第76話 逆転
二週間たったその日、また『乃木坂』にはトキネさんの他、僕とダニエル、草壁さんの四人が顔を揃えていた。四人でテーブル席に座っている。テーブルの上には先日とは違う週刊誌が開いて置いてある。
「これが二週間の成果ですか…」そういうトキネさんの眼前に開かれたページには『吉森大臣のイケメン教師時代』と書かれていた。そうして大臣の若い頃の写真が大きく掲載されていた。
「良い話よりも悪い話を大衆は好みます。ゴシップやスキャンダルは特に受けますが、例外があります。特に女性誌においてはイケメン話です。吉森大臣は小学校教師から40歳ぐらいの頃に政治の世界に転身しましたが、二世議員でもないし若い頃は特に目立つ存在でもなかったので、彼がイケメンであったことは世間にはあまり知られていません。表に出てきたときには中年でしたし…」
「それが先日の記事とどう関係してくるのかしら?」
「贈収賄という見出しですが、内容を読めば少額の講演会料を収支報告していないだけって分かりますよね。しかし一応話題にはなったので、このタイミングであればこの下らない話でも充分記事になる。前に大臣がトキネさんの血縁者だって聞いて少しだけ調べました。予想通り若い頃はかなりのイケメンでした」そう言って僕はトキネさんの顔を見た。目が合うと彼女はまた紙面に視線を戻す。
「でもイケメンだったってだけでは、見開き記事で終わりです。本ネタは次のページです」そう言いながら僕は週刊誌のページをめくる。
『恩師の心に残る言葉』というサブタイトルで、今売れに売れている小説家の釜本伊都子のインタビュー記事が出ている。
そう、吉森氏は小学校教師時代、福岡の国立大学付属小学校でも教鞭をとっていた。その教え子の中に釜本伊都子がいたのだ。しかも自分が文章を書くようになったのは彼の影響が大きかったと語っている。特に感銘を受けた言葉は『実るほどこうべを垂れる稲穂かな』だったそうである。
「照ちゃんが一時期福岡にいたのは知ってますが、教え子に釜本伊都子がいたなんて話私も初耳です。どうやって調べたんですか?」トキネさんが聞く。
「私も全然知りませんでした」草壁さんも頷く。
「釜本伊都子は自叙伝的なエッセイかなんかで、何度か話には出していたようです。最も僕も知らなかったので、過去の写真と一緒に他にネタは無いものかANYさんに探してもらって気が付きました。あ、MORA…田村さんにも手伝ってもらいました」
「これで先日の贈収賄騒ぎのマイナス分ぐらいは取り返せますかね…」トキネさんが言った。
「大丈夫です。大学時代からの友人の伝手で、週刊誌記事の他に昨日から、SNSのインフルエンサーにも同じ話を扱ってもらってます。こう言う話のメディアミックスは週刊誌先行型か、又はその真逆でネットで火のついた話題を、マスコミが取り上げるという形が普通ですが、完全に同時進行で広げてもらってます。もちろんANYさんとMORAさんにも協力してもらっているので、テレビで取り上げられるのに一週間はかからないでしょう」僕はそう言って得意げに胸を張って続ける。
「もちろんこれだけでは大臣のプライベートな話で終わってしまうので…これについてもネットではネタにしてもらってます」そう言って僕はカバンから書類の束を取り出した。
「前にトキネさんから、各自治体で住民票の転出入届が全部別様式になっていると聞いたので、かなりの数集めてみたんです。そうですね既に自治体の数は3ケタは行ってます。驚きました。似たようなのはあっても本当に全部違うんですね。細かい話ではあるけれどこれは確かにひどい。書き込む内容で地方独自の部分も必要というのは分かりますが、その余白を残して全国一律で総務省あたりがフォーマットを統一したら、自動読み取りのシステムなんて簡単に導入できるし、物凄い経費と労力の削減になるでしょう。しかしそこには地方自治体のIT技術者の不足を補う必要がある。IT大学構想の話にもつながっていくでしょう」僕が取り出した、書類の束を草壁さんは興味深げにパラパラとめくりながらこう言った。
「内容どころか、紙の大きさまで色々なんですね…これはヤバいな…」
「この話をとあるインフルエンサーとしたら、結構面白がって『申請してみよう』というコーナーを作ってくれました。色々な申請をする中で、未だにカーボン紙が使われていたりするところもあって、かなり面白い話も出てきました。今後藤森大臣のイケメン話と釜本伊都子の恩師話が世間に広まったところで、IT大学構想と絡めるネタにミックスして行く狙いです」僕がそう話し終わると、
「プラスの方が多くなって、先日のマイナス分を差し引いてもおつりが出そうですね」と、草壁さんが言った。
「で、黒幕の方はどうするの?」トキネさんが言う。
「やり返すのは簡単です。これと全く真逆の事を相手にすればいいだけですから。でも釜本伊都子の吉森大臣に関しての話を読んでいると、彼女の座右の銘が『人間万事塞翁が馬』という話がありました。小学校時代の恩師である吉森大臣から、『他人に対して恨みや憎しみを抱き続けても進歩がない。それを糧にして前を向いて歩いた方がいい』という教えを受けたそうです。確かに釜本伊都子の小説のテーマはそう言う話が多いです。それを見て、きっと吉森大臣は復讐なんて望んでないだろうなと僕も思いました」
「了解」そうトキネさんは言った。血の気の多い彼女にしてはやけにあっさり引き下がるなと、そこはちょっと気になった。
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