第二話 舞い戻る

 俺は反射的に後ろに飛び退いた。後ろから近付く気配は明らかに俺を目指していたからだ。


「いい反応だな。普通の村の子供の動きとは思えない。どうだ?ん?」


 まさかの背後にいたのは騎士だった。まさか……まさか……と最悪の事態を想定しながら、俺は臨戦形態へと移行する準備をする。


「なんだ。騎士サマ。急に後ろに立たれるとびっくりするじゃあないか」


「それは村人の真似かね。そんな怖い顔で言われても普通とは思えないよ」


「冗談を。何やら自分に用があるらしいが……こんな少年に執着するほどのことなんてないはずだ。ご自身の仕事に戻られては?」


「だからこれが仕事なんだよ〜……これがね……?」


 なんだこいつ……こいつから漂うように見える威圧感は……俺の知ってる恐ろしさとはまた違う形。あの領主と同類!


 俺はジリと後ろに半歩下がるとやつもそれに合わせて一歩足を踏み出す。


「こんな仕草一つにまで反応するとは。要件も話さず無礼な上に一少年への度が過ぎた執心。仕事とはまさかストーキングか?騎士の風上にも置けないやつ」


「犯罪者には、無礼も何もあるわけなかろう。それがたとえ子供であったとしても」


 この反応。十中八九俺が何者か知っている。何故だ。どこで気づいた。


「服装じゃあないさ。この世には君の……いや世界の人智が及ばない特別な力というものがあるのだよ」


 口に出していないにも関わらず、此方の考えを呼んだような発言をする。思わず少年は目を見開き驚いた。


 特別な力?相手の身分が瞬時に分かる分析力や洞察力、情報の収集能力……なんて話じゃないか。なんなんだ。不気味すぎる。本当に人智の及ばない……神のような力があるとでも言うのか?


「人智を超えた?ハッ!神にでもなったとでも?偉そうな言い草だな。それとも国に仕える騎士は王より下であるという考えまで捨てるほど愚かになったのか?」


「神……そうだな。人智の及ばない力と聞いた時、人は未知なるものとして神や妖術などの幻想の類だと思考が行き着くだろうが……違うんだな、これが」


 目の前の男が腰に携えた剣の柄に手をかけた。


「大人しくついてこい。後は楽で済むぜ。まぁあれだけのことをしでかしたんだ。お前がこの先どうなるか想像つかないが……っと!」


 少年は腰に手をかけてる鞘の下を潜るように、男を通りすぎると一目散に逃げ出した。


「こんなところで……捕まってたまるか!」


 少年が道沿いに戻り遠くへ逃げ出すなり、騎士は困った表情を見せた。


「そんなに死ぬのが怖いか?だったら最初からあんなことするなっつうの」


 騎士が親指と中指を口に突っ込むと、ピーーー!と甲高い指笛を鳴らす。

 少年は何かの合図かと察すると、すぐに周りを警戒した。予想通り複数の騎士たちが草むらの中から追い詰めて囲うように現れた。


「用意周到だな」


 少年はやむを得ず草むらに引き返す。そんなことは関係なしに、騎士たちは獲物を追いかけるようにこちらをどこまでも追ってくる。

 やがて少年は誘導されるように森へと舞い戻ってきてしまった。それも最悪の状況で。


「ドカスどもが……!」


 少年は束の間のぬか喜びを、味あわされた気分だった。忌々しい森を抜けたと思えば、二度と入るまいとしたここに1日もたたずして戻ってきてしまったのだから。そんな状況に追い込んだ奴らと、積み重ねた周到な計画を練った時間や苦労までもが一瞬のうちに瓦解した事。その理不尽さに怒りを露わにしていた。


「止まれ!さもなくばお前の手足を切り落とすことも厭わないぞ!」


 そんなこと言われて誰が止まるものか。木が遮って剣も振れないだろうし、投擲も難しい。馬も持ち前の足の速さを活かせない。しかしこのままじゃあ、ダメだ。体力勝負には流石にアイツらに利がある。隠れる余裕もない。


 ───いやある。視界を遮れて、隠れられて人数も絞り込める……うってつけの場所。鉱山。あそこなら地形も知り尽くしているから迷うことはない。対して奴らは……


「とは言え俺のところは当然無理。となれば隣地区か。まだ使えればいいが……」


 それにすでに騎士たちが取り囲ってるかもしれない。付け入る隙がなければ捕まってしまう。



 

