第5章 絶望の底の決意

「な、何がどうなって!」


 驚愕し慌てふためく村人たち。しかし既にホールは包囲されており彼らに行き場はなく、嘆くだけしかできないでいる。


「なぜここに賊が……!隊長たちが……賊に負けた……?そんな……そんな」


 俺を殴りかかろうとしていた兵士も、目の前の出来事が信じられないと、目を腫れるまで何度も擦っている。


 お、遅かった……何もできずに!繰り返されるのか!?正夢だとでも言いたいのか!?


「うるさいわねぇ。ほら大人しくしなさい!」


 そう言って銃を手にかけたかと思うと、なんの躊躇いもなく一般人に発砲した。


 こんだけ高い人口密度で外すはずなく、タマはあっさりと一人の一般人の頭を貫いた。


「う、うわぁァァアアアア!!」

「あ、あなたぁぁあ!!!」


 さらに動揺する村人たち。完全に恐怖に支配され賊のペースに乗せられている。撃たれた者の死の突然さに……儚さに……涙して微動だにしない肩を揺する人もいる。


「動くなっつってんだよ!こっちも貴重な奴隷を減らしたくないの……殺されたくなきゃ大人しくしなさい!」


 銃を撃った奴の顔を見ると、口角が吊り上がっている。

 楽しんでやがる……こいつ!


 今度は天井に何発も発砲したところで、ようやくみんな、静かになった。


 パラパラと天井のカケラが地に落ち、塵が舞う。


「おいあまり、発砲するな。お前弾の予備なんて持ってきてないだろ」


「いいじゃない。これでやっと静かになったわね」


 この状況どうやって切り抜ければいいんだ……あんな狂人、これ以上刺激するわけにはいかない。とは言えこのまま大人しく奴隷になるわけには……!


「じゃあこのまま大人しく私たちに着いてきてね。言っとくけどあなたたちに拒否権なんてないよ。まぁ、あるとすれば……」


 女は下卑た顔をさらに歪める。


「反抗でもしてみたらぁ?奴隷になりたくないなら死ぬしかないわ。今を生きたい若者たちにとっては選択肢は二つに一つよね。ふふ、豚箱か地獄かなんて……あなたたちのような下民には贅沢な選択肢よねぇ」


「貴様、先ほどから聞き捨てならんことばかり!兵士たち!誇りを見せてみろ!」


「お、おう!」


 勇気を振り絞った一人に呼応して呼応して、全員が各々の得物を手に取る。


「いいや。守れないよ。君たちに守るべき人民は……」


 先ほどとは、別の賊が喋り始める。ずいぶん余裕を持った口調だ。兵士に剣を向けられてるのに賊は構えすらしない。


「ここには爆弾が仕掛けてある。一定時間経過後に起爆し村一帯を吹き飛ばすだろう」


 フフと不敵に笑って、腕を組む。


「ノロノロと僕たちに応戦してる間に、一人残さずドカン!……さ。一兵卒ごときじゃ僕たちに戦闘経験でも技術でも勝てないことはわかるでしょ?」


 爆弾!そんなものいつのまに……


 思い出されるのは、教会の上から覗いた時の記憶。確か兵士が教会だけでなく各避難所に設置していた物体。


 あれは、爆弾だったのか!

 つくづく大事なものを見落とす俺に辟易してしまう。


「ク、、クソォ……」


「そうそうそれでいい。大人しく連いてこれば手痛い目には合わせないさ」


 嘘だ!


 賊が振り返って前を歩く。


「早く着いてこい!」


 後ろにも前にも横にも俺たちを逃さない様、賊が囲んでいる。

 

「リ、リトリー……トーロス……」


「……今は、着いていくしかない。でも周りは見ておけ。村の外に連れ去られる前に突破する手口を見つけ出さなければ」


 俺たちはホールから連れ出されて、広間へとやってきた。


「ククク。思いの外容易く制圧できたな」

 

 それはそうだ。裏切り者の手引きなしじゃ、こうも簡単に捕まるなどありえない。


 教会の正門が開く。その先には馬車が待ち構えていた。


「さぁ、この馬車に一人ずつ乗れ」


 静まる人々。誰も足を踏み出そうとしない中、


 バン!バン!


