四賢者

ペンは剣よりも強し

第73話 スキャンダル

 草壁さんの結婚披露宴も無事に終わって、気が付けばもう年末の足音が聞こえる時期になってしまった。毎週日曜日の市川にある道場通いは今も続いていた。しかし最近は道場でもここ「乃木坂」でも草壁さんの姿を見ることは無かった。


「あれ以来草壁さん、姿を見せませんね?まさかまだ新婚旅行って事も無いと思いますが…」僕は客席ではなくカウンター内に入ってコーヒーを入れている。目の前のカウンター席に座っているダニエルに話しかけた。


「日本もそんな長期休暇が許される社会になったんですかね?」そう言ってダニエルは、僕が差し出したコーヒーを一口すする。この前二ヶ月間山ごもりをして仕事をサボっていた彼が言うと説得力がある。そうして少し苦笑いをしながら

「正直ミス小佐波が入れるコーヒーより、ミスター北原の入れたものの方がおいしいですね。あ、これは彼女には内緒でお願いします。聞かれたら殺されます」


 そう、毎日のようにここ「乃木坂」に通っている僕に、最近は何か外出の用事があるとトキネさんから店番を頼まれるようになってしまっていた。午後の半日しか開けてないのだから、用事があるなら午前中に済ませておけばいいだろうとも思ったが、彼女に頼られることは悪い気はしなかった。実は昔からコーヒーを入れるのは得意だったという事もある。メニューにもうひとつだけ載っているソーダ水を頼むお客さんは見たことがない。


 トキネさんはその日も赤坂の方にコーヒー豆を買いに行くとかで、僕が店番を任されてカウンター内に立っていた。バイト料はその日のコーヒー代だ。東京都が決めた最低賃金には抵触しているだろう。最もお客さんは相変わらず滅多に来ない。今もたった一人の客、ダニエルにコーヒーを入れたところだ。


「そんなフランスみたいなことが許されれば何よりですが…なんか最近解散総選挙が近いんじゃないかって世間も騒いでいるので、色々と忙しいんですかね?」僕がそう言うと

「日本は何かというとすぐに解散総選挙をしますね。そんなに選挙が好きなのに、いざ投票となると恐ろしく投票率が低い…実に不思議な国だ…」そうダニエルに言われて僕はぐうの音も出なかった。国政選挙と言えば税金もかなり使う事になるので、もう少しみんなに関心を持ってもらえないもんかと、自分もいつも思っている。


 そんな話をしていると、入り口の扉がカランカランと鳴って、トキネさんが店に帰ってきた。手には袋に入ったコーヒー豆のほか、週刊誌を一冊持っている。

「今日発売の週刊誌見ましたか?吉森大臣が贈収賄に関わったかのような記事が出てました」そう言って彼女は週刊誌をカウンターの上に開いて置いた。僕とダニエルはそれをのぞき込む。


「吉森大臣と早稲田大学の甘い関係?」僕が記事の見出しを読み上げた。

「ま、確かに照ちゃんは早稲田出身ですけどね。甘いかどうかは知りませんが」トキネさんがそう言った。照ちゃんとはトキネさんの吉森大臣の呼び方だ。吉森大臣はトキネさんいわく玄孫なんだそうだ。


「大臣が推進するIT大学構想で、テストケースとして早稲田大学を指定校に選定し、その見返りに現金を受け取ったってなってますね」僕は記事の内容をざっと読んで内容をかいつまんだ。その上でトキネさんと共にダニエルの方を見る。


「いや、私は今回ノータッチですよ。ソロスからは何の指示も受けていないし、そういった情報も入ってないです」ダニエルは両手のひらを左右に振ってそう釈明した。

そう、彼は百人委員会という怪しげな組織のメンバーであるアメリカ在住の投資家、ドナルド・ソロスの息がかかった人物でもある。ソロス氏は吉森大臣が進めるIT大学構想には以前からいい顔をしていない。


「今回の件に百人委員会は関係ないです」声のした方を見ると、そこには草壁さんが立っていた。

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