第87話 最後の一人

 最後の四賢者はトキネの予想通りの人物だった。

「久しぶりだねミス小佐波。百年てことは無いよね。大戦のあとにも会ったし…。最近うちのダニエルがお世話になっているんだってね」


「王(ワン)はともかく、あんたもまさか武闘派だったとは思わなかったわよ。ただ長生きなだけの金持ちのじじいだと思ってた。それで今度はその正体は誰なわけ?」


 そう、トキネの目の前にいる人物は、世間ではアメリカ在住の投資家として知られているドナルド・ソロスその人だった。


「君は世界史は得意じゃなさそうだから分からないかもしれないが、教科書などにはアレクサンドロス三世と表記されている。アレキサンダー大王と言った方が通りはいいかもしれないけどね」


「みんなして私の事馬鹿にしてるでしょう。ま、確かに良く知らないけど…昔のギリシャの王様だっけ?」トキネにそう言われてソロスは両手のひらを上に上げて、お手上げのポーズをした。


「まぁ、詳しくは後で本でも読んでみればいいよ。あんまり本当の事は書いてないけどね」

「で、どうするの?戦うの?」

「もう今更いいんじゃないかな。でも僕も素手だと結構強いんだよ。パンクラチオンとかピュクスって知ってるかな?」ソロスの言葉にトキネは首を横に振る。


「今でも続いてる競技じゃないからな。でもレスリングやボクシングは近いと思うよ。ま、それはいいや。今まで正体を黙っていたお詫びに僕の知っている事ならなんでも答えるよ。これから会うだろう下にいる彼はちょっと世間には疎いところがあるからね。彼との付き合いは四人の中では僕が一番長い。まぁそれでも最後に残った疑問は彼に聞いた方が良い」


「彼っていうのは?」

「なんでも外から来た存在らしいよ。どこからって説明されても僕らじゃ分からないから聞いても無駄だね。乗り物じゃないけど彼を運んでいる存在が何万年か前に宇宙でバラバラになったらしいよ。目的地は地球だったから、それから破片が時間差で地球に到達してるんだってさ。一番でかい破片が落ちたここが拠点になったらしい。君が不老になったのもその破片の一つの影響だろうね」


「その彼ってのはともかく、あなたたちはここで何をしてるの?」

「彼はここから出られないらしいから、彼が外でしたいことを僕たちが色々と助けてあげてるんだよ。その代わりってわけでもないけど、不老になっているというわけ」


「その彼っていうのは地球には何しに来たの?」

「この言い方が相応しいかどうかが微妙だけど、僕らの言葉で言えば観察しに来たって事らしいよ。彼は特に強い意識を持っている人間という存在に興味があって、生物としての能力と意識が高まる戦闘時のデーターがかなり面白いらしい。だからこうやって四賢者の補欠候補をここに呼んでは戦いを観察してるんだってさ」


「彼はいつまでここにいるつもりなの?」

「よく分からないけど、まだまだ全然可能性の蓄積が足りないらしい。彼にとっては時間や事実というものは割とどうでもいい存在で、意識とか可能性というものが重要なんだそうだ」そこまで明後日の方向を向いて話していたソロスは、そう言ってからトキネの方を見た。


「僕が君の血筋でもある吉森大臣が推奨しているIT大学構想を潰そうとしているのを、君は良く思ってないんだろう?なんとなくダニエルから聞いているよ」

「それは百人委員会の指図じゃなかったの?」


「あれって僕が立ち上げたようなもんだからね。彼が言うには今の日本で高度なIT教育が網の目状に施されると、本来ふるい落とされるはずだった才能がすくい上げられる可能性がある。そうなるとちょっと人類にはまだ早すぎる真実にたどり着く可能性が出てくるらしい。だから日本においてはIT教育は遅れていて欲しいんだそうだ」


「その彼とかのせいで日本は30年も出遅れちゃったわけ?」

「いや、そんなに激しく妨害してるつもりはないよ。一応反対方向の力は加えるけどさ、まあそれでもどうにかなっちゃったらそれはそれで仕方ないとも彼は言っている。でも日本て国はいつまで経っても自分で自分の首を絞めているみたいだから、もう放置しといていいんじゃないかって僕は言ってるんだけどね」

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