 銃声が響く。

 またもや木霊する威嚇射撃。


「早く乗れって。このままじっとしててもいいことないよ。さぁ、勇気の一歩を最初に踏み出すのは誰かな?」


 さも愉快そうに高らかに笑う。底抜けの下衆だ。


「私が行きますよ。ですので乱暴にするのはやめなさい」


 そう言って前に出たのは院長だった。


「へぇ。神父様が態々……流石神に仕える方なだけあって、死んでも天国に行けるから怖くないってか」

 

「えぇ。ですので他のものに手を出すのはやめなさいと言っているのですよ」


「ケッ!こんな状況でも大らかなことで……」


 院長は塩らしく連行されて、監獄の様な鉄の檻を背負った馬車へと入っていった。


「次は誰だ?」


「俺が行く」


「お前がいくなら俺も」


 ダメだ。流され始めている。本当にこのままじゃ、何もチャンスは得られない。


 こういう時にも集団心理による団結力が発揮してしまい、一人が無事に乗り込めたなら自分が殺されるはずないとタカを括ってしまっている。


 名乗り始まるまでもなく、スムーズにみんな乗り込んでいく。


「フフフ。おや、もう満員。その馬車はもう出していいぞ。次の馬車を連れてこい」


 馬車が発車すると、間も無く同じ様な馬車が連れて来られる。


「はいご苦労〜。次にご乗車する方どうぞ」


 完全にふざけてやがる。油断はしてるだろうが……周りにも賊が……どこで仕掛けるべきだ。賊の輪を切り開けば包囲から抜け出せる。


 皆んながゾロゾロと連れ去られ、このホールに残るのは残りわずかとなった。砂時計の様に刻々と止まることのない流れで俺は一つ賭けに出ることにした。


 ……人もいい感じに減ってきた。兵士が村人を囲めばなんとか陣形が組めるほどだ。これで下手な動きをしても多少のリカバリーは効く。


 作戦の立案に集中する。

 十人を詰め込むと重量の限界が来るのか、十人乗ると発車しまた別の空いた馬車が来る。使い回しのペースから移動距離は短いことが分かる。馬の御者や立て髪の長さ、色、具合からおそらく間違いはない。9回ほどだ。おそらく村の入り口まで運びそこから鎖をつけるのだろうと予想する。どこに向かうかまではわからないが……チャンスは、一回。俺が檻に連れ出される時そして賊が檻を開けた時。馬を鉤爪で刺して逃走する。こいつらが油断してる今だから成立するのと馬の反応に依存する。かなり不安だがこれしかない。


「お前ら俺に一つ案がある。だから先に行っててくれ」


「え?でも」


「頼む」


 真っ直ぐ目で訴えかけると、どうやら俺の意思が伝わった様で、軽くうなづくと先に場所に乗って行った。


 俺も何食わぬ顔でそれに着いていく。うまく行くかどうか心臓がなかなか鳴り止まないが、俺はポーカーフェイスで賊に連行されながら馬車へ近づいた。


 まだ気づかれてない……出来ればもうちょいギリギリ。

 袖の中に隠したロープを重力と腕の振りによる遠心力で落として、手に持つロープの長さを調整する。

 賊が俺は馬車へと強引に入れ、扉を閉めようとした時、


 ──今だ!