 走り出して息も上がってきた。振り返る暇もなく後ろの様子は見えないが、ドタバタと足音がいくつか聞こえる。見るまでもなくまだ追いかけてきているだろう。


 若干の抵抗として動きを木と木の間を俊敏に蛇行し、動きを制限させるもアイツらは距離を離すことはない。


「見えた」


 誰もいる様子はない。入り口も封鎖されてい

らようには見えない。そして被害も少ない……

 思ったよりも爪痕を残せなかったことが、かえって僥倖となり若干複雑な気分だ。


 俺はアイツらから距離を離し一足先に坑内へ辿り着き早く奥へ隠れようと、残った脚力を振り絞る。


「入った」


 そしてこのまま逃げ切る。そう意気込んで俺は奥へ奥へと走り去った。




「あらら。ちょっと面倒だ」


 騎士たちも呼吸が荒くはなっているが、体力には余裕がある様子だ。しかし坑内へと入っていく少年を見て苦虫を潰したような顔をする。


「流石にあの中じゃあ俺と言えども捜索は難しいな」


「どうするんだ?正直この人数であの中に入るのは手が余るぞ?応援を呼ぶか?」


「応援なんて呼んだところで、ああも手狭では、満足に動き回れん」


 騎士は考えたなと、不敵な笑みを浮かべる。

やがて楽しそうに口の端を釣り上げながら口を開いた。


「俺たちだけで問題ない。だが捜索は俺だけで行く。その方が都合がいい」


「分かった。俺たちは待機でいいんだな?」


「ああ。坑内を追い回して出口へと誘導しよう。お前たちはそこでやつをとっ捕まえてくれい」


「ではその作戦で行こう。ところで気になっていたのだが……」


 話が切り替わり折りいって疑問を呈する騎士。


「なぜ生捕りなんだ?殺してしまったほうが楽だろう?どうせ死刑は免れないはずだ。男爵様もあの首一つ持って帰れば納得しそうだが……」


「ところがぎっちょん、奴にはとんでもねぇ秘密があったってわけさ。殺すにはもったいないんだとよ」


 要領を得ない回答に不服そうに首を傾げる騎士。だが、そんなこと言ってる場合ではないと、気持ちを入れ替える。


「いってくるぜ。お前らもちゃんと見張ってろよ」


 そういうと騎士は伸びをしながら、後ろに手を振り坑内へ入って行った。




「ハァハァ」


 壁面に取り付けられた頼りない燭台を頼りに、奥へと進む。


「この先に分岐路があるはずだ。それでなんとかやつを撒ければ……」


 少年はそこで言葉を失う。目の前の分岐路の片方が崩落により進めなくなってしまっている。


「ふざけるなよ」


 少年は内心煮えくり返すような思いで、不運を呪い仕方なく空いている片方の道を進んだ。


「なんだ?落盤か?もしやここも危ういんじゃないか」


 冗談じゃない。


「それでも進むしかない」



 変わり映えせず、そしてあいも変わらず狭い通路。


 そして暫く進むと、また分岐路が見える。それも三つ。記憶では確か一つしかなかったはず。また新たに資源を求めて掘削したのだろうか?

 しかしどこまで作業が進んでるかもわからない。最悪行き止まりの可能性もあるので想定通り行くべき道は二通りだ。


「右に進めば作業場があったか」


 他の通路との合流地点で、進捗報告や荷造り、急ピッチでの道具類の修復や制作などがされる場所。


「このまま逃げてもどこかで追い詰められる。増員だってされたらそれこそ八方塞がり。何か対抗できるものがあれば、現状打破できるかもしれん」


 そう思って少年は、右に進むことに決める。


 右の通路は他と違ってある程度広さ、高さが確保されているため少年は、もしものことがあったら隠れることはできない。それも覚悟してのことだが万が一のこともあればと、余計な想像をしてしまう。


 少年やの心配とはよそに、作業部屋に到着した。


「武器になりそうなのは、スコップやツルハシくらいか」


 木で組まれた簡素な収納に、所狭しと様々な道具が立て掛けてある。他にも箱の中に布が詰め込まれていたり、車輪や木材などの組み立て前のトロッコのキットなどもある。


 こんなものでどう戦えばいいのかと、いろいろ奇襲や闇討ちのシミュレーションをしていると洞窟に響くように足音が聞こえてきた。


 少年はもう追っ手が来たのかと、急いで積み重ねられた箱の裏に隠れた。


 やがて足音がこの部屋に近づいてくる。それも足音だけじゃあない。翼を羽ばたかせてるような短く断続した風切音。少年は怪物でも追ってきたのかと訝しがったところ羽音の主が正体を表した。


