長十郎VSダニエル
「当流派では他流試合は禁じておりません」
道場の出入口の方から声がした。
三人がそちらを向くと、そこには一人の男が立っていた。上半身には白い道着をまとい、下には黒い袴を履いている。白髪交じりの頭髪はキッチリ七三に分けられている。
「久しぶりだね長十郎君」
彼は僕の方を向いて、笑顔と共にそう声を掛けてきた。そうしてその後トキネさんとダニエルの方を見て
「師範代の岩崎次郎です」
と名乗った。
「ああ、僕の方からも紹介させてもらいますね。父のいとこで岩崎さんです」
そう言ってから岩崎氏にも挨拶をする。
「次郎おじさんご無沙汰してます。今日は道場を使わせて頂いてありがとうございます」
「いや、どうせ土日と夜以外は使ってないからね。今日は仕事が早く終わったんで、たまたま掃除がてら寄らせてもらっただけだよ。丁度他に来客予定もあったし」
次郎おじさんは僕にそう言うと、今度はトキネさん達の方を向いて話を続ける。
「あなた方が昨日長十郎君が話していた方々ですね。私も稽古の方を拝見させて頂いてよろしいでしょうか?」
「別に私たちは構いません。逆に今日は道場の方を使わせて頂いてありがとうございます」
そう言ってお辞儀したトキネさんに続いてダニエルもお辞儀をする。
「北原さん、師範代には何と説明されたんでしょうか?」
トキネさんが僕に聞いてくる。
「いや、剣道十段柔道十段の達人が、元米軍特殊部隊の人間に稽古をつける場所を探していると…」
自分でそう言ってから、そりゃ仕事を早引きしてでも様子を見に来るだろうなと合点がいった。
「ただ、他流試合が禁止でないのなら、まずは北原さんとダニエルで手合わせをしてもらおうかと思います」
トキネさんは言う。いや先ほどからそんな話をしているが、僕とこのアメリカ人で勝負になるはずがない。
「トキネさん、相手になるわけないじゃないですか」
僕は思わず口に出してしまった。
「そうですか?ダニエルも結構鍛えているようなので、いい勝負になるんじゃないですかね?」
いや、そうじゃないでしょうと、心の中で苦笑いをする。
「私が立ち会いますから、二人とも中央の方に来てください」
そう言ってトキネさんは道場の中央に立つ。僕とダニエルは対峙する形で向き合った。
ダニエルは道着姿だが、僕は完全に平服だ。ただこのところのお気に入りは作業着屋さんが発売した、ストレッチの利くパンツなので動くことに支障はなさそうだ。
二人で始めに礼をする。ダニエルは武道経験者らしいので、そのあたりの作法は心得ている。
「始め!!」
トキネさんの声が道場内に響く。
先ほどの型とは違って、僕は中段に構えた。刃先が真剣であれば足元への攻撃も有効だと思うが、模造槍である限りは突き技を使わない事には動きは止められないと思ったからだ。
ダニルの方は両腕の肘を曲げて前に構え、組み手争いをする柔道選手のように軽く連続して跳ねている。
ダニエルの方は素手ではあるが、僕の方は短いと言えども槍を構えているので、間合いはこちら側のものになっている。
この距離では先にダニエルはこちらを攻撃はすることはできない。素手では遠すぎて、踏み込んでこない事には攻撃が届かないだろう。逆にこちらからは攻撃範囲内なので僕は試しに正面から一突きしてみる。
「とうっ!」掛け声を出すのは剣道と一緒だ。ダニエルは無言でそれを横にかわす。
すぐさま僕は突き出した槍を一旦引くと、ダニエルの動いた方へもう一突きする。横に動いたとたんにもう一突きされたので、ダニエルは今度は後方に大きく下がってそれを躱した。
「確かに間合いが大きいので素手だと近づきにくいですね」
ダニエルは呟く。
「試合中の私語は禁止ですよ」
トキネさんが言う。
一旦二人の距離が開いたところで、今度はダニエルは体を左右に動かしながら、そうジグザグに僕との間合いを詰めてきた。
しかし当然の如く彼の間合いに入る前に、槍を持つ僕の間合いとなる。今度はダニエルがこちらに向かってくることもあって、カウンター気味に突きを出す形になった。
ダニエルは槍の先端が体に到達するまえに横から手のひらで払ってそのまま前に出て、掌底を僕の顔面に向けて放つ。それはギリギリのところで寸止めされた。
「止め!!」
トキネさんの声が響いた。
僕とダニエルは開始の位置に戻って立って、お互いに一礼した。
「ほらやっぱり相手にならなかったじゃないですか」
僕はトキネさんに向かってそう言った。トキネさんはその僕の発言には反応せずに、ダニエルの方を向いて
「ダニエルはどう思いましたか?」と聞いた。
「最後の突きは躱せそうになかったので、とっさに手で払ってしまいましたが、これが本当の槍だったら…」
ダニエルはそう答えた。
「北原さんはダニエルが槍の先端を払おうとしたときに、槍を90度回転させましたよね?」トキネさんにそう聞かれて僕は答える。
「相手が横から刃先を払いに来た時は、刃の向きを横にするように教えられています」
「ですよね。両刃だったら払った手の方がスッパリいくでしょう。止められずにそのまま相手を突けたかもしれない」
トキネさんはそう言った。
「なのでこれが本物の槍だった場合を考えると、どちらが勝ったとは判定しがたいわけです。古武術は剣道や柔道の様にルールが統一されているわけではないので、勝負の判定がうまくつかない。なので他流試合を禁じているところが多いんです…ですよね岩崎師範代」
トキネさんの言葉に師範代は大きくうなずく。
「元々古武術はスポーツでは無くて、相手を殺す為の技ですからね。実際の殺し合いであれば勝敗は簡単です。死んだ方の負けですから。でも今の世の中では本当に殺し合うわけにもいかないので、実用性が分からなくて廃れていってしまう…」
トキネさんはそう言って哀しそうな眼をした。
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