 檻の隙間から右腕を出し、手首で器用にロープを前方に飛ばす。どの部位かわからないが馬の顔面に引っかかった。そのまま食い込ませるためロープを引く。


「ブヒヒーン!!ブルァ!!」


「な、何だ!?」


 馬が突然の痛みで暴れ、街道を猪突猛進し始めた。


「くッ、思った以上に激しい!」


 鍵の閉まっていない檻の扉が叩きつけられる様にして何度も開閉を繰り返す。


「リトリー!」


 俺がサドラルの差し伸べた手を掴むと、向こう側に引っ張ってくれた。


「ナイス!リトリー!ちょっとデンジャラスだけど脱出の希望が見えてきた!」


「止まれ!止まらんか!!うおおお!落ちる!!」


 御者をしていた賊は馬から転げ落ちて地面を何度も転がって、馬に置いてかれた。


「どこで止まるんだこの馬は!」


「待って!先に連れ去られた人が、鎖に繋がれそうになってる!院長もいるよ!」


 馬が轢かないか心配になるくらいの速度で村の入り口付近に突っ込んでいく。


「何だあの暴れ馬は!誰かがヘマしやがったな!面倒くさいな!」


 賊は暴れている馬の足を狙い銃の引き金を引いた。何発も乱れ撃ちその一発が命中してしまう。

 

「ブラヒヒヒヒーン!!!」


 馬が転倒すると、数秒摩擦で静止するまで地面を擦る。やがて動きが止まり振り回されていた俺たちも落ち着きを取り戻せた。が、それ以上に焦りが勝る。


「お前たち!やってくれたな!」


 目の前にナイフを振り上げた賊が迫ってきた。俺たちは身動きも取れずただゆっくりと感じる世界にしか身を置けずにいたが、後ろから


 パァン!


 と銃声が響くと共に、襲ってきていた賊は前方に力無く倒れた。


 誰の仕業かと硝煙が立ち上る方を見れば、銃を構えていたのはまさかの、


「院長!?」


「何を呆けているのです!?早くこっちに来なさい!」


 俺たちは急いで院長の下に駆け寄ると気になってしょうがない質問をする。


「院長、銃なんて何で使えるんだ!?」


「昔取った杵柄ですよ。君たちが注意を引いてくれたおかげで、賊がよそ見してくれましてね。気絶させて銃を拝借しました」


「す、すげぇ〜」


 まさか昔狩猟でもしてたのだろうか?並の一般人が扱える代物じゃないぞ!


「感心してる場合じゃないですよ!ここからは賊の動きも活性化してきます。多分そろそろ来ると思──」


 ドカーン!!!!


「ば、爆発!?」


「集会所の方だ!」


「あの爆弾を仕掛けたという話はハッタリじゃなかったわけですか……!多分まだまだ過激化するでしょうね!」


「え?そ、それじゃあ、あそこにいる皆んなは!」


「サドラルさん。最悪の事態は考えすぎてはいけません。あそこにいる人だって一生懸命賊に対抗してるはずです。今だけはお互い助かる事だけを祈っていなさい」


 院長も余裕がないのか、端的にいつもの小言を済ませると周りを警戒しだす。


 パン!パァン!


 ところ構わず鳴り響く銃声。もう奴隷がどうとかじゃなくなっている。勿論連れ去られた人も大勢……むしろ俺らの様に連れ去られなかった方が少数派だろう。ここからは賊ほ殺人欲求を満たすだけのための虐殺劇の始まりだ。


「そこのお前ら!銃を渡せ!」


「これはこれは兵士さん。ご無事で何より」


「そんなこと言ってる場合か!お前らなんかじゃ扱えねぇだろ!さっさと渡せ!」


「いい加減にしろよ!賊に囲まれた時日和見でビビってたくせに!院長の方が倍は頼りになるわ!」


「いいですよ。トーロス君。ここは本業の方に頑張ってもらいましょう」


「へ!分かってんじゃねぇか!爺さ──」


 院長が兵士に銃を手渡そうとした時、後ろから兵士が撃たれてそのまま事切れた。銃を持とうとした手がするりと抜け力無く落ちる。


「チッ!メチャクチャだ!戦場と変わんねぇぞ!」


 どこから飛んでくるかもわからない、弾に恐怖しながら場を探さなければいけないのだ。こんな銃が雨嵐の様に舞う中心で生き残ろうなんて無茶な話だ!


