第四話 ハルとアキ

「いてて……」


 先の戦いの余韻が薄れた少年は、数の手当てをすべく特にひどく裂傷のできた傷に、布を巻く。流石に比較的清潔な物を使いたかったので、布は盗んだ村人の服の裾を千切って血止めをしている。


「またあのバケモノ使いが襲ってくるかもな。二度も同じ手が通用するとは思えない。また戦術を立てねばならんか」


 それとは別に、奴の霊獣に見つからない方法を探す。十中八九あいつは空から、鳥の化け物を介してこちらの様子を監視してきていたはず。

 ならばとその霊獣に見つからない方法を探すも、洞窟や地下で暮らすという考えや透明化することくらいしか思い浮かばない。

 前者は自由を求める俺の思想に相反するし、後者は荒唐無稽の論外だ。


 しかし、力を蓄えるために一時的に奴の目の届かない場所でこの能力……ゼクロスとやらを鍛えるのはありよりの考えではある。何も一生洞窟で暮らすわけではない。これも必要経費だと割り切れば、奴隷生活よりは幾分かマシだろう。


「ハァ。洞窟に籠るにせよ。地上や森は騎士たちが徘徊している。そう長々時間もかけれないな」


 もしもあの時、奴の提案を受け入れていたらともしもの考えが頭によぎる。それを俺はかぶりをふって、否定する。

 甘言に惑わされてはダメだ。敵の本拠地に単身乗り込むとか、アホの所業でしかない。俺の選択は間違ってない。


「兎にも角にも、俺はまだ弱い。あの程度に辛勝では、先の次元には辿り着けない」


 こうして少年はまた、疲労の残った体に鞭を打って森を探索する羽目になる。



 時は進み数時間後。

 昼は地上の騎士たちにバレないよう木の上を渡り、上から様子を見下ろしていた。口軽なやつから会話を盗み聞きしたり何らかの資料を盗み見したりしている。


「あの女はまだ見つからないのか?」


「はい。確かに追い詰めたはずなんですが……まるで幻だったかのように、綺麗さっぱり消えてしまって」


「逃げられただけじゃあないのか?」


「そんな事ないっすよ!ちゃんとこの目で見たんです!突然この森に起こるはずない砂嵐に見舞われて、目を瞑ってしまったんですけど、気がついたらその少女の姿が消えていたんです!なんなら俺の班全員に聞いてくださいよ!皆を揃えて同じ証言をしますよ!」


「成程。口裏まで合わせているのか。たかだか一人の女に、逃げられたのも恥だと言うのに、しょうもない嘘まで上塗りするか。騎士としての矜持は捨てたのかね?」

 

「だから本当なんですってば!」


 また話に出てきた、謎の女。姿が突如として消えたと騎士は供述している。もっとも仲間の騎士には信じてもらえていないみたいだ。

 今の話が本当なら、瞬間移動や透明化のように騎士たちの目の前から姿を消したことになる。方法はどうであれ、砂嵐なんてそう都合よく吹くわけもないし、ここら一体の土は木の根が張り付いてるおかげで、動きにくい。水分も吸って重く風程度では、靡きすらしない。


「また別の能力者が現れたのか?」


 今の俺には、そうとしか考えられなかった。物理現象を嘲笑い、理不尽にこの世の法則を踏み倒す。


「何れにせよ。頼みの綱だった、隊長は急用で別の仕事に行ってしまったらしいし……」


「その分、我々の領から捜索人数を増加してもらっているだろう?だがこの分ではまだかかると見積もってるようで、物資まで送ってきてもらっている。不甲斐ないばかりだ」


「不甲斐ないか……せめて隊長もこっちの仕事を片付けてから、別件に取り掛かってほしかったな」


 騎士が軽口を叩いた後、やべっ!と自分の失言に気づいたのは、隣の真面目な騎士の、拳を振り翳している姿を見た時であった。




 そして暫く森の中にある崖沿いに洞窟を発見するも、やはり騎士たちが占領している。中ではワラワラと群がり、飯を食ったり、仮眠を取ったり、報告書のような資料を記したり休憩や書類仕事に従事するものたちであった。


「奴らの拠点か。もう空いている洞窟はないかもしれんな」


 いっそ土でも掘って、地下に居住スペースを作ろうかと投げやりに思う。


「頑張れば不可能ではなさそうだが」


 スコップで態々掘るのも時間がかかる。折角の能力があるんだ。赤い粒子で破壊のエネルギーを流しこみ地面を陥没させる手もある。その後崩れないように壁面を固めて、天井を木の板などで覆えば───


「あそこだ!見つけたぞ!」


 まさか、見つかったのか?


