第70話 刀の舞

 そうしてトキネは木刀を振りながらの舞を踊り始めた。日本では古来から、信仰の祭り事で刀剣を用いた踊りがあった。刀の舞とは神社などに刀剣が奉納される際、巫女が踊る奉納神楽の一種である。ただこの手の踊りは、元々は秘密裏に剣技などを伝えて行くための動きだったとも言われている。


 段々とトキネの振る木刀の速さは増して、足さばきも激しさを増してきた。アルベルトはそれを呆然と立って眺めている。静まり返った会場には、ただトキネの振る木刀の風切り音と、足さばきがリングのマットに擦れる音が響き渡った。


 そうして踊り続けるトキネは、時にはアルベルトの近くに寄って木刀を振る。それは最初から空を切るものもあれば、アルベルトに向かってくるものもあった。全てが自分に対する動きであれば、予備動作から次の動きが予測できるアルベルトだが、トキネの動きはその大半が舞であり、自分に対しての攻撃なのかそうでないのかを見分ける事が出来なかった。


 トキネの動きは更に速さを増していく。時たま向けられるアルベルトへの振りは、彼の体をかすり始めた。トキネの動きの速さに逆にアルベルトは攻撃を仕掛けるタイミングが掴めないでいた。そうしてまた一段とトキネの速度が上がったところで、トキネの持つ木刀の先端はアルベルトの胸の前でピタリと止まった。


「勝負あり!!」サタジットがコールする。


 一瞬の静寂ののち、会場内は拍手に包まれた。トキネは木刀を横にして両腕で掲げると、まずは新郎新婦の席にお辞儀をした。そうして次々にリングの4辺方向を向いてはお辞儀を繰り返す。会場内には鳴りやまない拍手が響き渡った。

「そんなニ早く動けるならば、俺のプレリードヲ乱すためニ舞う必要ナドなかったでしょうニ…」アルベルトにそう言われて

「それじゃあ地味すぎるでしょう。勝ち負けはこの余興の本質ではないと先ほど悟りました」そう言ってトキネはアルベルトに向かってウィンクをした。


 リングサイドで長十郎が草壁に聞く。

「なるほど、いくら相手の次の動きが分かったとしても、自分の動ける速度を相手が超えてきたら、避けようがないという事ですね…しかしだとすればあの舞はいらなかったんじゃないですか?」

「プロレスの本質は勝敗の決着をつけるだけでない…そこは小佐波さんも気付いてしまった…そう言う事にしておきましょう」そう草壁は答えた。


 会場内の拍手がやっと鳴りやんだところで、アルベルトに変わって、茂木春野がリングに上がってきた。使い込まれた白い道着姿だ。自分のコーナーに戻っていたトキネはそれを見て

「あまりきれいでは無いですが、これで道着も紅白が揃ってめでたい感じになりましたね」とリングサイドに居た草壁に話しかけた。


「向こうも素手みたいなので、木刀は新郎に返しておいてください」そういって木刀を草壁に渡す。

「先ほどのは剣舞なんですか?」草壁は木刀を受け取りながらトキネに聞く。

「明治時代に流行った剣舞とはちょっと違いますね。若い頃に北の方で巫女のバイトをしていたこともあったので、ちょっとやってみました」そう言ってトキネはイタズラっぽく笑った。


 予定ではこれがその日の最後の手合わせだった。トキネと春野はリング中央に寄って挨拶を交わす。

「ただ戦っても仕方がないので、私が勝ったら息子さんに挨拶に行くって事でどうですか?」トキネが春野にそういうと

「では私が勝った場合はあなたの弟子にしていただけますか?」と返された。


「おかしなことを言いますね。戦って勝った方が負けたほうに弟子入りとか普通逆でしょう」トキネは笑いながらそう言った。

「純粋に武術の技としては、あなたに適うわけはない。今までの試合を見てそれくらいは分かります。ただ勝敗となればまた話は違ってきます」


「なるほど、ギフトの存在ですね。分かりました。それで行きましょう」トキネはそう言うと春野に一礼をして、自分のコーナーへと戻っていった。晴野も同じくトキネの背に向かって礼をすると自分のコーナーへ戻る。


 リングサイドでは長十郎が草壁にまた話しかける。

「草壁さん春野おじさんがユーナムに関係してるっていつ知ったんですか?」

「それが、先日調べてみるまで全く知らなかったんですよ。分かった後、一応共通の知人を通じて琢磨君が探していることは伝えたんですけどね。逆に絶対に秘密にして欲しいと返されました」


「僕も知っちゃいましたからね。琢磨君に隠しておくのは嫌だな~」長十郎がそういうと

「大丈夫です。小佐波さんがこの手合わせで勝利したら、琢磨君と会う約束を茂木春野さんと交わしたみたいです」と草壁は返した。

「え、さっき二人がリング中央で話していたの聞こえたんですか?」長十郎がそう驚いていると草壁は自分の耳を人差し指でトントンと叩き

「少し音を増幅しただけです」と言った。

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