「院長!どっか避難するとこないのかよ!」


「室内こそ危険ですよ。どこに爆弾が仕掛けられてるか分かったもんじゃない」


 言いながら、銃を撃ってきた方角に瞬時に対応し、弾を撃つ。


「後ろも前もあったもんじゃないな。それよりここにいる大勢の村人たちも、こんなところにいちゃ的が大きすぎて危ない。ばらけた方が……何!?」


 建物の裏に身を潜めている賊が手に何かを握っている。

 手榴弾か!?ピンも抜いてある!?投擲する気か!?


「お前ら左右にばらけろ!手榴弾が飛んでくるぞ!!」


「ヘッ!もう遅い!」


 眩い閃光。火薬。プラスチック。

 爆発の衝撃で体が遠方に吹き飛ばされた。


「グフッ……くそ!皆んなは無事か……」


 俺がこの程度で済んでいたから皆んなも無事……なんて甘い夢だった。


 うつ伏せで見えないが……隙間から見えてしまった。腹部の肉が爛れて血まみれになっている人がいる。


「リトリー!また来るぞォ!」


 トーロスの声に反射的に飛び退いたところには、銃弾が降ってきた。多分あそこにいたら足がやられて身動きが封じられていただろう。


 不謹慎というか人情がないとかそういう話ではないが爆発に巻き込まれた人のことなんて気にする余裕がなかった。ただただ生き延びるのに精一杯なのだから。


「賊は完全俺たちを殺す気だ。叛旗を翻した事がよほど気に食わなかったのか」


「いえ、あちらはもとより殺す気ですよ。彼らには怒りより快楽に身を委ねている節を感じる……どうせ村人全員を奴隷にする気なんかハナからなかったんですよ」

 

「ウワアアアアア!!!」


 この地獄に耐えきれず半狂乱になって、賊に飛び出した者もいた。我を忘れてやけになっている人が半数。


「やめなさい!鋼鉄の脚を持った象に蟻が立ち向かうようなものです!数で押せばいいなんていう単純な話じゃ」


「知るかアア!村がこんなメチャクチャにされて……!こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったんだぞ!!俺の妻や子供まで……クソがァアア!!」


 賊は微笑を浮かべながら、後退すると棒のようなものを引いてライフルを構えて引き金を引き撃つ。それを繰り返し易々と対応していた。


「グハァ!」


「あーあ。大人しく奴隷にならないから……ここで反抗するより生き延びた方が叛逆のチャンスはあったんだよ?まぁそっちが先に棒を振ったんだからね。白旗つけてももう遅いよ」


 鮮血が飛び散り、賊の顔かかるもそれを舐めとり笑みをさらに深めた。


 そこでついに……一際大きな爆発が……そう爆発音の方向に恐る恐るぎこちなく首を動かし振り返れば……


「教会が……!あの野郎共!!!」


「待て!トーロス!!あの人達の二の舞になるぞ!!」


「許せるかよ!人の命をゴミ同然に粗末にする下衆どもが!!何も残らないくせに!全てを奪っていって!!」


「目の前が見えないわけじゃあないだろう!」


「臆病者のリトリーはそこにいろ!薄情者が!」


 トーロスの腕を掴み、何とか制止する。何度も頭を掴み振り払おうとしてくるがここで離すわけにはいかない。


「勝てるとでも思ってんのか!死にに行くことが勇気だと思うな!お前の蛮勇が村を救えるか!?救えない!生きる方が奴らの首元に近づく最も最善な選択だ!」


「お前はよぉ!そうやって達観してまるで他人事みたいだな!悔しくないのかよ!まさかこれが現実じゃないとでも思ってんのか!?」


 トーロスの言葉が胸に刺さりハッとする。俺はこの状況をある種予見できた。超常的な力か、偶然か夢に現れたから。一度知ったことでそれ以上の絶望は感じないと、また大丈夫だろうと心の奥底で思っていたのかもしれない。でもこいつらは違うんだ……


