第7話 廃妃
科挙から五日後、首席で合格したことを知ったジソンに何度も何度も感謝され、上機嫌なジアンの足取りは軽い。
首席となったジソンの名前は、三日も経たずに町中に広まっていた。
「弟さんが首席? すごいなぁ……さすが、お嬢の弟だ」
「えへへ、ありがとうございます」
(受けたのは私なんだけどね)
行きつけの書店の店主から何度もすごいすごいと言われ、さらに上機嫌だ。
「それより、頼んでいたあの本は入荷したの?」
「あぁ、ちゃーんと届きましたよ」
店主はジアンに分厚い異国の本を手渡した。
「
「どこでもってわけじゃないわ。うちの曽祖母が代々通訳の家紋の出だったから……家に色んな国の文字で書かれた本がたくさん残っていてね」
ジソンが将来の科挙に向けて勉強している間、ジアンは曽祖母が残したそれらの本を読み、自然と読めるようになっていた。
史実を基に書かれたおとぎ話などもあり、ジアンはそれをミオンに聞かせたりしていた。
だからこそ、文字を左から横に読むということにも、逆に右から読むことにも慣れている。
(この本を訳して、ミオンに届けてもらおう……)
先日の科挙で、ミオンの様子がおかしいと感じたジアンは店主が取り寄せたこの波斯国の本を自ら翻訳し、少しでも元気になってもらえればと思っていた。
高官の家に生まれ、今では王妃まで上り詰めたミオン。
ミオンのために、ギリギリ中級貴族のジアンができることといったら、これくらいしかない。
しかし————
「大変だ! 王妃様が…………!! ミオン王妃様が廃位になるって!!」
「な、なんだって!?」
「廃位って……一体何があったんだ!?」
「それが…………
「呪い!?」
ジアンが書店を出てすぐ、華陽の町でそんな話が出回る。
(廃位……? 呪い……? 何を言ってるの……?)
「ファヨン妃様っていったら、側室の中でも一番お綺麗だと昔から言われている方だろう?」
「そうそう! 幻栄国一番だと言われてる! それも、西派で有名な
「呪い殺そうだなんて……恐ろしいことを考えるものだね」
「詳しくは知らないけど、王様のご寵愛を一心に受けているファヨン妃様に嫉妬していたとか」
「嫉妬!? あぁ、いやだやだ。これだから女の嫉妬は恐ろしいっていうんだよ。貴族も平民も女の嫉妬ほど恐ろしいものはない……」
「後宮ではそういうことが多いんだろ?」
「そりゃぁ、女しかいない場所だからな」
「先の王妃も、大王大妃も亡くなってまだそんなに経っていないというのに…………恐ろしいね、またく」
町人たちは口々に王妃について話していた。
中には、まったく根も葉もないような噂も。
(ミオンが、そんなことするわけない……!!)
科挙の結果で盛り上がっていた華陽では、一瞬にして王妃が廃位になるという話が広まる。
ミオンをよく知っているジアンは、ミオンに関するありえない噂に腹を立てながら急いで帰宅する。
父親や兄のジホであれば、噂ではなく真実を知っているはずだ。
「ジソン、父上かお兄様は帰ってきてる?」
「姉さん……! もしかして、姉さんも聞いたの? 廃位の話……」
「ええ、ついさっき……ジソンも?」
「うん、就任式用の衣の採寸をしに王宮に行ってきたんだ……」
ジソンの話によると、王宮は今、大変なことになっているらしい。
後宮で起こった王妃による犯罪。
体調がすぐれないと療養中だったファヨン妃の部屋で呪いの木の人形が見つかり、その人形に貼られていた呪符と同じものが王妃の部屋にあった。
呪詛を使うのは、重罪だ。
王妃は否定しているが、側室を呪ったということになっている。
「ミオンが……ミオンがそんなことするわけないわ!」
「僕もそう思う……でも、これは重罪だよ。西派の重臣たちは廃位を求めてる。あとは王の決断次第だけど……」
「だけど……?」
「ほぼ、確実だよ。気になって順風耳を使ってみたけど、証拠があるからどうにもならないって……」
「どうにもって……そんな…………!」
「廃位となれば、流刑か……最悪の場合、死罪の可能性も……」
「そんな……」
ジアンは持っていた波斯国の本を足元に落とした————
それから半月後、ミオン王妃は廃位となり
廃妃の家として、華陽のミオンの実家は非難され、東派の重臣であったミオン父はその任を解かれてしまう。
さらに、要職についていた東派の官吏たちの不正が次々発覚。
重職の大半を占めていた東派の官吏たちは、逮捕され、拷問され、中には死刑が決定した者もいる。
西派の勢力は増し、次の王妃の座にファヨン妃が上がることが決まった。
大王大妃が亡くなって半年も経たずに、朝廷は東派から西派へ一気に政権が傾いていく。
幼少の頃から、高貴な家に生まれ、王妃として上質で色鮮やかな衣を身にまとっていたミオンは、色のないまるで死人のような白い衣に。
流刑地にあてがわれた家は、隙間風がビュービューと音を立てるほど古くいまにも崩れそうな建物であった。
「ジアン……来てくれたのね」
「ミオン、あなた大丈夫なの? こんなに痩せてしまって……」
ミオンが心配で、流刑地を訪ねたジアン。
見張りの者に僅かだが書店を手伝い貯めていた金を渡して、直接話をさせてもらうことができた。
科挙で見た頃より、ミオンはるかに痩せている。
ただでさえ小柄であったのに、さらに一回り小さくなったような……そんな気さえしてくるほどだ。
「なんとか……ね。生きてはいるわ」
「やっていないんでしょう? それなのに……一体どうして……」
ジアンの問いに、ミオンの大きな瞳から、ボロボロと涙が流れ落ちる。
「私はやってないわ……! 呪いだなんて、そんな恐ろしいこと、考えたこともない。誰かに……誰かに嵌められたのよ!」
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