「蝙蝠?」


 箱の隙間から覗くと通路から蝙蝠が現れる。それに続いてあの騎士の男もその姿を現した。


 しかし妙だな。なんだあの奇妙なフォルム。

俺の知ってる個体より見た目がおかしい。翼が本体に対して異様に大きくよく見たら主翼の下に副翼としてさらに二枚小さな翼がある。突然変異だろうかと少年が思っていたところ、


「何?」


 少年は小さく声を出して驚く。兵士が中空の一定の高さを維持し飛び続けている蝙蝠に指を刺し何か指図したかと思えば、その蝙蝠は翼を自分の身を包むように丸め込む。この時点でなぜ宙に浮いてられるのか疑問だったが、さらに奇妙なことにバサっと翼を大きく広げると、そこには赤い目のような謎の紋章が光っているのが見えた。


「なんだ、すぐそこにいたのか」


 少年は絶句する。奇怪なモンスターもそうだが、そいつが一連の動作を終えると兵士が迷う事なくこちらに向かってきたからだ。まるでアイツに指し示されたかのように。悠然と。


 少年は何度も目の前光景を疑い、何かの間違いではないかという思考だけが脳内でリフレクトする。


 だが奴はやはりこちらに向かってきていた。少年まであと、指先程だという距離で少年は慌てて積み重ねられた荷物を弾き飛ばすように奴めがけて押すと、この場から離脱した。


「うぉ!」


 兵士は特に少し驚いた様子を見せたが、すぐ中にする事なく荷物を払い除けながらバックステップで躱した。


「威勢がいいな全く」


 少年はそんなことより、奴のそばへと戻ってきた化け物に目を釘付けにされる。兵士はそんな少年の様子を見て、面白そうに笑う。


「初めて見たか?お前の知る暴力とも権力とも摩訶不思議な力」


 あの蝙蝠の化け物は、奴に完全に付き従うようにしてそばに控えた。


「意味が分からないな。動物とはそんなに主人に従順なものか?ただの動物使いじゃあない。まるでお前に忠実な下僕……いや人形みたいじゃあないか……!」


「奴隷にしてはいい感性だな。確かにこいつは下僕や人形のようなものかもしれんが、それはちと違うな」


 騎士が手を唸らせ、拳を握りしめるとあの化け物はまるで今までそこにいたのが嘘だったのではないかと、錯覚するほど完璧に姿を消した。


「手品か?それとも幻か?本当に今日は知らないことが一気に目に入ってくるな。百歩譲ってお前がそいつを消せたのは、そういうものだと納得したとして……そいつが翼を振るうと俺の居場所が分かったみたいな反応。それもやはり不可解だが……確かにコウモリは人間に備わっている視覚がない代わりに超音波を出しその反射で地形や獲物を把握するという……