 俺は何も言い返せずにただ唇を固く閉じていると、


「やめなさい二人ともこんな時に。手を取り合うことすれ喧嘩など言語道断です」


 院長の言葉に重みを感じてただ押し黙っていると、厳格さを感じる声でこういった。


「皆さん。教会が爆発したということはもうあそこには誰も残ってないでしょう。少々危険ですが誰にも見つからずに済めば……爆発に巻き込まれないところがあります」


「え?」


 疑問符を浮かべる俺たちに院長は変わらず答える。


「教会に地下倉庫があります。元々日の当たらないところでワインなどを熟成していた部屋なんですが、撤去されまして……その一室が隠されていたのですよ」


「私と兵士さんでみんなを囲って移動します。銃は襲ってきた賊から奪ってください」


 俺を含め村人たちは円い陣形をなし、その円周に兵士たちが立って移動する。


 俺は最前列から二番目の院長の後ろにいる。


「でも院長。そんな部屋があるならどうして最初から教えてくれなかったんだよ?」


「知らなかったとは思いますが、地下室への入り口付近に兵士が立ってたんですよ。それに流石に教会にいた全員は収まりきれませんし。もしも賊が攻めてきた勧告があれば、子供や老人を優先して隠れるように促すつもりだったんですが……予想よりも展開が早くてですね……今となっては言い訳にしかなりませんが機会を逃してしまったんです」


 苦々しい弁明を聞くとどうも言い訳という感じではなかった。院長にも院長の事情があったのだろう。



 襲ってくる賊を銃で撃退しつつ教会までやってきた。村の入り口に逃げた方が近いのに教会まで来ると怪しまれそうだが……村の外からの激しい銃撃と共に賊に襲われ撤退するしかなかったようにもとられるだろう。実際後ろからの猛攻はあったし賊も村の外には出さないように立ち回っていた。


「院長殿。教会の入り口は我々が守ります。皆さんを連れてお先にお入りください」


「……ありがとうございます。では任せました」


 俺たちは兵士を残し教会に入ると、確かに誰もいなかった。


「暑っ!」


 辺りは燃えていて、内装も変わり果てている。


 院長は俺たちを連れて徐に広間の階段を登り、台の上に登壇する。祈りを捧げる天使の翼のようなものが生え、上品な布を纏った象の元に向かう。


「誰かこれどかすの手伝ってください」


「え?でも神像に触ると祟りがって……」


「そんなのないです。早くしなさい」


 教会の神父がそんな雑でいいのかと思いつつ、像を手で押し倒す。すると、


「爆発のおかげで簡単にどいてくれましたね」


 院長は像の下にあった金属製の重そうな蓋を持ち上げると、そこには確かに倉庫のようなものがあった。表面だけは木でカモフラージュされていて取っ手も小さい。年寄りなのに力持ちだと感嘆する。


「では、皆さん兵士の方が見張ってくれてるうちに入ってください。燃え盛っている足元にお気をつけて」


「ふ〜生きた心地がしなかった!早く行かせてもらうぜ!」


 村人の一人がその声を皮切りに怯えた足取りで地下へと向かった。よほど早く逃げたかったのだろう。しかしおかげで滞ることなく皆んな地下へ降りて行った。


「さて、あとはあなたたちだけですよ……」


「院長も入ればいいのに」


「私は戦力にならないのでしょうか?最後まで皆さんを安全に送り届けるのも神父の役目です」


「偉いこって」


「そういうことならお先に」


 トーロスとサドラルも俺に手を振り、先に入っていった。


「あとはあなたと兵士だけですね」


「兵士の人に中に入っていいって伝えてくるよ」


 俺は台座から飛び降り、取れた扉まで向かう。


「アンタらも入っていいって……」


 しかしそこで見たのは、


「ありゃ?こんなところに子供が……」


 俺は、飛び退き反射的に構える。

 おい、なんで賊が!兵士たちも多分やられて……!


