第68話 人外
「人間技じゃないですね」そういうトキネは自分のコーナーの方へ後退していた。今回リングの形は正方形なので、ユートンを中心とした鏢の嵐はコーナー部分には到達することは無い。ユートンはリングの大きさから各鏢に付いた繩の長さも調整していた。
「でも私がここにいる限り鏢は届きませんよね。近づいたら繩がリングロープに絡まるでしょう」トキネはユートンに向かってそう言った。ユートンはそれを聞いても動きを止めることは無い。飛び交う鏢の中で、舞を舞い続ける。
「うーん…とても派手で余興にはもってこいの技ですね…」トキネがそう言って感心していると、ユートンの動きが変わった。それまで横回転だった縄鏢の動きは縦回転になった。上方はいいとしてもちろん下方にはリングの床があるので、先端の鏢はマットに当たっては跳ねて飛ぶ。その動きは更に複雑なものとなる。
但し床に当たっても繩が絡まる相手がいないので、縦回転になる事でリングのコーナー部への攻撃も可能になる。その動きを続けながらユートンはトキネのいるコーナーへと歩を進める。
八本の縄鏢が横への動きも加え、リングの床にぶつかりながらも縦回転をしながら、トキネの方へ迫ってくる。トキネはそちらへ向かって、両腕の肘を曲げて手を前に構えた。
「攻撃している本人も完全に動きをコントロールしているわけでもなさそうなので、予測して受けるのは難しそうですね。ある意味銃よりも避けにくい。これはその場その場で反応する他無さそうです」そう言って口に笑みを浮かべる。
ユートンの右手首から伸びる一番射程の長い鏢がトキネの目の前に迫ったところで、今度は彼女はそれを避けるのではなく横から鏢の繩への付け根部分を掴んだ。
「銃弾と違って掴めますけどね」そう言って掴んだ縄を自分の方へ引いた。その瞬間ユートンの左手首から伸びた鏢も繩が一番長いものがトキネに向かって飛んできた。先ほど掴んだ方は引くのを止めて緩めると同時に、新たな鏢を掴んで引き寄せた。この二つの動きでユートンはバランスを崩す。そうして残り六本の鏢の動きが緩んだ。その一瞬の機会をトキネは逃さず、上半身を動かすことなく足さばきのみで他の鏢とそこに繋がる繩を避けながらユートンの懐に入った。
トキネはユートンの両脇の下に自分の左右の手を入れると、そのままユートンの上腕部を持ち上げた。その動きによって左右の手首に固定されている縄鏢は空中でクロスしてから、リングコーナー付近のロープに絡みついた。両手首から伸びる繩が、リングロープに絡まる事でユートンの動きも止まる。
トキネはすかさずユートンの背中側に回り込む。ユートンは身動きがとれないものの、背後のトキネの位置をスキャンして後ろに脚を伸ばして蹴りを放った。普通であればこの蹴りだけでも避けられるスピードではない。しかしトキネはその蹴り脚を右手でかるくいなして、空いている左手の平でユートンの背中の中央部分をパンと叩いた。
そうしてユートンに向かって背中越しにこう言った。
「その技は要人警護には使えないですよね。自分達も避けなきゃいけ無いというのはどうなんでしょう。第一下が地面で鏢が刃物だったら縦回転は無理でしょう。でも出し物としての派手さは最高でした。もし繩の色が紅白であったなら完璧でしたね」
「勝負あり!」サタジットのコールが響く。
ユートンは手首の固定金物を外し、縄鏢を片付けながら
「あの速度と不規則な軌道の鏢を素手で掴むとは流石です」と言った。
「そこまでの動きがどうであれ、縄鏢は伸びきって動きが反転するところでどうしても速度が落ちますからね。相手に間合いを読ませないように、体の移動も加えると、より有効になると思いますよ。あと手首の固定部分はすぐに外せるようなギミックも付けたほうがいいでしょうね」トキネはそう答える。
「勉強になります。しかし繩部分もそうですが、今回樹脂で作った鏢部分を紅白にするという手もありましたね。盲点でした」そう言ってからユートンはトキネに深く一礼をした。
リングサイドではダニエルが長十郎に
「あれは私たちが出てどうこうできる相手では無かったですね」と言った。
「あの娘は私と違って警護担当ですからね。相当鍛えてます」その声にダニエルと長十郎は驚く。声のした方を振り向くと、そこには花嫁の草壁が立っていた。
「新婦がこんなところに来ていいんですか?」長十郎が草壁にそう言うと
「こんな戦い遠くで見てるなんて勿体ないでしょう。私のお祝いなんだからいいじゃないですか」と彼女は答えた。
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