 だがなぜお前にまでそれが伝わる?お前は本当に人間ではないのか?」


「あちゃー。見られてたのか。まぁ、タイミング悪かったな。ハハ、参ったな。作戦変更だ。お前を今ここで捕まえることにしよう」


 とは言いつつ軽い反応。特に気にした様子でもない。隠す気はないようだ。


「さてさっきの質問だ。勿論人間だとも。ただ一つ、新人類とでも言うべきか。進化したんだよ人間も。新たな力によって」


 騎士はその力を誇らしげに思っているのか、手を振るい、もう一度あの化け物をその場に顕現させた。


「気になるなら教えてあげよう。勿論お縄についてくれんのならな」


「どうだか?俺の知ってることの一つに、偉そうな奴は交渉時に嘘を交える、というものがある」


「嘘じゃないぜ。男爵様はお前を殺すつもりなんてない。なんなら今回の騒動も条件次第では不問にするとも言っていた」


「ありえない。虫のいい話が過ぎる」


「でも気になるだろう?この力。ただでさえ普通の人間を見て驚いていた君だ。こういう未知なものに魅力を感じると思うんだが?」


「ふん。お前に教えてもらわなくとも、俺だけで知れる」


「お前にその資格があるのかな?しかしいい自信だ。俺はお前のそういうところも買ってんだぜ」


「気色の悪い。今までずっと俺を見てきたかのような口ぶり────」


 そこで少年はハッと気づいた。この騒動がものの一瞬でバレた事。この服装じゃカモフラージュにすらならなかった事。そして決定的なのがあの蝙蝠の謎の能力。


「気付いたかな?お前は最初から掌の上だったわけだ」


 少年は後退り後退り、一気に後ろへ駆け出す隙を見計らう。だけど見つからない。今度こそ捕まえるという意思。恐怖。かつて領主に感じた権力への畏怖。底知れず自分の世界の理から外れた力。


 少年は一歩また一歩後退すると、トンと硬質な感触が背中に伝わった。何かと思って見上げれば、騎士のそばに居たはずの蝙蝠が俺の真後ろに立っていた。


 俺は反射的に棚にもたれかかっているスコップを手に取り、化け物に振り上げた。


「なッ!」


 感じられたはずの手応え。それがなかった。少年はまるで自分が夢でも見ているのかというほど、奇妙な体験の連続で味わってきた。そしてまたそこに一つ未知なるものが、付け加えられる。


「すり抜けるッ!?」


 振り上げたスコップは、対象に当たる事なく真っ直ぐ上を指している。振り上げた事実はあった。だというのに、空気を切ったかのような感覚。当たると期待していた自分は、まさに肩透かしを食らった気分だった。

 勿論バケモノに傷はついていない。ただ悠然とそこにある。無機質でとても反応があるとは思えない、容貌。精巧な空想上の生き物を模した人形と言われる方が、まだ納得できた。


「意味が……意味がわからない……!」


「ハハハ!だから俺に着いてこれば教えてやると言っている!」


 少年に対して、目の前の騎士はさも愉悦だと言わんばかりに大口を開けている。

 だが、少年にはまるでその言葉が届いていないようだった。


 原理……法則……性質……全て自然なものから、外れている。これは……この力は一体……分からない……分からない!!


「イラつく……イラつくなァ!こういう訳のわからない力が!考えるだけ無駄とか人間の思考の域から逸脱しているとか!そういう俺というちっぽけな存在とは文字通り、次元が違うとでも言いたげなその力が!この世に物理法則があるんだったらそれ通りに従えよ!アァ゛!?」


 目の前の騎士は、大口を開け笑っていた姿勢のまま硬直する。目の前の少年が先ほどの人物とは思えないほど、荒れているからだ。


「ふざけやがって……クソが!バケモノ然り!能力然り!すり抜けること然り!!さっき触れられて、なんで今は触れられないんだよ!ふざけてんのか!?舐めてんだろ!この世界をよぉ!?そこにあるのか、ないのかはっきりしろ!物体に曖昧の概念が当て嵌まる!?そんなことが罷り通るのか!?俺の知らない世界では!」


「……まずいな」


 先刻まで騎士は余裕そうに、少年を揶揄っているつもりだった騎士は、額に汗を浮かべている。そして先ほどの少年の様に、思わず半歩尻込みした。

 少年は何度も地団駄を踏んで、地面を揺らす。天井からパラパラと礫や砂埃が落ち始める。


「そんな……そんな理不尽が!許されると思うな!!」


 少年の理解の及ばない理不尽への怒りが、最高潮へと達した瞬間、地面が揺れ始める。


「……撤退だ。これは想像以上……!男爵様に知らせなくては!」


 騎士の男はそれだけ独りごちると、先ほどまで引き連れていた化け物と共に、この部屋を焦りながら去っていった。


 刹那。とんでもない地震がこの鉱山……いやもっと広く、世界全体を揺るがすような範囲の規模で発生する。


 少年はそんな事に気づいていない様子で、相変わらず頭を抱え、唸り声を上げている。


 少年にとって一番に嫌いなことは、理不尽な事である。そして次に理解できない事。最後に自分の幸福を奪われる事。この3点がこの短時間で詰め込むように急速に起こったことで、少年は限界が来てしまったのだ。

