コンプした乙女ゲー世界に転生したが、メインルートの相手は好みじゃない

山吹弓美

コンプした乙女ゲー世界に転生したが、メインルートの相手は好みじゃない

「イザベラ・アンシェント! お前との婚約は、なかったものとする!」


 卒業パーティの会場に、凛とした声が響き渡る。名を呼ばれたアンシェント公爵令嬢イザベラは、縦ロールに巻かれた藍色の髪を揺らしながら小さくため息をついた。


「……はあ」


「何だ、その気の抜けた返事は? まあいい」


 ランドルト王国をゆくゆく率いていくことになる王位継承権第一位・王太子であるサンディ・ランドルトは、本来の婚約者であるイザベラを苦々しく睨みつけた後視線を私に移した。その目には、イザベラに対するものとは違う熱がこもっている。


「そして俺は、マルグリット・ランベールを妃に迎える!」


「え、嫌ですわ。勝手にお決めにならないでくださいな、サンディ殿下」


「……は?」


 自信満々の宣言をあっさり却下され、サンディ王太子は青い目と形の良いはずの口を丸くした。

 だって嫌だもの、この人と結婚するのは。




 さて。

 イザベラ・アンシェントと私ことマルグリット・ランベールは同じ学園で学んだ仲……なんだけど、実はそれだけではないのよね。


「マルグリット・ランベールですわ」


「イザベラ・アンシェントです」


 三年前、学園で初めて会って名乗り合った瞬間……頭の中に、変な思い出がずどんと落ちてきた。

 ここではない世界、今ではない時間、私たちのものであるはずの別の名前、姿。

 そうして、お互いに目を見開いて。


「……もしかして綾乃か」


「……まさか、恋那れんなちゃん?」


 まさかさあ、修学旅行の帰りにバス事故で一緒に亡くなったクラスメートと再会するとは思わなかったわけよ。しかもお互い、名乗るまで綺麗さっぱり忘れていたわけなんだけど。

 それと同時に、この世界がどういう世界なのかにも気がついた。前世でプレイしていたゲーム『咲き誇れ、乙女たち』の世界……というところでうわあ、と頭を抱える羽目になった。

 とりあえず学園内のカフェに飛び込んで、ケーキセットをいただきつつお互いの状況を確認した。


「このゲームやった?」


「スチルまでコンプしたよう」


「私もだ。メインの王子様、俺様過ぎて好みじゃないんだよなあ」


「えー? わたしは好きだよ。押しの強い人」


「ん、それなら目当てがかぶって困ることはないか。私の好みは宰相の息子なんだ」


「ああ、あのほんわかした人。そうだね、恋那ちゃんああいう人好きだよねえ」


 悪かったな。

 まあ、綾乃が押しの強い相手を好きなのは分かる。本人がぽやんとしてるから、引っ張ってくれる人が好みみたいだな。私は逆で、自分が引っ張っていきたい性分なのだ。

 確認が取れたところで幸い、私と彼女ではキャラの好みが違うから取り合いなんてことにはならないようだ。

 ならないんだけど。


「綾乃、このまま行ったらまずいんじゃない?」


「そうだよねえ……何でイザベラになっちゃったかなあ」


「というか、ゲーム初日だよな今日。何でここまで記憶が戻らなかったんだ……」


「だねえ。……ここまではわたし……じゃなくてイザベラ、普通にイザベラしてたみたいだし」


「そっか。……まずいかな」


 うーん、と二人して眉間にシワを寄せる。ああ、モンブランが美味しいのが救いだ。

 モンブランはともかく。まずいというのは、お互いが今なっているキャラの立ち位置のこと。


 私、中西恋那が生まれ変わったマルグリットはゲームの主人公で、いわゆるピンクブロンド誰にでも愛されるほんわか系ヒロイン。我ながら似合わねー、と思う。何でこうなった。


 そして、岸崎綾乃が生まれ変わったイザベラは、マルグリットのライバル……というかメイン攻略相手であるサンディ王太子の婚約者で、公爵令嬢なこともあってか高飛車で、そんでもってマルグリットに嫌がらせするキャラ。いや、綾乃はおっとり型だからそりゃ無理だって。


