があるような————)



 しかし、ジアンの不安は当たらなかった。

 最初こそ戸惑い、入れ替わっていることがバレたのではないかと冷や汗をかいたジソンだったが、話してみれば王はとても優しい男で、本当に楽しそうにジソンの話を聞き、自分の考えも素直に言う。

 ジソンに親友と呼べる人間は今までいなかったが、もし、相手が王ではなくて普通の人間であれば、こういう感覚のことをいうのだろうと思った。




 * * *



(見つけた————!!)


 ダヘの顔の特徴を聞いた時、目元はどこととなくファヨン王妃に似ていて、猫のようなパッチリとした目をしているとハナが言っていた。

 鼻は丸くぼてっとしていて、唇は分厚い。

 首元に傷があり、体型は普通。

 太っているわけでも痩せているわけでもない。

 背が高いわけでも、低いわけでもない。


 塀越しに千里眼を使ったジアンの目に映ったのは、まさに女官たちが言っていた通りの人物だった。

 陸家の実家にその姿はなかったが、華陽の端にある高い塀で囲まれた別邸に、ダヘがいる。

 首元に布を巻いているが、ジアンの千里眼で隠れているその傷も読み取れる。

 ダヘは、箒で庭の掃除をしている最中だった。


「————すみません、こちらにダヘという方はいらっしゃいますか?」


 後宮からの使いになりすましたジアンは、薄い紫色の封筒をちらつかせながら、ダヘに近づいた。

 ダヘは、その封筒を見ただけで、ひどく驚き箒から手を放す。


「ど……どうして…………ここに…………後宮の人が……!? 女官を辞めたのに…………なんで」


 真っ青な顔で逃げ出そうとするダヘ。

 この家に、今ダヘ以外人がいないことは確認済みだ。

 ジアンはダヘの腕を掴み、逃げないように引き止めた。


「待ってください。あなたに、聞きたいことがあるんです」






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