「こぉんなところで何やってるのかにゃ?」


「またお前か!厄介なやつめ!」


 夢の中の賊!くそ!何の縁があると言うんだ。


「そんな飛び退かれると悲しいな。こっちにおいでよ。お仲間の元へ連れて行ってあげるからさ」


 ジリジリと近づいてくる賊に俺は後ずさる。


「リトリー君!伏せなさい!」


 院長の声に体を屈めた瞬間、銃声が響き賊の手に当たった。


「外した!こんな時に!」


「いってぇ!!ふざけんなクソジジイが!!」


 怒りの表情で怒声を腹の底から搾り上げる賊。ふと、我に戻ったのかまた元の口調に戻る。


「おっと。何でも何でも……忘れてちょうだいね、今のは!ただほんの一瞬悪魔が宿っただけだから……それより爺さんいい腕してんね」


「仲間を奴隷にするだけでなく、こんな殺戮を行うことに何の意味がある!」


「は?楽しいからに決まってんじゃん!私は常にラブリーでエンジョイな人生を送りたいの!でも君たちが余計なことしなければ…奴隷に落とせる人も殺しちゃったんだよ。私たちもギャラが減るしあんた達も死ぬしいいことないと思うのに……あんたの間違った判断が死ぬ謂れのない村人を殺したのよ」


「クズが吐くゲロに興味ねぇよ。いい加減口閉じろドカスが」


「あらま?お口の悪い子供ね。教育が足りてないんじゃないの?」


 実際俺のやってきたことが正しいのか、俺のいらないことのせいで死んでしまった人も大勢いるのではないかと、罪悪感が募る。


「行くわよ!」


 院長からの銃撃を躱しながら、突っ込んでくる賊。


 まずい!俺は咄嗟にしゃがんで回転し、賊が落とした銃を拾いに行く。


「これで終わりだな!」


 俺は院長がやってたことを真似して、ボルトとか言うやつを引き、引き金に手をかけた。


 パァン!


 鳴り響く音。しかし、賊は平然と院長にナイフを投げていた。奴の背に傷跡がない!不発!?


「ごめんね僕。それ弾切れなのよ」


「くそ!」


 院長は、肩口にナイフが掠り、修道服が若干裂けている。


「さっきからそこを動かないわね!そこに何か隠してあるのかしら!?」


 まずい!そこだけは死守しないと!


 院長は、その場から動かず賊の懐から取り出したナイフを腹部で受けた。


「グフ!」


 口から吐血し、修道服なじわじわと血糊が広がったいく。尚もその場から動こうとしない。


「院長!貴様!!」


 俺は鉤縄を取り出して、賊の足を絡め取ろうとしたがジャンプで躱される。


「あっぶないな!ってうぼぇ!」


「足元がお留守でしたので」


 院長は腹部を押さえながら強烈な蹴りを賊に喰らわせた。

 俺は先ほど院長がナイフを受けた際落とした銃を拾い上げ、賊に照準を合わせる。


「ハア……ハア……これで本当の終わりだ」


 賊に一歩ずつナイフの間合に入らない位置に近づいていく。


「それ銃弾が詰まっているのでしょう?攻防が止み冷静になった今の貴方に撃つ覚悟があるのかしら」


「負け惜しみかよ。さっきゲロと言ったが今のお前が吐くのはゲロ未満だ。形容もできない異形に成り果てたな。醜い汚物」


「ははは!?ほんとに!?ほんとに撃てるのかしら!?手が震えてるわよ。そんなんで本当に私に当てられるの!?」


「脳震盪で視界がブレているようだ。これのどこが震えてるんだ」


 強気だが実際この手で賊を撃とうと言うのだ。初めての殺人。教会育ちの俺には正直怖くて仕方ない。

 が、こいつにかける情けはない。


「じゃあな、害悪」


「ま、まじ!大まじで撃つ気!信じらんないこのガキ!」


 倒れた体勢から飛び出してナイフで狙ってくる。それを大口開いた奴の口の中に銃身を突っ込むことで相手を怯ませ制止させる。


「そっちから突っ込んでくるとか馬鹿じゃねぇの。おかげで絶対に外さなくなったぜ」


 震えてても照準なんて関係ない。俺はただ引き金を引くことだけ考えればいいのだから。


 パシューン!