 無理、なんだが……何しろ今日出会うまではお互い、しっかりマルグリットとイザベラをやっていたわけだ。その記憶も、正直がっつりと残ってる。

 マルグリットはおっとりほんわかと困難をくぐり抜けて露骨にヒロインしてた。我ながらこっ恥ずかしくて仕方がない。

 綾乃曰く、イザベラはどうやら、ちゃんとお妃になるための教育を受けてたようね。ま、婚約者なんだし当然か。


「……綾乃、このままイザベラムーヴする気はないよね?」


「ないない無理無理。というか、恋那ちゃんが取りに来なかったら大丈夫だと思うんだけど」


「だからアレ、嫌なんだって」


 ゲームのサンディ王太子ルートだと、マルグリットと王太子は一目惚れみたいな感じになって少しずつ近づいていく。それをよく思わないイザベラが二人をそれぞれたしなめ、文句つけ、それでも彼らが引き下がらないので少しずつ嫌がらせをするようになっていって悪循環、となる。

 やだよあんな王太子、とゲームやってて思ったよ。好みはそれぞれだと思うし、こっちというかマルグリットも大概なんだけど、王太子もそう言う立場かつ婚約者いるのに別の女に言い寄ってきてさ。……最初はメインルートに進んじゃったから、やめろーとかいいつつ何とか終わらせたけど。

 まあ、今は私がマルグリットで、その私は王太子を好きではないので問題はないと思うんだけど。


「まさかわたし、ゲームどおりに動かなきゃ駄目なんてことないよね?」


「一応意思疎通できてるみたいだし、大丈夫だと思うけど……」


 綾乃の心配も、まあ分かる。とは言え、私が王太子ルート取らなけりゃまだましかな? 綾乃の入ったイザベラが勝手に悪役令嬢ムーヴしたら、本当にシャレにならないもん。ゲームで言えば最低でも国外追放、最悪処刑だったし。

 よーし絶対にあの俺様王太子ルートは取らない。うん。こっちに粉掛けてきても絶対に振ってやる。

 ま、王太子はこれでいいとして問題はまだある。おのれゲーム作ったやつ、とは思うが先にそれが分かるだけマシか。


「それより何より、コンプしちゃったなら恋那ちゃんも知ってると思うけど。どうしよう、ガルディオ様いたよね?」


「あー、隠しルートのあれな。いたいた」


 ゲームには往々にして、隠しルートというやつがあるものである。偏見かもしれないけれど。

 『咲き誇れ、乙女たち』にもそういうの、というか隠し攻略キャラがいたわけである。それが正体を隠して留学していた隣国・ザスティ帝国の皇太子、ガルディオ。

 サンディ王太子が金髪なら、ガルディオ皇太子は銀髪。

 王太子が俺様系なら、皇太子は一人称僕なおっとり系。

 とまあ、王太子と対称的なデザインをされているわけだ。ただし、表向き。

 一国の王位継承者なだけあって、実際はかなりふてぶてしくサンディ王太子にも負けず劣らずの俺様っぷりがギャップ萌え、とかいう一部の方々に人気を博したっけなあ。


「恋那ちゃん、フラグ立てた?」


「……いや、マルグリットの記憶を探ってみたけどそれはない」


 隠しキャラを出すためのフラグ、つーても要は小さい頃に会っていたとか、何がしかのイベントを起こしたか否か、ということであるがそれはまったくない。あと、別にこの世界自体をやり直してるわけでもない。隠してるんだから、一周目から出てくるわけではないキャラなのだ。

 なのに、クラスメートにしれっとガルディオ皇太子がいた。もちろん正体隠してるから、王国内の貴族の息子ってことになってるみたいだけど。


「よう」


『ぶっ』


 いきなり声をかけるな吹き出してしまっただろうが、お茶なりケーキなりが口の中に入っていたらどうするんだ!

 と思って振り返った先には……まあ、ある意味お約束どおりというか。ただしゲーム展開にはなかったけど。


「が、ガルディオ様?」


「……あ、ちょっと待ってイザベラ様」


 念のため、こっちの名前で声をかける。いや、こいつたしかにガルディオ皇太子だけど、……何だかイザベラが綾乃だって分かったときの感じが、こう。


「中西と……岸崎か?」


「ほへ?」


「……長谷川、南戸みなと


「正解」


 はい、ここにもいたよ前世クラスメート。というか何で隠しキャラやってるんだ、この元お調子者チャラ男が。




 とまあそういった感じで、実は前世のクラスメート十五人のうち何人かいることがはっきりした。長谷川以外にも、クラスに数人確認できたのよね。ちなみに全員、ゲームには登場していてちゃんと設定もある。

 あと、担任教師が前世でも担任だった。うん、一緒に死んでるからまさかとは思ったんだけど。

 ゲームをしていないメンバーにはそれぞれ、自分たちの事情を話してある。攻略キャラになった男子は何というか複雑な顔をしてたし、ライバルキャラになった女子の中には「勝手に決めんな」とか文句つける人もいたけど、こっちの身にもなれ。主に綾乃の。


