第88話 彼
「まぁその話はさておき、君も僕らの仲間になってくれるのかな?不老は既に手にしてるけど、ここで色々な猛者と手合わせできるってのは君にとって魅力的だろう?」
「そこは物凄い魅力的なんだけど…」そう言ってトキネは悩んだ顔をした。しかし道着の裏に縫い付けたお守りの存在を思い出すと首を横に振った。
「遠慮しておきます」
「招待しておいて僕が言うのもなんだけど、じゃあ君は一体何をしにここに来たのかな?僕が招待状に名前を連ねていた時点でなんとなく分かってたでしょう?」
「返してもらうために来ました」トキネはそう答えた。
「返す?」ソロスは不思議そうな顔をしている。しかししばらく考えたあと何かを納得したようだ。
「…なるほど。それについては彼に会って直接話してみると良い。じゃあまた外で会おう。人生の残り時間には制約ができてしまいそうだから、近々君の店にコーヒーを頂きにでも伺うよ」そう言って彼はトキネの視界からも意識からも消えていった。
最後にトキネが辿り着いた層には何もなかった。暗くて何も視認できないのだが、それは闇では無かった。しかし光も無かった。それもそのはずで見ているのではなく、ただ感じとっているだけなのだ。見えないだけではない。五感を通じて入って来る情報は全くない。それ以外の部分でダイレクトに感じているのだ。そうして自分の存在とは別の存在がそこにいることも感覚的に分かった。口に出して話す必要は無い。意識の中で彼との会話は可能だった。
「ソロス…アレキサンダーから大体のところは聞きました。あなたも全て聞いていたんでしょう?今日は返してもらいに来ました」トキネがそう思考すると、彼がそれに呼応してきた。
「君たちはみんな不老という物に強く執着していると思っていたんだけども、君はそうではないんだね」トキネの中に入って来る彼の意識は、言語化すれば先ほどのソロスの口調と似ていた。それは一番長い付き合いだという彼の影響を受けているのかもしれないし、トキネにとってはそう感じとれるというだけの事かもしれない。
「昔は老いや死という物をネガティブなイメージでとらえていたこともありました。上にいた方々に比べれば、私はまだまだ人生経験は少ないかもしれません。でもそれなりに長く過ごしてきて分かりました。老いも死も人間という存在においては、とても重要な要素なんです。そのことが理解できたのは、この体にしてもらったおかげかもしれません。そう言った意味ではあなた?には感謝しないといけませんね。でも今は私の大切なものを返してもらいたいと思っています」
「私の存在と影響によって、意にそぐわない時を過ごしてきたなら誠に申し訳なかった。しかし感謝すると言ってもらえるならば気が楽になる。四人はがっかりするだろうが、君を本来の状態に戻すとしよう。私を運んできたモノ……私たちは肉体というものを持たないので、君たちがイメージできる表現をとるなら私の存在と意識を纏った系外由来の隕石といったところだろうか。その地球に落下した破片の影響で、君の中の細胞が分裂するときに寿命を左右する変化が、全て片方に寄ってしま…」
「あ、友人にも聞きましたが、その話はよく分からないからいいです。あなたもこんなところに引きこもっているのは退屈でしょうから、出て来れたなら一度私の店にでも遊びに来てください」そう言ってトキネは心の中でウィンクをした。
彼女の意識がそこに留まっていたのはそこまでだった。
「私の存在は破片と共に散らばったので、君の中にも存在してしまってるんだけどね。その部分は切り離してこれからは君と共に時を重ねていくことにするよ」彼に独り言という物が可能であれば、トキネがそこにいなくなってから、そのように話したことになる。
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