第十話 騎士と殺人者
速度。これだ!今までの状況からもこれで合致がいく。だが、どうする?それが分かったとしても速度を上げる手段が分からない。
もし本体まで赤い粒子が届けば、一気に状況は逆転できる。なのに肝心の手段が思いつかず胸にしこりが残る。
『お前のその能力を発動するときに手を合わせる動作に意味はあるのか?』
そこで思い出す。脳裏に浮かぶ過去の光景。洞窟で能力を実験していた時のこと。
『ある。こういう細かい癖やルーティンは精神の所作。自分の精神が形作られる要因となる環境や知識によって染みついたこの動作が、人間の身体でひた隠しする事なく表現できる唯一の動き。だから、こうすると能力が扱いやすい』
『ふーん。でもそれは相手にも当然見られるわけだから、攻撃のタイミングが分かってしまわれないか?』
『それだったら極論、棒立ちで能力を扱えるのが最強。でもそうはなりにくい。貴方だって粒子を移動させる時無意識に指で操作してるでしょ』
『分かっても防ぎきれない程の弾幕であった方が相手が被弾する期待値も高いということか』
『そういう事。早速先輩の助言が役に立ったね』
『そのようだ』
意識が現実に引き戻される。俺は目の前に飛んできた岩を身を捻り躱わす。
所作。精神の所作。俺が粒子をより扱いやすくする動き。
超短射程爆撃は掌で発動させる。恐らく深層意識下で俺が勝手にそう思い込んでいるから。
ならば粒子を高速で飛ばせるような動かせ方もあるかもしれない。
粒子、いや煙や水でもいい。例えやすいもので考えた時。水はどうやって素早く相手にかける?桶に入れた水を傾けた時、当然水は自由落下する。でもただただ流れ落ちるだけではダメだ。今の俺はこの状態。加えられた外力の少ない水だ。
泉の水が滝のように流れ落ちるのを想像する。だが位置エネルギーでは所作に現しずらいと別の外力を考える。
鉱山。誤って鉱石が埋まった壁を、勢いよく傷つけてしまった時を想像する。その時天然ガスが噴射される。それは鉱山内部に天然ガスが圧縮されており脱出口ができると同時に溢れ出るから。
圧縮。水でも同じだ。圧縮すれば、長射程かつ、速度の乗った勢いが生まれる。
ハルは指を自分の方に向かせ内側に組むと、その指を手のひらで覆い囲む。まるで牙のような外見の一つの拳を作った。
「神様にお祈りでもしようってか!?」
それを降参のポーズだと解釈した男は、地面から顔を出し、岩を出現させる。
ハルはその男に拳を向ける。肘をまっすぐ伸ばし胸の前で。
その拳の親指から圧縮した粒子が高速で打ち出された。
「何!?」
「消えろよ……!」
ハルは今まで散々後手に回ってきた憎悪を込めて、呪詛を吐いた。
男はその閃光に反応が追いつかず、地面に潜る事なく出現した岩の後ろに隠れる。
閃光はその岩ごと奴の体を貫通させた。
「グハッ!な、なんだ急に!」
「自分の体をよく見ろよ」
ハルの言葉に自分の体を見る。自分の腰部分を見ようとして、腕を上げようとする。男はここで気づいた。自分の二の腕から先の感覚がないことに。恐る恐る腕の先を見ると代わりに血が留まることを知らず吐き出されていた。
「な、何ィィァァア!!腕が切り落とされただと!!」
男はだんだんと脈を打つにつれてやってくる痛みに、涎を撒きながら喚き散らかす。
男はハルの冷たい眼差しで自分の滑稽な姿に気づく。冷静を取り戻すべく唇を硬く噛み締めるも嗚咽に似た声が隙間から漏れる。
「これではまるであいつの二の舞ではないか!それもまだ未発達の能力を持ったガキに!そ、そんな事が……!」
「うるさいな。ハンプソンとかいうやつと同様、お前は俺に負けたんだよ」
ハルが追い討ちに煽ると、奴は睨み殺さんばかりに視線を射抜く。余程俺に負けたことが悔しいのか、ハンプソンと張り合いでもしていたのか。
そんな時だった。地面が泥化し穴が開く。
奴は何か希望が刺した顔でその穴に声をかけた。
「ミェラーネ!助太刀しろ!」
俺はその穴から仲間が出てくるのかと、警戒してその穴に拳を向ける。
しかし穴から現れたのは奴の仲間ではない。アキだった。
「な!?お前は!」
「私を誰かと勘違いしてたみたいだけど……誰?」
「お前がなぜ出てくる!?ミェラーネをどうした!?」