「で、どーすんだ」


「とりあえず綾乃、というかイザベラの身の安全を何とかしたいわね。取り巻きのせいで、そもそもアンシェント家の評判が落ちつつあるのよ」


「公爵同士でも、追い落としたい連中はいるからなあ……そうだ、家来るか?」


「え、長谷川くん、いいの?」


 同じクラスで一緒に行動することが多い長谷川、つーかガルディオ皇太子から、綾乃が勧誘を受けている。どうせなら嫁に取ってやれ、多分王太子よりもあんたの方が綾乃は好みだ。


「さすがにほっとけねえしなあ。こっちの父上からは、いいやつがいたら自分の配下として引き抜いてこいって言われてんだ」


「わあ、こっちの国潰す気満々……そういう設定だったっけ」


「ゲームの設定は知らねえが、ランドルト王国は最近軍備増強しててこっちの領地に手を伸ばしてきてるらしくてなー。こっちの父上、本気でいつ潰そうとか考えてるぜ」


 ゲームではそこらへんの難しい話は出てなかったと思うけど、現実問題になると大変なんだなあ。

 しかし、イザベラ・アンシェントの実家が潰されるという話はたしかにあったな。そうすると……ザスティ帝国の皇太子に身柄引き取ってもらうのが、いいかも知れないな。


「せっかくだから、恋那ちゃんも一緒に行かない?」


「私も?」


「だって、王太子様振ったりしたら国に居づらくない?」


 たしかにそうだ。私はあの俺様王太子を振る予定なのだけど、家柄男爵家だしなあ。貴族としては下っ端だ。

 ……よし。この世界の父上母上には悪いが、さっさと逃げ出させてもらおう。一応、手紙で事情伝えて……理解してもらえるかは別として。


「ランベール家なら、うちと繋がりあるぞ。しっかり伝えれば、多分逃げ出せるはずだ」


「え、マジか」


「付録ムックの裏設定に、そう言うの書いてあったねー」


「うわ、そこまで読んでないい」


 付録、あったわ小冊子。流し読みしただけでしまい込んだんだけど、そこにあったかそんな設定!

 その裏設定が有効なのなら、しっかり使わせてもらおう!




 とかそういう話を経て、いろいろ準備を終えての本日である。国境近くまで長谷川……じゃないやガルディオ皇太子を迎えに精鋭部隊が来てるとか来てないとか。ついでに私やイザベラも脱出予定だったりする。

 なお皇太子がこっそり留学していた理由は、王国の内情を探って潰すか潰さないかを帝国の皆さんが選ぶためだったとか。わーお、怖いなこの世界最大の帝国。


「な、ななな……」


 まあそういった事情はともかく、きっぱりと私に振られた王太子殿下はわなわなと全身を震わせた。つーか私、あなたに好かれるような行動はとってないはずなのだけれど、どうしてこうなった?


「何で俺のところに来ないんだよ、中西恋那あああああああ!」


「……えーと?」


 ああ、あんたも実は転生組だったか。てか、誰?


「……あ。もしかして、バスの運転手さん?」


「そうだよお! 俺はあの時お前さんに一目惚れして、この機会を待っていたというのにいいいい!」


「そんなの知るかー!」


 よし逃げよう、全力で逃げよう! イザベラ、ガルディオ皇太子、いくぞ!




 ……いや、さすがにこの後ザスティ帝国とランドルト王国は当然仲が悪くなったわけだ。こじれにこじれて戦争……になる直前、王国はなぜか内側から瓦解したらしい。

 クラスメートのうち見つからなかった連中も、ランドルト王国にいたらしい。国潰したのは、その連中たちがやらかしたからとか何とか……あーいやあんたら、チート転生とかそっち系だと思ったのか。無茶言うな、大した能力持ってなかっただろうに。

 とは言え、一番やらかしたのは王太子こと運転手のおっさんだったらしいけどね。


「よもや、王太子殿下があのようにおかしなことをおっしゃるとは思いませんでしたわ。ねえ、皇妃殿下」


「そうだよねえ。滅ぼしておいて何だけど、ランドルトの最後の王様がやらかした最大の失敗は、あの人を後継者に指名してたことよね!」


 無事にガルディオ皇太子の嫁になって後々皇妃に上り詰めたイザベラ、その親衛隊長になった私ことマルグリットはそんなことを回想録で述べていたりする。

 さすがにここまでは、女性向けイケメン撃墜ゲームではやらないよね。さすがに。

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コンプした乙女ゲー世界に転生したが、メインルートの相手は好みじゃない 山吹弓美 @mayferia

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