第15話 花たちの証言
三年ぶりの科挙、最終日。
不正が発覚し、次々と西派の高官の息子たちが捕まったその日、ファヨン妃は体調を崩した。
それは、いつも最高級の食事と最高級の薬を煎じて飲んでいるため、健康そのものであるファヨン妃には、珍しいこと。
早く王子を産みたい彼女は、誰よりも自分の体に気を使っていたからだ。
すると、誰かが言った。
「ファヨン妃様が、体調を崩すなんて珍しい」
「王医が診たが、原因がわからないそうだよ」
「わからない? それは困った。ファヨン妃様になにが起きているんだろう」
「そうだ、新しい祭祀課長は、とても優秀な巫女らしい。見てもらってはどうか」
そうして、あの事件が起きた日、科挙の結果発表の前日。
祭祀課長のエギョは、若い巫女を二人引き連れて後宮を訪れる。
ファヨン妃の顔を見て、エギョは何か呪文のようなものを唱えると、エギョの指示で、その巫女の二人が、軒下を掘り始める。
すると、そこには呪いの人形が埋まっていた。
見つけた人形には、黄色い紙に朱色の墨で書かれた呪符がついている。
巫女はそれに触れると、突然、すっくと立ち上がり、ガクッと下を向いた。
あまりの勢いに、まるで頭が落ちるかと思ったほどだ。
「それから、その巫女が何かに取り憑かれたみたいに後宮の奥に入って行って————あとはみんな知っての通り、王妃様の部屋で暴れたそうよ。それで、呪符が見つかってね……」
「そうそう、それで、巫女は後宮から追い出されたんだけど、血を吐いて死んだのよね。血を吐いて死ぬところは、あの時後宮にいた女官ならみんな見ていたわ」
「でも、実は私、その巫女を祭祀課長様が来る前に見てるのよね」
「ええ!? なにそれ、どういうこと!?」
ナヨンの発言に注目が集まる。
「会話までは聞き取れなかったけど、ほら、今の王妃様————ファヨン王妃様がまだ側室だった頃にずっとそばにいた女官がいたでしょ? 首元に傷がある子」
「ああ、いたわね! 確か、後宮に入る前からファヨン王妃にお仕えしてた子でしょ? 名前は……えーと、ダヘだっけ?」
「そう、その子! あの子と何か話してたのよ。ちょうどこの辺り————裏門のにいるのを見たわ」
「そういえばあの女官最近見ないわね」
(首元に傷……か)
後宮に入る前からファヨンに使えていたということは、西派の重臣である
高官の侍女であれば、そのまま後宮に入り、女官となるものも少なくない。
「そのダヘって女官、どんな顔をしているか、言葉にできる?」
ジアンは三人の女官たちから聞いた特徴を元に、その女官の似顔絵を書いた。
(この女官に話を聞けば、何かわかるかも……————)
* * *
「それで、追い返したと……?」
「ええ、だって不吉の子ですよ? 国が滅ぶだなんて」
ヒョンジェがファヨン王妃の部屋に訪れた時には、もうジアンが外へ出されたあとだった。
呼んだのはアン官吏だったのに、そのアン官吏は追い出されて祭祀課長がいる。
「占いの話だろう? そんな大げさな……」
「ダメなものはダメです! 何より、王様があの官吏といるのが楽しくて、政も私とのことも蔑ろにしていたではありませんか。それが、何よりの証拠です。お世継ぎが生まれなければ、本当にこの国は滅んでしまいますよ? それとも、王様は、女より男が好きなんですか?」
「そうは言ってないだろう……!!」
ヒョンジェに男色の趣味はない。
ただ、この後宮にいるどの妃にも女としての魅力を感じないのだ。
中でも一番心が動きかけたのがミオンだったのに、呪詛で人を殺そうとする恐ろしい女だったと知って、かなり傷ついた。
女性不信どころか、人間不信————さらには、自分に対しても自信がなくなっていたところで、アン官吏と出会ったのだ。
「たかが占いと思ってはいけません。ほら、せっかく祭祀課長を呼んだのですから、王も手相を見てもらいましょうよ? ね?」
ヒョンジェは占いに興味がない。
「……私の趣味は否定し、自分の趣味を押し付けるんだな、お前は……」
思わず漏れ出た心の声。
ファヨンはそれに気づかないふりをして、ニコニコと微笑みながら早く座って両手を出すように言った。
* * *
「————ところで……占いが嘘っぱちって言うのは?」
ジアンが去り際ふと思い出して尋ねると、ナヨンが答える。
「あの祭祀課長様、ここ最近ファヨン王妃様に度々呼ばれているんです。それで、アン官吏が王様と一緒にいるのが気に入らないからどうにかできないかと相談してました」
「なるほど……」
エギョはジアンを追い出すために嘘の結果を言ったのだ。
不吉の子。
生まれだけではなく、手相も最低な結果だなんて実は少し傷ついていたジアンはホッとする。
「国を破滅に導くなんて、そんなことあり得ませんよ。だって、アン官吏はとってもとっても素敵な
「そうなんだ……ありがとう」
色々な本を読み漁っていたジアンだったが、手相や顔相など占いの本には手を出したことがない。
占いの本を読まなくても、生まれた時から不吉だと言われ続けてきたから、無意識に遠ざけていたようだ。
ふわりと、柔らかく微笑んだジアン。
そのあまりの美しさに、女官たちは息を呑む。
「やっぱり、アン官吏……素敵だわ。顔がいいだけじゃなくて、物腰もいい」
「そうよね、私もそう思った」
「ああ、私も女官じゃなくて、貴族の娘だったらなぁ……」
後宮を後にするジアンの後ろ姿を見ながら、女官たちは高鳴る自分の胸に手を当てていた。
【第二章 了】
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