第86話 トキネVSマクベイン

 マクベインが念じると、右手には一振りのレイピアと呼ばれる細身の片手剣が、左手にはダガーと呼ばれる小ぶりの短剣が現れた。


「二刀流ですか?」トキネがマクベインに聞く。

「現在の競技フェンシングでは長剣のみを使って戦いますが、以前実戦においてはこのようにとどめを刺したり、攻撃を受けたりする短剣を同時に持つことが普通でした。最も銃火器が使われるようになってからは、そのような流儀作法は忘れられて行きましたが…」マクベインはそう説明した。


「あなたはその一本の日本刀だけで宜しいんですか?日本には以前宮本武蔵という二刀流の達人がいたと聞いています」

「日本刀はとても重いんですよ。基本両手剣で、二刀を使うには物凄い筋力が必要になります。か弱い女の私には無理ですね」トキネはそう答えた。


「か弱いかどうかは別として…了解しました。それでは始めるとしましょうか」そう言ってマクベインはレイピアを右手に持ち半身で体は左に向けて、やや後ろに引いた左腕でダガーを構える。対するトキネは先ほどと同じく晴眼の構えを取っている。

 少しずつ距離を縮めていく二人の、剣先が触れるか触れないかの所で、マクベインが一歩踏み込んでレイピアでトキネを突いてきた。トキネはやや左に後退しつつ体は斜め右に向ける。突きを躱したところでマクベインの突き出た右手を狙って、やや直線的に刀を突き出す。突きを躱されたマクベインの右腕はトキネの剣先を躱しながら弧を描いて、再びトキネの方へと振り下ろされる。それをトキネは今度は真後ろに下がって躱した。


「フェンシングと言っても刀身はしっかりしているし、突き技だけではないんですね」トキネが言った。

「レイピアは付け根の方は太くなっていて、相手の剣を受けることもできますし、振っても相手の骨の手前ぐらいまでは切り込めます」

「ふむ。日露戦争でも剣での切り合いにはならなかったので、洋剣と相対するのは新鮮ですね」


「しかし突き技が主流というのは、確かに現代のフェンシング競技と一緒です」そういうとマクベインはまた突きを繰り出してきた。先ほどと違うのはトキネがそれを躱す度に一度ひいてはまた突くという動作を繰り返してくるところだ。その攻撃速度はどんどんあがっていく。トキネはそれに対して身を左右に振ったり、手にした刀で横に払いながら避けていく。ある程度連続した攻撃が終わったところで、二人はまた距離をとって構えなおした。


「おかしいですね。この速さはサタジットでもなければ普通の人間には避けられないはずなんですがね。同じ日本人ではミスター義経にも躱されます。あなた達もサタジットのように何らかの特殊能力をお持ちなんですか?」

「多分私も義経も、相手の攻撃を知覚してから避けているわけではないので思考加速は必要ないんです。体が勝手に回避行動をとっているだけです。それが修行と鍛錬の成果です」トキネはそう言って、一旦刀を右手片手に持ち直して横に振った。それからまた両腕で握って中段に構えなおす。


「あなたの修練も相当なものですね。見たことのない速さです。ただ、剣の見た目と同じく攻撃がやや軽いようには感じます」そう言ってトキネは、今度は日本刀を垂直にまっすぐ立てて、中段から八相へと構えを変えた。


 八層の構えは一対一ではなく、乱戦の時に振りかぶる動作を省略して、効率よく相手を切りつけていくための構えだ。

「薩摩示現流をパクらせて頂きます」そう言ってトキネは少し刀を上部に上げると、マクベインに斜めに切りかかった。


 それをマクベインは右手に掲げたレイピアで受ける。が、トキネの日本刀はそのレイピアを真っ二つに切断した。しかしその後レイピアの下に差し出されたダガーの柄の部分に当たって、刀の軌道はようやく止まった。


 刀を受け止められてトキネは一旦後退した。

「なるほど短剣の方はそういう使い方をするんですね」


「いえ、今レイピアの方も結構根本の方で受けたので、普通は切断できないはずなんです。苦し紛れです」

「代わりの剣を出す間お待ちしましょうか?」トキネはマクベインにそう聞いた。

「相手に剣を折られて、休憩を挟んでもらうというのはデュエル(決闘)のマナーに反します。どうぞ先にお進みください。そう言ってマクベインは、また先ほど会ったときの様に、軽く頭を下げて会釈をした。

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