第13話 後宮の花
後宮は、王の女の住処。
王妃を筆頭に、側室、幼少の頃から教育を受けた女官たち。
男子禁制のため、王と宦官以外は許可なく立ち入ることはできない。
ヒョンジェが王になって十五年。
最初の王妃が亡くなり、継妃が廃妃となったため、現在は新しく王妃になったファヨンが後宮の女たちの頂点に君臨している。
ファヨン王妃は、側室にしておくのはもったいないと誰もが思うほどに美しく、幻栄国一の美女だと言われている。
それに、月に一度貧しい民たちのための炊き出しや療養所を訪れて病人の世話をしたりと奉仕活動にも積極的に参加していた。
そのため最初の王妃よりも、実はファヨンの方が民衆からの人気が高い。
ファヨンこそ、後宮の花であると誰かが言っていた。
しかしそれは、後宮の外での話。
実際のところ、ファヨン王妃の癇癪は長年仕えている女官たちの間では有名だった。
外面はとてもいいのだが、癇癪を起こすとすぐにものを投げつけ、壊し、泣き出して……一人の中に、何人も別の人格がいるのではないかと思ってしまうくらいに恐ろしい。
わがままで、自分の思い通りにならないと気が済まない手のつけようのない女だ。
もちろん王の前で、その姿を晒すことはないのだが、この日は流石のファヨン王妃も王の前でも耐えられるか不安になってきた。
「意味がわからないわ。どうして、後宮にその官吏がくるわけ?」
「それが……そのナム内官の話によりますと————」
この数日、王は毎晩のように司暦寮に入り浸り、噂の新人官吏と話をする。
流石にこう何日も王に訪ねて来られると、気を使って他の官吏たちがまともに仕事ができない。
見かねてナム内官が王に官吏たちの仕事が止まってしまう、と進言した。
それに、いい加減後宮に行って、ファヨン王妃と夜の務めを果たしてくださいと……
「————王様が、アン官吏の話は実に面白く、ぜひ王妃にも聞かせたいと……」
「……官吏の話のなんて聞いて何になるわけ?」
ファヨンは、官吏の話より、自分の何が悪いのか教えて欲しかった。
どうしたらお気に召すのか、いい加減教えて欲しい。
「えーと、おそらく、王様も王妃様との距離を縮めようと思ってらっしゃるのかと。ほら、互いの趣味、思考を知った方が仲が深まるでしょう?」
「……なるほど。それで、その官吏はいつ頃来るの?」
「夕方にはお越しになるかと」
「そう、じゃぁその前にエギョも連れてきて。その官吏を見定めてもらうわ」
ファヨンは祭祀課長であるエギョに、噂の官吏が王にどのような影響を及ぼすか占ってもらおうと考えていた。
もし、災いをもたらすのであれば、なんとしてでも排除する。
「私と王様の間をこれ以上裂くようなら、方法を考えないと……」
* * *
(まさか、後宮に呼ばれるなんて————)
ジアンがジソンと入れ替わって数日。
ミオンの無実の証拠を探す手がかりを見つけようと、司暦寮にいるのだが王がほぼ毎日のように訪ねて来るので、隣の祭祀課の巫女たちとは一切の関わりが持てずにいた。
王と話をしているのはこちらも時間を忘れるほど楽しいのだが、ジソンにいつまで入れ替わればいいのか聞かれ、焦っていたところにそんな話が来た。
(後宮に潜入するのは、もう少しあとの予定だったけど、運がいいわ)
ジアンはまず、巫女たちに近づき、そのあと後宮で女官に変装する予定を立てていた。
それがまさか、その前に王直々に後宮へ来るようお達しがあったのだ。
呼ばれた時刻より少し早めに後宮に来たジアンは、後宮をぐるりと周り、千里眼を使い透視をして各部屋の様子を確認する。
襖の向こう側には教育を受けている最中の宮女の子供達や、湯浴みのために湯を沸かしている女官、誰も見ていないと思って、大きくあくびをしている女官の姿も……
(ジソンなら、何を話しているか聞こえるわね)
見えるが、その女たちが何を話しているかまでは聞き取れない。
後宮に潜入するなら、ジソンの方が向いているかも……などと、ジアンは思い始める。
(ジソンの順風耳が羨ましい)
後宮の女官たちは皆、決まった色の官服を着ている。
くらいの高い順から緑、青、薄い青色となっていて、緑の官服は中年以上が多い。
王妃のいる部屋は一番奥だと門番に言われていたジアン。
確かに、奥に進むに連れて緑の女官の数が増えた。
「アン官吏、でいらっしゃいますか?」
王妃の部屋の前まで来た時、緑の官服を着た女官に声をかけられたジアン。
そうですと頷くと、その女官は扉を開ける。
ナム内官から、王が到着するまでは廊下で待つように言われていたのだが、女官は中へ入るよう促した。
「入って、よろしいのですか?」
「ええ、お入りください。王妃様が、お話ししたいことがあるそうで……」
不思議に思いながら、その女官と一緒にジアンは王妃の部屋に入る。
「……あなたが、アン官吏?」
「はい、礼部司暦寮観象課の
「なるほど……」
奥に座している王妃の前に、女官の官服ではなく、白い絹でできた祭祀課の巫女の衣を着た女が座っていて、その巫女も王妃とともにジアンの顔を見た。
王妃は、その美しさに最初は驚いているようだったが、すぐに表情を戻してにこりと微笑み、正面に座るよう促しす。
(巫女……?)
先客がいたとは思わなかったジアンは、いわれたままその巫女の隣に座る。
「気になっていたのよ。王様があなたのことをとても気に入っておられるようだから……いったい、どんな人かしらって」
噂通り、幻栄国一美しいファヨン。
純粋で可愛らしいミオンとは違い、こちらはなぜか同じ笑顔でもどこか作り物のようにジアンは感じた。
(表情は笑顔だけど、目が笑っていないのね————)
「アン官吏は、占いはお好きかしら?」
「占い……ですか?」
「ええ、こちらの方……祭祀課長に見てもらおうと思って」
(祭祀課長————!?)
「
エギョは線を引いただけのように細い目を、カッと大きく見開く。
その右の瞳の色は、薄灰色をしている。
それはまるで、瞳の中に一輪の花が咲いているように見えた。
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