第14話 不吉の子


「悪く思わないでちょうだいね。ほら、人って見た目だけじゃわからないじゃない?」


 ニコニコと微笑みながら、ファヨンはジアンに言う。


「つい先日の話だから、あなたも知っているとは思うけど、廃妃の呪いに気づいてくれたのが、このエギョなのよ。エギョが私の部屋の軒下に埋まっている人形を見つけてくれてね……あんなにお優しそうな顔をしていたのに、私に嫉妬して呪い殺そうだなんて、恐ろしいことを…………」


(恐ろしい目にあった割には、笑っているけど……)


 ファヨンは口元を手で隠し、悲しんでいるように見せかけているが、笑っている。

 口角が上がってしまうのを、バレないようにしているのだ。

 しかし、千里眼のジアンには見えている。


「だからね、私は初めてお会いになる方はみなさんエギョに見てもらうようにしているのよ。人の心の内は、わからないから。占われて不都合なことは、ないでしょう? どうしても嫌だというのなら、無理強いはしないけれど……」


 ファヨンは瞳だけ動かしてジアンを見つめる。


「はい、もちろんです。むしろ占いは好きですので、そのような偉大な方に見ていただけるとは光栄です」


(断れば、何かあるってことになってしまう……でも、占いってことは————)


「では、お生まれになった年と月、日時を教えていただけますか? それと、私の占いは手相も見ますので両の手のひらをこちらにお見せください」

「は、はい」


(やっぱり、そうなるわよね————)


 答えはわかりきっている。

 ジアンは、先王が崩御した日に生まれている。

 生まれた時刻も、ほぼ亡くなったとされる時刻と同じ。

 何度か町の占い師にも同じ質問をされて答えたが、ろくな答えが返って来たことがない。

 占いは統計学。

 生年月日は最悪だと毎回、言われているので、そういうものだと諦めている。


 だが、手相だとどうなのか……


「まぁ……なんと、これは————」


 エギョはジアンの生年月日と手相を見て、細い目をまた大きく見開いた。


「……なんと不吉な」


(————でしょね)


 ジアンの予想通り、結果は散々なものであった。


「不吉の子です。生まれも最悪ですが、特にこの左手の線!! 女にあれば王妃になる線ですが、男だと国を滅ぼすといわれている破滅線です」


 まさかの両方悪いという結果が出た。


「な、なんですって……!?」


 ファヨンはエギョが指差した線を見て、驚いている。

 だが、その驚き方はなんだかどこかわざとらしい。


「国を滅ぼすだなんて、不吉だわ。そんな人が王のお側にいるなんて……ダメよ!! 出て行きなさい!! 後宮から————いえ、この国から、今すぐに!!」

「えっ?」


(たかが占いで、そこまで言う……?)


 ジアンが呆気にとられていると、青い官服の女官たちがジアンを無理やり立たせ、部屋から出させようとする。


「ちょ……ちょっと、待って! どういうことですか!?」


 ジアンは抵抗しようとしたが、あっという間に王妃の部屋から出され、さらに後宮の外へ引きずり出されそうになっていた。


「王妃様がおっしゃっていたではないか! 不吉の子め!!」

「そうよそうよ! 大人しく出て行きなさい!!」

「王妃様のために、この国のために、さぁさぁ」


 青い官服の三人の女官。

 一人は左腕を一人は右腕を引っ張り、もう一人の女官が扉を開けて、ジアンを遠くへ引きずっていく。

 靴も履かせてもらえずに、ズルズルと引っ張られるジアン。


「わかった! わかったから! 自分で歩くから手を離して」


 すると、右腕を引っ張っていた女官は、ジアンにだけ聞こえるように小声で言った。


「ごめんなさい。こうしないと、私たち殺されるの。ごめんなさい。王妃様が見えなくなったら、手を離すから……」

「え……?」


(殺される……?)




 * * *



「ごめんなさい、痛かったですよね?」


 青い官服の三人の女官。

 ハナ、ユリ、ナヨンは、約束通りファヨン王妃が見えなくなるまで遠く————裏門まで行くと手を離してくれた。


「これ、靴」


 先ほど右腕を引張ていたハナは、薄い青色の官服を着たまだ幼い女官からジアンの靴を受け取り、足元に置く。


「ああ、ありがとう……」

「本当に、ごめんなさい。でも、ああでもしないと、ファヨン様————王妃様が暴れるから」

「あ……暴れる? 一体どういうこと?」


(さっきも、殺されるって言ってたけど……)


 ハナは気まずそうに目を伏せたまま、ぽつりぽつりと事の次第を話し始める。


「今の王妃様、とても美しいけど、見た目と違ってすごく恐ろしい方なんです。怒るとすぐ、手の届く範囲にあるものを投げつける癖があって……食器を投げられたこともあります。花瓶とかも……その割れた破片を踏んで、怪我をした子が何人もいるんです」


 ユリとナヨンも、ハナに続けとばかりにファヨンの秘密を暴露する。


「言われた通りに動かないと……中には王妃様の癇癪が原因で死んだ子もいます」

「怖いんです。後宮の花と後宮の外では言われていますが、見た目だけです。あの占いも、王妃様が巫女様に言わせた嘘っぱちですから、気にしないでください」


 ハナたちの話によると、ファヨンは最初の王妃が亡くなり、当然自分が王妃になるものと思っていた。

 ところが、大王王妃の鶴の一声で、王妃にはミオンが選ばれてしまい、その時は特に酷かったらしい。


「あの時の王妃様は本当に怖かったです。毎晩のように荒れていて……そしたら、急に、今度は具合が悪いって言い出して寝込んでしまって……」

「そうそう、そしたら呪いの人形が見つかって……」

「私てっきり、王妃様のせいで酷い目にあった子がやったんじゃないかって思ってた」

「そうしたら、ミオン王妃様の部屋から証拠が見つかって、ミオン王妃様はお優しい方だったのに、そんなことするなんて信じられなかったわよね」

「そうそう、やっぱり王妃になる方ってみんな怖い方なんだって思った」


 話しているうちに、三人の話題がミオンの話になって行く。


「あの神託を受けたって巫女も、突然血を吐いて倒れて……本当に恐ろしかったわよね」

「そうそう! 後宮を出てすぐよ? 私見てたけど、すごかったんだから」

「私もその巫女を見たわ。あの巫女が後宮に来てすぐだけど、こんな時間におかしいなって、気になって……」

「————ちょ、ちょっと待って!」


 ジアンは三人の会話を止め、改めて聞き直す。

 三人はすっかりジアンのことを忘れて、おしゃべりに火がついていたことにハッと気づいて、ジアンの方を見る。


「その話、もっと詳しく聞かせてくれる?」


 にっこりと微笑みながらジアンが聞くと、三人はぽっと頬を赤らめながら……


「なんでも聞いてください!」

「でも、このことは誰にも内緒ですよ?」

「私たちが話したって知られたら、殺されちゃいますから!」


 そう答えた。


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