第74話 政権争い
「草壁さん、その音を立てない登場の仕方は心臓に悪いので、やめてもらえませんか?」僕は久々に会った彼女に言った。草壁さんは吉森大臣の秘書を務める傍ら、ユーナム財団という世界的な組織のエージェントでもある。様々な音を操るギフテッドと呼ばれる、特殊能力者でもある。いつもこの店に入るときは、扉の開く音をベルごと消して入って来るので気配が分からず驚かされる。
「あら久しぶりですね。草壁さん…じゃなくて井原さんと呼んだ方がいいのかしら?」トキネさんは彼女にそう聞いた。確かに彼女は少し前に結婚したので、戸籍上の苗字は変わっているはずだ。
「いえ、そこは色々と煩雑な手続きもあるので、当面は籍を入れずに事実婚という感じで行こうと二丈さんとは話し合って…いや、そんな話はどうでもいいんです」珍しく草壁さんは取り乱して、少し顔を赤らめている。
「旦那さんを呼ぶとき、下の名前にさん付けなんだ…。え?二丈さんマイさんなのかな?それともマイちゃん?」トキネさんは面白がってどんどん突っ込んでいく。
「いや、流石にちゃんという歳でもないでしょう。そこは普通にさん付けで…ああ、だからそれは今はどうでもいい話です。今回のリーク騒ぎは完全に政党内の政権争いです。ダニエルは関係ないですよ」草壁さんはそう言った。
「誰かが照ちゃんの足を引っ張るために情報をリークしたと…いや、でもリークって事はあの子本当に裏金もらってたって事?」そう言ってトキネさんは難しい顔をして考え込む。その上で
「ホントなら一度お灸を据えに行かないといけないわね」と言った。トキネさんのお灸は特に熱そうなのでちょっと怖い。
「数日前に記事が出る事は知らされていたので、どういうことなのか内部で調査しました。犯人はすぐわかりました。うちの事務所の第一秘書です。なんでもお子さんが難病を抱えていて、手術のできるドクターを紹介する代わりに協力しろとある人物から言われていたそうです。結構前から仕込んでいて、IT大学のテストケースの指定校が内定したところで、週刊誌で記事にする予定だったみたいですよ」草壁さんが説明した。
「解散総選挙とか言ってるのに、政党内で足引っ張り合ってどうするんだろう?」僕がそう言うとダニエルは
「少子高齢化で人口も減り続けているのに、政権与党内で内輪もめですか…そんな余裕があるとは到底思えないのに、日本は本当に面白い国ですね」そう言いながら笑った。またもや僕には返す言葉もない。
「でもどうしてその第一秘書がリーク元だって分かったの?」トキネさんが草壁さんに聞く。
「バレるまで内部から協力を続けろと言われていたそうですが、子供の手術も終わったという事で記事が公表されるこのタイミングで、辞表と一緒に自分で白状してきました」
「で、照ちゃんはその辞表をどうしたわけ?」トキネさんが聞く。
「もちろんその場で笑って破り捨ててました」草壁さんの答えを聞いてトキネさんの表情は明るくなる。
「流石は私の玄孫ね。で、黒幕の名前は分かってるんでしょう?誰なのか教えて?」
「それは言えません。言ったら小佐波さん何するか分からないから…日本は法治国家なんですよ」草壁さんは答える。
「いやだなーこんな一小市民に何ができるって言うんですか…せいぜいちょっとお灸を据えに行くぐらいですよ」トキネさんはそう言って不敵な笑みを浮かべる。いや、だからそのお灸が熱すぎるんだと思う。
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