「あの女の人なら、今頃土の中。大事な人なら探しに行けば?どこかに埋まってるから」
淡々とそう述べるアキに対して、男は呆然とした様子だった。自分の仲間がまさか負けるとは思わなかったからだ。男はさらに怒る。
あそこまで万全の準備でどうすれば負けることができるのかと、発散させようもない男の叫びだ。
「あの無能……!クソカスがァ!」
「そんなに心配ならお前も仲間のところに行けよ」
ハルは二発目の閃光を撃ち出す。
「ボヘェァ!」
先ほどまでの痛みを返すように、三発目、四発目と奴の体に命中させる。
「ぐ……ォォオ」
「もう茶番もいいだろ。お前の人生はここで終わりだ」
「ふ、ふざけやがって!!なんなんだお前は!?土壇場で急に強くなる!?才能か!?才能とでも言うのか!」
「知るかよ」
男は怨嗟を唸らせるがハルはそれをどうでもいい事だと一蹴する。
「俺は……!俺は証明したかった!こんなところで俺は─────」
それ以上男が口を開くことは永劫ない。ハルがこの世のものとは思えない冷徹な目で男を見下ろすと、手のひらを合わせて指を奴に向け脳天に赤い閃光を射出したから。
男が赤い血飛沫を頭から噴出させ後ろに倒れると弧を描くように、鮮血が舞った。
「ハル?大丈夫だった?」
「大丈夫ではない。体の節々が痛い」
「取り敢えずお互い勝利したって事でいいよね」
「……そうだな。そっちでも何かあったのか?」
「別に大したことじゃあないけど……変な人がいた」
「そうか」
そこでドタバタと足音が聞こえてきた。ちょうど俺たちが向かってた側からだ。まさか応援要請でもされたのかともう一度気を引き締め直した。
「隠れよ」
足音の主が来る前にと、アキがハルの手を引っ張り河岸の土手へと逃げ込む。
「うわぁぁあああ!!」
「なんだ!?殺人現場か!?」
「騎士たちを呼べ!」
どうやらここに来たのは、この事件と何も関係のない人間だったようだ。戦いでの騒ぎを聞き付けたのか。
ハル達は落ち着いてその様子を土手から見る。
「なんだってんだ!まさかこの先の街にまでその殺人犯が来ないだろうな!?」
「落ち着け!それを解決するために騎士たちがいるんだ!あの人たちがいる限り領内の治安が崩れることはない」
大人たちが集まって騒ぎ合う。事態を感じ取った野次馬たちがさらに駆けつける。
「人がこれ以上やってくる前に、先に進もう」
ハルたちは誰も見ていないことを確認して、土手から上がると、その先の道を歩き出した。
「聞いたか?」
「何を?」
「あの人間たちが言っていた。この先に街があるらしい」
「おぉ。漸く」
「盗んだ金もこれでやっと使い道ができる」
「どんなところだろ?」
「そりゃこの前の村なんかと比べ物にならないくらいの規模だろ」
「想像できないや」
歩いて体感30分程。騎士たちとすれ違った。そして先ほど騎士を呼びに行った人間たちが先導して案内しているのも見えた。
「さっきの人たちだ」
「ということは街が近いんじゃあ」
見えてきた。街の入り口だ。砦のような厳かな門に鉄製の先の尖った格子の扉が開かれてついている。
「うわ。だいぶ離れてるはずなのに……大きい」
あの先がいよいよ街だと思うと、二人は待ちきれずワクワクした様子で早歩きになる。
砂利道は石畳の整備された道へと姿を変え、より新世界への突入感が演出されている。
「ハル」
「何だ?」
「あそこまで競走しない?」
「俺の圧勝は目に見えているが……惨敗を味わい最悪な気持ちで街に入りたいなら、そうしてやってもいい」
「そうこなくっちゃ」
ハルが薄く笑い、自信満々に挑戦を受けると、アキもそれに応えるように口角を上げる。
「よーい……どん!」
アキの掛け声と共に二人は街の門まで走り出した。
「ハァハァ……僅差で俺の方が早く到達したな」
「……ゼェ…ハァ…後ちょっとで勝てたのに」
二人は百メートルほどの距離をほぼ全力疾走で走り切る。無理な体力の消耗に二人はいつもより息切れを起こしていた。張り合うと絶対に負けられないという気持ちから、ヒートアップしてしまったのだ。
ハルは腰に手を当て上を見上げる。
「でかいな」
「そーだね」
巨人でも見上げるような、圧倒感。本当に自分たちがどうしようもなく小さな存在であると思い知らされるようだ。
