第6話 お飾りの王


「急にどうなさったのですか、王様」


 王様付のナム内官は、王の急な発言に驚いた。

 科挙を終えた貴族の息子達を一体なぜとりおさえなければならないのか……


「これを見ろ」

「これ……? ああ、首席通過者の解答用紙ですが……? いやぁーこれは素晴らしい文字ですな、読みやすく内容もすらすらと……」

「馬鹿者、普通に読んでどうする! 文の最初の頭文字だけを読んでみろ」

「頭文字?」


 王に言われた通り、ナム内官は読んでみる。

 右から縦に読めば立派な解答だが、横に読むと、『この科挙は不正 問題流失 証拠は……』と続いていく。


「科挙で不正とは、なんと愚かな……紙を持っている者が犯人だ。全員捕まえろ」


 王は二次で首席で通過したジソンが書いた文章を読み、とても気に入っていた。

 達筆で読みやすいのはもちろん、その内容も頼りにしていた大王大妃亡き後、不安でいっぱいの自分を鼓舞してくれるようなものに思えたのである。

 ジソンに興味をもった王は、内官に「華陽ファヤンアン知聲ジソンの書いたものを一番最初に見せるように」と伝えていた。

 そして、一番最後に提出されたため、一番上に乗っていたジアンがジソンの名前で書いた解答用紙はすぐに王の元へ届けられる。


 あまりに素晴らしい解答に、王妃にもそれを見せようと手渡すと王妃は目を丸くして驚いた。

 実はジアンの仕掛けに、最初に気づいたのはミオンだった。


「————しかし、よく気がついたな、王妃」

「ええ、その……子供の頃に友人とこのような暗号遊びをして遊んでいましたので……」

「なるほど……きっとその頭の良い友人だったのだろうな。今、その友人はなにを?」

「本が好きな子ですから、きっと、お屋敷で読書をしているかと」


 書かれていた通り、持ち物を検査すると不正を働いた証拠である紙が西派の高官の息子達から発見される。

 科挙の受付で配布されるのは、王室で使われている特殊な紙。

 事前に書いておいたものと入れ替えた者は、白紙のその紙を懐にもっており、こそこそと書き写したものはその原本を持っていた。

 中には、調べられる前に紙を食べたものまで……


 すでに門外へ出てしまった数人は確認が取れなかったが、そうして不正を行った者の解答はどれも似たようなもので、上位に入ることは当然できなかった。

 審査に当たった学者たちの中にも西派の者はいたが、明らかになってしまった不正を擁護することはできず、首席合格となったのはやはりこの不正を告発しつつ、見事な解答をしたアン知聲ジソン

 西派でも東派でもない中級貴族の息子が首席になるのは、幻栄国はじまって以来の出来事であった。


 そして、その発表が明日に迫った夜————


「————随分嬉しそうですね、王様。そんなに気に入ったのですか?」

「ああ、私が初めて自分で選んだ首席だからな」


 王は嬉しそうに何度もジソンの書いた文章を眺めていた。

 一次の基本問題は満点、二次と最終試験の小論文もどちらも素晴らしいと感心している。


 大王大妃の死後、どう接したら良いかわからなかった王妃ともこの科挙がきっかけで少し距離が縮まったような気もするし、なにより初めてこの国の王として決めたことなのだ。

 先王が亡くなり、わずか五歳の若さで王になり、まつりごとなど右も左もわからぬままだった。

 王とは名ばかりの、お飾りの王。

 母である大妃も先王を追うように不慮の事故で亡くなり、祖母である大王大妃が代わりに全てを決めていた。


 その大王大妃も亡くなり、三ヶ月ほど経つ。

 科挙の首席を大王大妃の意向なしに選ぶのは、初めてだった。

 きっと大王大妃が生きていれば、今年も東派の高官の息子が首席となっていただろう。

 王はとにかく、自分の支えとなるような、優秀な人材が欲しいとそう思っていた矢先に、ジソンが現れたのだ。

 科挙の首席合格者は、希望する部署で働くことができる。


「これだけ優秀で正義感に溢れているのだから、吏部りぶ刑部けいぶか————まぁ、どこの部署でも活躍してくれるだろう……」


 これまで首席官吏は、人事の吏部、法務の刑部を選んでいる。

 それが高官へ登る最短の道。

 東派か西派かで揺れる中、きっと新しい風を吹き込んでくれるに違いないと、王は期待していた。

 新しい時代が来る。

 もうお飾りの王などと、言わせはしないと心に誓う王。


「そうですね、では、あとはお世継ぎをどうにかしなければ……」

「…………ナム内官、お前は本当に痛いところをつくな」

「も、もうしわけありません! しかし、やはりお世継ぎがいらっしゃらないというのは……」


 今の王に、子供はいない。

 五歳で王になり、同時に五つ年上の東派の家紋の娘を王妃としたが、その王妃が亡くなるまでの十五年間に子宝には恵まれなかった。

 年が離れすぎていたせいかもしれないが、王妃は妻というより姉という感覚に近い。

 側室二人とも子供の頃から知っているため、仲が悪いわけではないが、司暦寮の巫女が決めた子ができやすいとされる日ぐらいしか共に過ごすことはなかった。

 半年前に新しい王妃となったミオンとは、どう距離を縮めたら良いか分からずにいたところ、ここ数日よく会話が続くようになってきている。


「それに、今夜もお一人で過ごされるのですか? 司暦寮からは今夜が適していると……」

「……確かにそう聞いてはいるが、今までそれが当たった試しがあるか?」


 司暦寮は、暦の改善や気象や天体の観測、占いや祭祀などを行っている礼部れいぶに属する機関だ。

 ここの祭祀課さいしかの巫女に言われた通りに王妃や側室たちの部屋に通っても、まだ子供の一人も生まれていない。


「それは、前任の方でしょう? 新しい祭祀課長はとてもよく当たると評判ですよ?」


 ナム内官の話によると、祭祀課の長になったマン愛嬌エギョは、身分の低い下働きの雑用係だったが、その才能を引退した前祭祀長に見出され、異国で修行を積んだ巫女だ。

 長い間子供ができなかった夫婦が、エギョの占いを受けてから五人も生まれたとか、なかなか雨が降らずに困っていた土地に雨を降らせたとか。

 さまざまな逸話がある。


「先王様が今の王様のご年齢の頃には、三人もお子様がおられたんですよ? 王様ももっと頑張らないと……!」

「わかってる。わかってる。姉上たちもお前も、皆、うるさいな。仕方ない、今夜こそ行けばいいのだろう————」


 王は重い腰を上げて、後宮の王妃の部屋へ向かおうとした。

 だが、その時————


「王様、大変です! 王妃様が!!」


 急ぎ足で駆け込んできた女官が告げたのは、後宮で起きた事件の一報だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る