 少年は咄嗟に気の幹に背を隠し、声の発生源を見る。


「本当に生きていたのか。あの死に体で」


 取り敢えず自分が見つかったわけではないと、安堵する。

 そして騎士が声を荒げる原因は、先頭を走る少女にあった。いつぞや見た時と同様にボロボロの服に泥や葉っぱが付着している。


「お前らは左右に散れ!前方の仲間と合流しそのまま、包囲網を作る」


 騎士たちが一人の少女をあそこまで、入念に取り囲むのは今まで逃げられ続けた経験からだろう。苦杯を舐めさせられ続けた奴らはもはや一個人と侮ってはいない。騎士たちは少女の真後ろと斜め後ろに分かれ後方の逃げ道潰された。


 残された前方もいずれ駆けつけた騎士たちによって封鎖され完全に逃げ場がなくなるだろう。


「もしかしたら突如消えるとか言われた、謎の能力も見れるかもしれないな」


 少年の知る能力者は自分と、化け物使いのみとごく僅かだ。今後の参考と単純な好奇心によって少年は、あの群れを追いかけることに決めた。


 現在少女は完全に取り囲まれている。前後左右。いつの間にと、感じるほど迅速な包囲網の形成であった。

 少年はその様子を離れた木の上で見守っていた。


 少女は完全に立ち止まる。だが諦めていない勇気に満ちた顔だ。何が起こるのだろうと少年は楽しみにその瞬間を、心待ちにしている。


「今だ!かかれ!」


 少女が完全になす術なく、降参の意だと受け取った奴らは数人前に出ると、その少女の拘束するため包囲網内に躍り出た。


「フッ……!」


 なんだあれは?球体?


 少女が胸の前で両掌を広げると、その拡張に伴って球体が渦を巻いて現れる。次第に大きくなったそれは、やがて一定のサイズになると砂嵐を発生し始めた。

 その球体をなぞる様に包み込んでいた指先を、徐々に開げてパンと叩きつけ合掌すると、球体を取り巻いていた砂嵐は、その少女を中心に天へ渦を巻いた。少女の姿は完全に隠れてこちらからは見えない。

 騎士たちは突然襲いかかってきた砂嵐に、反射的に目を瞑り手で顔を覆う。前に拘束に出た騎士たちも一様に怯み立ち止まる。


 数秒後。砂嵐が止んだ時には少女の姿は完全に消え去っていた。影も形もなんの痕跡もない。

 目の前の不可解な現象に騎士たちも慌てふためき、目を擦ったり瞬きしたり、隣の人間に目の前で起こった怪奇現象を訴えかけたりしている。


「あれもゼクロスということか」


 同じ奴隷という境遇で、能力に目覚めた同類がいる。そしてアイツも騎士たちに追われている。


「この先、ややこしいことになりそうだな」


 砂嵐と共に消える。だがそう遠くは消えていない可能性がある。奴は同じことを前にもしていたそうだ。同じように森で追いかけられていたということは、その範疇に止まっている。完全な脱出手段になり得ないという事。

 認識としては目眩しと謎の手段による緊急打破と言ったところ。

 そしてその能力を窮地に立たされてから使用したということにも、何らかの意味がありそうだ。


「これでもう接触する必要はないな。能力も知れた」

 

 少年は興味が失せたのか、混沌とした騎士たちを尻目に、その場から離れて行った。



 

 少年は空腹だった。数日間まともな食事をしていない。奴隷の時の知識を活かして食用の植物をすり潰して飲んでいるが、まるで腹が膨れない。少年の体は長時間日光に当たるのに慣れていないのだ。ぬかるんだ地面に足を取られる。それだけで体力が搾り取られるようだった。


「かくなる上は」


 少年は一つのことを思い立つ。騎士から食料を盗む事だ。物資の中に携帯用食料を詰め込んでいたのを前に見た。どこかの騎士から食料を強奪し空腹を満たしたい。グループから離れてなるべく一人でいるところを急襲する。


 手段は選んでいられないと、少年は早速騎士を狩り始めることにきめた。



 時間は過ぎ去り夜。朦朧とした意識の中で少年は、なんとか気を保っていた。夜なら闇うちに好都合だと、すぐカモが現れると言い聞かせていた。


「……いた」


 少年は短く言葉を発する。ついに見つけた。


「よっこらせっと」


 背負っていたでかいカバンを、ドスンと地面に勢いよく置くと、その騎士は疲れたと言わんばかりに肩を回す。首に手を当てくきっと曲げると、騎士は鞄の中をまさぐりはじめる。