 なまじ外の世界の幸せというものを味わってしまったという事も、重なり少年は色々な感情が混濁してしまった。結果、意識が感情に飲まれ、自我が崩れてしまったのだ。


 やがてこの部屋も原型を保てなくなってしまう。壁や天井から岩が崩れ落ち遂には、陥落した。

 少年はそれに巻き込まれ、ひと時気を失ってしまうのだった。




「うっ!」


 少年は頭を抑えながら目を覚ます。ひどい頭痛だ。それに視界が真っ暗で何も見えない。


「俺は……」


 どうやら自分は壁にもたれかかっていたらしい。そう認識した少年は足に力を込めて立ちあがろうとする。


「な、なんだ?」


 頭を押さえつけられるような感覚がする。鋭い岩が突き刺さったような…… そして気づく。これは頭痛とかではなく、物理的に立ち上がれないのだと。


「閉鎖されてしまっているのか?」


 手探りで周囲を押してみるも抜け道が見つからない。このままではここで餓死してしまうだろう。


「思い出した。不可解な現象に、怒りがピークに達してしまったのか。しかし自分でもあそこまで溜め込んでいたとは思わなかったな」


 不幸、強奪、未知。俺がされて特に嫌悪する事だ。しかしああも、取り乱してしまうとは思えなかった。あの瞬間だけは自分が自分じゃないような感覚。他人が乗り移ったようだった。でもちゃんと記憶はある。以後気をつけなければと、深く反省した。


「岩盤に押し潰されなかったのは、幸運か?運命などに救われたことはないが……いや、この世にまだ束縛されていると言うべきか」


 ちょうど俺の生きれる空間があり、どこの体の部位も欠損していない。信じられない奇跡にらしくないと不気味なものを覚えた。


「ん?なんだ?この光は?……いやこれは……!」


 俺の目の前に光子が浮かび上がって見え始める。対して頼りのなさそうな、フワフワとした淡い光。俺はこれを知っている。

 本来ならそんな訳はない。こんなもの初めて見るし、兵士の奴と変わらない程奇怪なものだ。だが不思議と拒絶感はなかった。知らないはずなのに知っている。それなのになんの違和感もない。