「こいつを殺すのは二度目か……どっちにしてもあまりいい気分じゃない……」


 後ろから台を降りず院長が話しかけてくる。


「人を殺してみてどうでしたか?リトリー君」


「舐めなるなよ。俺がこんな下等に落ちるとでも?全然スッキリしないね、失った人が帰ってくるわけでもない」


「貴方はちょっと嘘つきですね」


「は?」


 改めて院長を見ると止血しておらず血が袖から漏れて失血している。


「ていうか院長!止血しろよ!そのままだと失血死してしまうぞ!布かなんかで傷口を縛らないと……その前に消毒も」


「こっからなんか騒ぎがするぜぇ!見に行くか!お前らもこい!取り逃した奴らがここにいるかもしれねぇ!」


 教会の遠くから、賊の声が聞こえてくる。俺は慌てて地下の入り口へ続く梯子を掴んだ。


「まずい!隠れないと!院長も早く地下に……」


 ──笑っている。院長は優しく朗らかに、厳格な神父でなく、一人のおじさんのように。


「な、何笑ってんだよ」


「跳弾した跡もあれば銃声も彼らに聞こえたでしょうね。それに彼女には残虐で無慈悲な殺害による銃創もできている。交戦したことが丸わかりですね」


 ここで俺が戦闘の跡を残してしまったことに気づいた。俺は後のことを考えず自分の感情に則って殺害した。恐慌状態に陥った賊を無力化するのにもっとやりようはあったのに。

 

「謝らなくていいです。だからそんな顔しないでください。止めなかったのは私ですしね。ただここを彼らに悟らせないのも私の最期の役目です。貴方は先に逃げていなさい」


「そ、そんなこと!」


「貴方は貴方にしか分からない何かを知っている。何かに気づいている。私にはそう見えるのです。トーロス君やサドラルさんも薄々勘付いていたようですが……貴方は先へと繋がるものを持っている。ならここで死ぬわけにはいかないでしょう」


 院長は蓋を掴み閉めようとしている。院長は中に入らずに……


「そ、そんな!院長も一緒に!」


「ダメですよ。貴方の尻拭いは私の責任です。そう、監督責任。彼らを引きつけて遠くに行きます。くれぐれも騒いだりしてここにいると分からせないように」


 院長はここにあるたくさんの命と引き換えにどこかに行こうと言うのだ。俺のせいで……俺のせいで……


 そんな俺の考えを顔から読み取ったのか首を振り否定した後、柔和に笑いかける。


「ここには貴方が守った命がある。その貴方にしかない行動力で最後まで責任を持って彼らを守り貫いてみなさい」


 俺の頭をそっと撫でる。


「貴方の血が巡る限り、貴方は一人じゃない。一縷の望みも、わずかな希望も全て貴方のものです。どんなに世界が暗くても掴み取ってみなさい。彼らの……そして貴方自身の未来を。私はそのためなら喜んで礎となります。だからどうか──」


 院長は遂にその蓋を閉めた。悲しげを微塵も感じさせることなく笑顔で。


「──お元気で」


 院長は最後の最後にただの……でも溢れるほどの気持ちを込めた最期の別れの挨拶を告げた。


 その後俺に聞こえたのは、遠ざかる足跡、遠ざかる銃声、遠ざかる叫び声、そして賊の甲高い歓声のようなものだけだった

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