息が元の調子を取り戻したところで二人は一緒に街へと入った。
「すごい賑わい」
道ゆく人々が、井戸端会議するように屯していたり子供が追いかけっこをしたり平和そのものを体現した雰囲気を感じとれる。
「店もいっぱいあるぞ」
商人が露店を出して、客に呼び込みしている様子が見える。商売繁盛していて喧騒が埋め尽くすようにこの道に響く。
「あれ食べてみたいな」
見たこともない食べ物が描かれた看板を掲げている店。値段も今の貯金なら無理なく使え、利用客も多いようで行列ができている。それなら美味しさも期待できるだろうとハル達はその行列の最後尾についた。
それから数分経つと念願の最前列まで後二人というところまでやってきた。
「すごい熱気」
実際この街の賑わいも相当なものだが、アキが言う熱気は物理的なもの。店の奥で芯を刺した巨大な肉の塊を丸焼きにしてるのが見える。店員が程よく焦げるように取手を持ち回転させると肉も全体が炙れるように回る仕様になっている。
「あの肉の塊から切り取って、タレをつけ串刺しにて食うらしい。肉なんて食べた覚えがないからどんな味がするのか気になるな」
ハルは前の人の代金の払い方や口上を観察して、注文の流れを覚える。
「次の方どうぞ!」
汗で全身の服が濡れているバンダナをつけた男が、注文を受けたわまる。
「串肉を四つくれ」
「あいよ!お会計800ゼムになりまっせ!」
俺はカウンターに懐から取り出した紙幣を一枚置く。
「1000ゼム頂戴のお釣り200ゼムどうぞ!注文した肉は隣のカウンターで受け取ってくれ!次の方どうぞ!」
矢継ぎ早に手際よく仕事をする男に言われた通り、隣のカウンターに移動すると別の店員が肉を包丁で切り取りそれを小さい串で刺して、俺たちに手渡した。
「はい、どうぞ!熱いから気をつけて!」
ハルは男から右手二本、左手二本の串肉を受け取りこの場を去る。
「ほらよ」
アキに左手の串肉を手渡すとアキは、アチッと呟きながら受け取る。
「次どこ行く?」
「手当たり次第行っては、金が底を尽きてしまう。特に目ぼしいものがないか見て回ろう」
「おっけー。ここの観光は見応えありそうだね」
ハルは歩きながら串肉を口にすると、少し咳き込む。咄嗟に腕で口元を覆った。
「ゲホッゲホッ!」
「ど、どうしたの?」
「いや、味が濃くて驚いただけだ。お前も気をつけろ、慣れるまで時間がかかる」
アキもハルの警告を受け慎重に肉を口に運ぶ。
「これは……新感覚だね」
今まで味の薄いものや甘いものを食べてきたハル達にとって、こうも脂の乗った肉は少々過敏に舌が反応してしまったのだ。
「だが、悪くない味だ。噛みごたえもあるし野生味を感じられる。脂も舌でとろけるようだ。もう少しタレを薄めにしていればパーフェクトだったな」
「その辺は仕方ない。私たちが順応してくしかない」
ハルはかつてない食感と味に最初こそ驚愕したものの、次第に慣れていき次第にこの商品の良さが理解でき始めるのだった。
「すっかり夕方だね。もう街を出るの?」
「そうしようかと思ったが……名残惜しいな」
この夕焼けが楽しい観光の終了の知らせだと思うと悲しいような寂しいような……名残惜しさと寂寥感を感じる。
「別にまたくればいいでしょ。私は都市にも行ってみたいしさ」
ハル達が街を出ようと入ってきた正門とは反対側の門から出ようとするのだが、そこは封鎖されていた。門が閉まり騎士たちが何か集る人々に、講釈している。
何事かとハル達も事情を把握するため、その台上で声を上げる騎士たちの方へ向かう。
「先ほどこの街の路地でいくつかの変死体が発見された!犯人は毒を所持していると思われるがまだ見つかっていない!ご多忙の方には申し訳ないが容疑者が見つかるまでこの街は閉鎖する!繰り返す!この街で死体が発見された!」
騎士たちが何度も同じ内容を復唱して、街に宣告する。
死体?街で見つかったと言うことは、オレたちとは無関係か?
「街から出れなくなっちゃった。寝床とかどうしよう」
「そんな殺人犯が街にいるかもしれないなんて」
人間たちは他人事とは思わず、次に狙われるのが自分だったとしたらと、想像しその身を震わせている。
「街に居を構える者たちは家で自粛をするように!また明日に今後の動向についての連絡をする!