 宙を揺蕩う粒子を見ると俺の心の奥底と向き合った時のように、色んな決意や夢が流れ出るようだ。


「繋がっている?これは憎悪?俺自身の過去のような」


 光子を手のひらで掬うように包み込めば、それらは掌に収束するように吸収される。


「なるほど……使えるな。俺にはまだ、終わりはやってこない。それだけでいい。今は」


 俺は動作に何の滞りなく、左手の甲に右手のひらを叩きながら重ね合わせる。


「これが……これさえあれば」


 少年は目の前に差し込んだ光を見て、確信した。あいつらに敵う。どんな理不尽にも立ち向かえる俺だけの理不尽。


「俺はまだ終わってない。終われない。この力で奴らの次元を超えてみせる」


 岩が一人でに宙に浮くように、俺から離れていく。岩が粉々になり、まるで円柱状に道でもできたかのように鉱山をその端まで突き抜けていった。



 口内を抜けて振り返ると、鉱山の一部が異様に筒抜けていた。円の半径は二メートルほど。奥は真っ暗だが長い距離を貫通したようだ。

 壮観。そしてこの高揚感。これを成し遂げたのは自分である。少年は自分の力の一端を目で感じとり、自然と笑みが溢れた。


「誰もいない。騎士の奴らは一体どこに……?」


 気づけば、俺を坑内まで追い回してきた、不気味な力を使う騎士も俺の目の前から消えていた。


「だが油断はできないか。素性がキッパリ割れてる以上、どこに隠れてもすぐ見つかる」


 次に邂逅するその時までに、俺は奴らに対抗できるようにならなければいけない。そこで終わらせる。そうすれば俺は再び自由に……


「そう簡単にいく話でもなくなっているか」


 あの騎士は不思議な力を持っていて、俺も何かに目覚めた。奴はこのような能力の発現した者を、新人類や進化したモノと称していた。


「それはそうだな。しかしなぜ急に発現したのか?それとも俺が預かり知らぬだけで、トリガーがあったのか?他の人間も似たような謎の力を使うのか?」


 それはともかくと、一息つく。


「とんでもない転機だ、今日は」


 俺はジッとある一点を見つめると、坑内でも見た謎の淡い光。それをチョイと、指を振りその辺に転がる小石に付着させる。


 するとその小石は、踊るように宙を舞い始める。


「喜んでいるようだな。先ほどまでの自壊した現象とはまた別の印象を感じる」


 少年はこの能力を、直感で感じ取った。自分の精神に帰依するもの。その顕現こそが新人類がたどり着いた極地だと予想する。


「感情を与える能力……か。あくまで暫定だが」


 少年はこの先、街道に出たとしてもまた見つかってしまうと、森に滞在して機会を伺うことにした。




 数日後、隠れながらこの能力を調べていた時に、騎士たちがこの森で捜索をしているのを見た。


「あの異変からことが静まった後に、捜索に乗り出したか」


 少年が木の上で奴らを見張り、そうあたりをつけていると、騎士たちは、


「何があったんだろうな?あの鉱山。あの穴普通じゃないぜ」


「仕事中だぞ。私語は慎め」


「連れないね。でもいいだろ?君も暇そうじゃあないか」

 

「仕事に暇も忙しいもあるものか。やるべきことをやる。それだけだ」


「堅苦し!あーあ。なんでお前とペア組まされたんだろ?馬が合わないんだけど」


「……私から言えるのは、隊長に聞いてみろ、それだけだ」


「隊長?」


「隊長は物知りだからな。異常なほどに。情報網がそこらの商人だって叶わないほど桁違いなんだよ。持ってくるニュースも毎回新鮮だしな」


 そこで俺が頭に思い浮かべたのは、あの謎の蝙蝠を顕現させたあの男だった。恐らく今の話から出てきた体調とは、奴の関係者か本人で間違い無いだろう。


「うへー。そりゃすごいっ!俺が無くした金のネックレスも聞いたら見つかるかな!?」


「お前……隊長は占い師ではないんだぞ」


「だったら俺たちが探してる例の奴隷の少女の、居場所も教えてくれたらいいのに」


 例の少女?なんだ?探してるのは俺だけではないのか?


「隊長は別件で忙しいんだよ。いや別件というより本件か。あの鉱山の穴の件も関わっているそうだ」


「大丈夫かよ?爆発なんてもんじゃないぜ?あの、円柱状にくり抜いたような穴……もしかしたら隊長は幽霊や化け物の類を相手取ってるんじゃ!?」


「バカなこと言うな。何かしらの方法を使ったに決まっている。科学はいつも私たちの知らないところで発展してるだろ?あれも研究者からしたら当たり前の現象かもしれない」


「本当にそうかね?」


 少年が木の上から聞ける声はここまでだった。


「………」


 少年は無言で考えに耽る。


「……あの力は別に騎士なら、全員が持ってるわけじゃあないのか?」


 奴らの会話からはそのようなことを思わせる言葉の数々があった。奴風に言うならまだ進化していない。外の人類全員があの不思議な能力を持ってるわけではないと分かった。




 また数日後、雨が降り始める。曇天の空。あまり雨に濡れると体調を崩してしまう。少年はどこかに雨宿りできそうなところがないか、周囲を探す。


 すると丁度いい洞窟を見つける。少年はそこに身を隠そうと思ったら、


「あそこに洞窟があるぞ!急げ!」


「分かったから押すな!」


 先刻と同じ服装をした騎士達が突如として現れる。そのままその洞窟に逃げ込んで行った。


「ふざけるんじゃあないぞ……!」


 少年は今にも、奴らに殴りかかりにいきそうな、勢いだったがなんとか気をおさめる。


「俺が先に見つけたのに……」


 少年は仕方なく踵を返すと、別の雨宿りできる場所を求めて走り去っていった。



「どこにも見つからない」


 少年はどこを探しても、洞窟など見つからなかった。最初見つけていた場所が奇跡的にすぐ見つかっただけだったのだ。その事実が余計あいつらに対して腹立たせる。


 少年は、鬱陶しそうに雨粒を払う。服も肌に張り付き気持ち悪い。その上衣類が水分を吸って全身がズッシリ重い。いいことなどなかった。


 イラついた少年はそこでつい光子を出現させ、天にぶつけてしまう。そこで少年は目を丸くする。


「撥水していく?」


 雨粒が少年を避けるようにして、急に軌道を変え始める。頭上から足先まで少しも雨粒が、少年の体の部位に触れることはなかった。

 天を見上げる。するりと、反発するように少年の数センチ先に落ちる雨水を見ながら、


「なんだよ、こんなことにまで使えるのか」


 無表情ながらもっと早く知りたかったと少年は嘆いた。

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