「全く。こんな重い荷物、私一人に背負わせないでよ」


 鞄の中から携帯用の食物を取り出す。

 少年は本でしか見たことがないそれは乾パン……で合ってるだろうか?と初めて見た実物を前にどんな味がするのだろうと、考えていた。


「背後からコッソリ……」


 少年が忍足で奴の背後に周り、頭をその辺に落ちていた足で殴りつけようとしたその時、予期せぬ横槍が入る。


「おい!そこのお前!そいつを捕まえろ!」


 少年は草むらから出てきた、その存在と目が合った。かの砂嵐を発生させる奴隷だ。また懲りずに騎士に追われている。


「うぇ!はい!」


「って!おい!そこの少年はなんだ!?」


「はい?少年ってなんの───え!誰!?」


 巻き込まれたと、少年は目の前の元凶であるその奴隷を走りながら一瞬睨みつけた。

 

「ドカスが……!」


 この少女と一緒に騎士に追われる羽目になり、思わず少年は毒づく。


「き、君は?」


 隣の奴隷は奴隷で困惑の表情を浮かべている。こっちは不注意極まりないこいつのせいで、追われる立場になったというのにずいぶん呑気な阿保ヅラをするものだ。


「アンタのせいだぞ。他人事みたいな顔するなよ」


「え?な、何?」


 少年は隣の少女の手を引っ張り、そこの草むらに駆け込む。そしてその辺に強引に少女投げ捨てる。

 少女は驚いた声を上げて、草むらに両手をつき倒れ伏した。


「どこ行った?」 


「草むらに入って行きましたよ!ちょっとこの時間帯では見辛いですけど」


 少年は無造作に石を掴み取ると遠くに、石が草むらの上を超えないよう水平に投げる。


「あ!あっちで草むらが揺れました」


「追うぞ!」


 この時間帯では視力が、あてにできなくなる。投げた石に反応してしまい、こんな簡単な手に引っかかってしまうほど、怪しいところを見落としてしまうものだ。


「馬鹿が」


 少年は無様に背を向けて手探りで、草むらの中を探す兵士の頭に握っていた拳大の石を振り下ろす。


「ザク!」


「な、なん、ドム!」


 奇妙な断末魔を上げて気絶した、二人の騎士から視線を外すと奴隷の少女の元に戻る。


「あ、あの、ありが──」


 俺は何か言いたげにウジウジしている奴の胸ぐらを思いっきり掴んだ。


「お前鬱陶しいんだよ。ウロチョロウロチョロ目障りだな」


「ご、ごめん」


「何回同じ過ちを繰り返せば、気が済むの?アンタの脳みそは鶏のものと、入れ替わってるのか?」


「私にも訳がある。食料を集めなきゃいけない……」


 顔を伏せながら喋る少女は、その言葉尻がだんだん小さくなっていく。


 こちらの食料強奪の機会を奪われだと言うのに、その単語を発して地雷を踏んでくるやつに、さらに怒りが募る。


「ああ。俺も丁度空腹で、食料を調達しようとしていたところだとも。お前のせいで邪魔されたがな」


 俺の怒りと比例し胸ぐらを掴む力が強まると、少女も苦しそうな顔をする。


「分ける……分けてあげるから……離して……!」


「分ける?そっちには食料があるのか?」


 俺は胸ぐらを離し、言葉の続きを催促する。少女はそれが分かったのか、少し咳き込むと話し始める。


「コホッコホ!……あるよ。元々私が騎士たちに追われていたのも、騎士たちの物資を取っているところを見られたからなんだ。今回は失敗しちゃったけど……」


 少年は訝しげに、怯えている少女の顔を覗く。


「あ、あの、よければ来る?私の拠点?君も追われている身でしょ?」


 少年は腕を組み少し考え込む。拠点とは即ち奴の本拠地。どんな罠が仕掛けてあるかもわからない。仲間がいて集団で襲いかかってくるかもしれない。


「行く」


 結局少年は頷いた。その案を飲まなければいけないほど、空腹感に襲われていたからだ。


「ただし妙なことは考えるなよ?何かおかしいと感じた瞬間に、俺はお前を殺す」


「怖。心配しなくても、私は死にたいなんて思ってないよ。私は生きなきゃいけないんだ。絶対に」


 臆病な少女に見え隠れする意志。意外な奴の一面。俺はそんなこいつの覚悟を宿した目を見ながら、感心するように口端を上げた。



 少女に連れられてやってきたのは、なんの変哲もない岩肌だった。


「着いた。ここが拠点」


「……舐めてるのか?」


 俺は岩肌に触れながら奴に問いただす。何か抜け道があったり仕掛けがあるのか、と疑って手探りで探してみるも、そんなものはどこにもなかった。


「舐めてないよ───今から起こることは信じられないものかもしれないけど。落ち着いて着いてきてほしい」


 何か含みのある言い方に、何が起こるのかと怪しく思う。

 少女が周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、その岩肌に手を向けその手を右に払った。


 少年は、この時ばかりは空腹など忘れて驚いた。目の前の岩が映像が乱れるように、ノイズが入ったかと思えば次の瞬間、それはただの砂と化して地面にズザザと短い滝となり地面に降り積もった。