なお、旅人や出稼ぎの商人と言ったこの街の出身ではないものに関しては、こちらから宿を提供する!滞在中の資金はこちらで負担するが申告しないものに関してはこの措置の対象にはならない!また宿の提供の際身分証明をしてもらう!怪しいものや身分証明できないものに関しては、こちらで取り調べを執行わせてもらうのでそのように、心してもらう!」
それは少しまずいことになった。俺たちは身分証明できるものが何もない。それに下手すれば奴隷だったものだとバレてしまう。
ハルは芳しくない状況に、面倒なことになったと今後の身の振り方を思案する。
「騎士さん。それはありがたいんだが、こっちは急ぎの仕事があるんだ。村への商品の仕入れの日程が狂っちまう。その辺はどうしてくれんだい?」
一人の商人が騎士にそう問いかけると、騎士は真摯に対応を説明する。
「無論こちらの手の空いている兵士が、その仕事を肩代わりしよう!またどうしても本人が赴かなければいけない場合は、この街の長の名の下事情を説明する!予定の埋め合わせや補填も用意するから遠慮なく申し出るようにと長から伝言を預かっている」
随分と思い切った判断だ。よっぽどこの事件の解決に尽力したいのか。
騎士たちの意気揚々とした姿に反して、人間たちは不安そうに話を聞いているが、飲み込みが早く納得したものは、早速身分証明を確認する騎士に申告しに行く。
「厄介なことに巻き込まれた。最悪地べたで寝た方がいいかもね」
「それでも安全とは言えないけど……騎士たちも身体検査や所持品確認で無辜な民を絞り込んだ後、不審者がいないか見回りするだろうからな。死体だって検分で死後から時間が経っていないと踏んだから犯人がこの街にいるって断定したはず。俺たちは騎士からもその犯人からも逃げなきゃいけないわけだ」
「うーん。めんどくさすぎる……」
項垂れるアキを他所にハルはもう一つ懸念している事項があった。
「その犯人が能力者だった場合が、一番恐ろしい」
もし能力者の仕業なら検分など無意味だ。いくらでも誤魔化しようがある。遠隔での殺害、街からの逃走、認識の誤認……
死因は毒殺と見ていいか……それでも能力者なら手ぶらでもそういう症状を相手に引き起こさせても不思議ではない。
「どっちにしろ街は出れないし宿には止まれなそうだから、どこかいい場所探さないと」
ハル達はそそくさとこの場を離れる。事件現場は路地裏と言っていたので、なるべく大通りを進む。
しかし結局日が暮れても進展は何もなかった。昼までの喧騒が嘘だったかのように皆家に閉じこもって、見渡す限り閑散としている。騎士たちのお触れが完全に街中に伝播したようだ。
騎士たちが度々顔を見せるが、ハル達は建物の裏に隠れたり、遮蔽物で視界に入らないようにして身を隠す。
「騎士たちの監視が厳しすぎる」
この辺を巡回する騎士たちに一体何人遭遇し掛けたことか。大事件とだけあってかなりの人数を動員しているらしい。
「ハァ。なんで観光に来たのにこんなことを……殺人なんてタイミング悪すぎでしょ」
「それは同意だが文句ばっか言っても───」
ハルはそこまで言ったところで息を呑む。家と家の隙間……路地裏から漂う異臭。ハル達の知っている匂い。
ハルはそこの路地裏に釣られるようにして入る。
ハルはそこに紫色の粒子を見た。だがそれは自分で出現させたわけではない。その光によって見えた光景。
路地裏に座り込むようにしている騎士がいる。漂う匂いの源はこいつから。
「ハル。これって」
俺は返事をするわけでもなく、この騎士の項垂れた顔を上げさせた。
そこにはとても人間のものとは思えないほど、皮膚が溶け骨が剥き出しになる異形の顔があった。
「死んでる。変死体なんてレベルではない。それに周りの粒子」
騎士の周りを漂うようにして浮かぶこれ。
間違いなく能力者の仕業だ。
ハルはその辺に落ちている石を拾うと、その粒子にぶつける。一瞬のできごとだった。石がその粒子に触れた瞬間、酸で溶かされた音と共に石は穴だらけ変貌した。
「この街にも……能力者がいる……!」
一番恐れていた予感が的中してしまう。
「粒子で触れたものを溶かす効果を付与する……俺のようなタイプの能力者か」
であれば弱点は明白だ。自分自身で苦労したように粒子は当たらなければ効果を発揮しない。
他にも手がかりがないか騎士の体を弄る。サーコートを避けて騎士の制服に手を突っ込む。
見つかったのはポケットの中の財布と腰に携帯する剣だけだった。
革製のガマ口財布の中を確認する。紙幣や硬貨、それと通行証。
「金目のものを奪われたのではないのか?」
だとしたら犯人捜索中に運悪く能力者に見つかってしまったのか、私怨か。それでも無計画極まりない犯行。何が犯人の目的なのかわからない。
「騎士たちの足音が聞こえる。早くここを出よう」
俺はさりげなくポケットに騎士の持っていた財布をしまうと、アキに続いて走り出した。
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