 そしてその岩肌に穴が空き、中には広々とした洞窟が現れたのだ。


「着いてきて」


 少年たちはその洞窟内に入り込む。少女が奥の蝋燭に火を灯すと、入口に戻り洞窟の穴を先ほどの光景の逆再生のように塞いだ。


「驚いた?」


「ああ。それなりに」


「この事は追って話すとして……先になんか食べたいよね?」


 少女が洞窟の隅に置いてある箱から、騎士たちから奪ったと思われる乾パンを取り出した。


「あげる」


 差し出されたそれを黙って受け取ると、少年は不器用に袋を開けた。

 中身の茶色い物体に危険がないか、匂いを嗅いだあと、とても小さな一口でパンを齧った。

 パンを咀嚼し飲み込む。

 大丈夫だと判断した少年は、パンを持ち直しかぶりついた。


「美味いな。思わず感動したよ」


「良かった。騎士たちはこんなに良いものを、携行食として持ってきてるみたい」


 おかわりもあるよ、と少女は追加で自分のものとは別にパンを俺に差し出した。


「もう聞いていいだろう?さっきのこと」


「うん」

 

 少女は、今まで伏せていた顔を上げる。そしてしっかりとこの少年の瞳に目を合わせた。


「とは言っても……私も詳しくは説明できない。詳しく説明できるはずがない。そういう力だとしか言えないから」


 少女は今まで誰にも話してこなかったこの力を、少年に話す決心をすると、鷹揚に口を開いた。


「能力者なんだ、私。ああいう力以外にも不思議で珍妙な、出来事を引き起こせる。物理法則で説明できない、夢のような……そういった力を持ってるの」


「砂嵐と共に消えるのもか?」


 あっけらかんと言い放つ、少年に少女は珍しく驚いた顔をした。


「知ってたの?」


「お前は俺と初対面だろうが、俺はお前を何度か見かけたことがある。その時に騎士から華麗に消え去るお前を見たんだよ」


「……知ってるなら話が早いね」


 少女は自分の覚悟が空回ったと、少々落胆する。


「俺も能力者だから」


 少年は追加のパンに齧り付きながら、言葉を発した。


「私以外の奴隷にもいたんだ」


「目覚めたのはつい最近だ。一週間ぐらい前のことだ」


「本当に割とすぐ前だね」


「能力持ちの騎士に追われて、追い詰められた所で目覚めた。お前はそうじゃないのか?」


「私は3年前に能力が発現したんだ」


「そんな前に?それならさっさと、逃げ出せば良かったんじゃあないか」


「私の能力はまだ発達段階。ましてや当時なんて、あってないような能力だったから……今日まで鍛えて機会を伺っていたの」


「でも今現在、騎士に追われる身ではないか」


 少年の発言にムッとした少女は、言い返す。


「君のことも聞いたことがある。鉱山を爆破して、その混乱に乗じて森の外に逃げ出したのはいいものの、すぐに騎士に見つかってウサギのように森に戻ってきたって」


「……お前は、外に出たことはあるか?」


「ないけど」


「だったら俺の勝ちだ。残念だったな」


 何を張り合っているのか、誇らしげにする少年に対して少女は何も言わなかった。


「ねぇ。私達の目的は合致してると思っていい?」


「奴隷という立場から解き放たれて、自由に生きるのが俺の目的だ」


「私も同じ。だったら私たちで協力してここを出ない?」


 少年はその提案を実は、こちらから切り出すことも考えていた。一人では限界もある。だがこいつが役に立つか見定める必要があった。

 まさか向こうから、この話が出されるとは思わず、返答が詰まってしまっている。


「前向きに検討する。俺はお前のことを、何も知らないしな」


 慎重に絞り出した返答がこれだった。だがそんな返答でも嬉しかったのか、少女は嬉しそうに笑った。


「これからよろしく。えっと……なんて呼べばいい?」


「名前なんてない。好きに呼べよ」


「私はアキって呼んで。A-14区出身からとってそう名付けた」


 なかなかいいネーミングセンスだ。ただあの忌々しい奴隷地区を名付け元にするのか……


「あの時の憎しみを忘れないように、身近なものから名前を取ったの」


 俺の考えを汲み取りそう言う少女。俺はそれに倣って名付けることに決めた。


「H-4L区……ハル───俺はハルだ」

 

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