第67話 縄鏢(じょうひょう)

 トキネがリングに上がったところで、ユートンがトキネのコーナーへとやってきた。


「草壁先輩からいつもお噂は伺ってます。今日はお手合わせできて光栄です。よろしくお願いいたします」そういってユートンはトキネに向かって深く一礼をした。

「何をどう聞いたのかは分かりませんが、こちらこそよろしくお願いします」トキネはニッコリと笑って答える。


「でも凄いですね小佐波さんの体。全く無駄な肉が無い…というか全身古傷に覆われていますが、こんな方は初めて見ました。外側から見ても全然分かりませんよね?」

「あなたのギフトはそういうのが見える感じなんですね。ほら、やけどの跡なんかも時間が経つと分からなくなるでしょう?若い頃は傷が絶えませんでしたが、最近はおとなしくしているので、外からは分からなくなりました。でも体の中には残っているんですね。自分では分かりませんでした。また今度詳しく聞かせてください」

「はいっ!」ユートンは元気よくそう返事をすると自分のコーナーの方へ戻っていった。


 二人が自分のコーナーへと分かれたところで、マーリンから始めのコールが掛かった。ユートンは自分のコーナーで、背中にしょっていた小さなザックから何やら取り出して。空になったザックをリングの外に放り投げた。

 

 取り出したものは長い紐が沢山束ねられた様なもので、紐の一旦はリング状のモノに固定されているのだが、それを彼女は両手首に装着した。紐の逆側には棒手裏剣のようなものが付いている。片腕に紐は4本ずつ付いている。


 先端についている棒手裏剣のようなものを両手の指に挟んでユートンは自分のコーナーからリングの中央へと進み出る。そうして、同じくリング上にいたサタジットに空いているコーナーの方へ移動するように促した。


「出し惜しみは無しです。今できる私の最高のもので挑ませていただきます」リングの中央に立ったところでユートンはトキネに向かってそう言った。

「縄鏢(じょうひょう)ですね。それを実戦で使う人を見るのは久々です」


 トキネの言う 縄鏢というのは中国武術で、繩の先端に金属製の鏢、日本で言う所の棒手裏剣を付けたものである。手裏剣のように投げて攻撃ができるが、外した場合も一旦繩をひいて先端の鏢を回収したうえで再び攻撃をすることができる。また繩に力を加えれば、先端にある鏢の動く軌道を変えることもできる。日本でも忍者が用いた飛びクナイという同様の武器がある。しかし飛びクナイでも縄鏢でも本来使うのは1本だけである。非常にコントロールが難しく一人で2本を使いこなす武芸者というのは、トキネの長い人生でも聞いたことが無かった。ましてや8本など普通に考えれば、一人の人間が扱うことは不可能だろう。但しあくまでもそれは普通での話だ。


 ユートンはリングの中央で、縄鏢 の先端についたを鏢を全ての指の間に挟み、計8本を構えた。トキネは自分のコーナーに留まりその様子をじっと見つめている。


「まずは間合いを拝見しますか」トキネはそう言って、リングの中央にいるユートンの方へゆっくりと歩き始めた。少しだけ二人の距離が縮まったところでユートンは左手の4本の鏢をトキネに対して投げ放った。


 四つの鏢は全て繩の長さが違うようで、一番長いと思われる一つがトキネのところまで到達した。トキネはそれを体を横に振って避けた。他の三本はトキネのところに届く前に、先ほど避けた鏢と一緒にユートンの方へとUターンを始める。しかしその四本とすれ違うようにして今度は右手の四つの鏢がトキネに投げ放たれた。一方左手の鏢はユートンの方へ戻ってはいくが、そのまま彼女の所を素通りして後ろへと飛んで行く。


 トキネはユートンの右手から放たれた鏢も体を再び横に動かして避けた。しかし鏢による直線的な攻撃はここまでだった。三度目、いやそこからの攻撃は数えられるようなものでは無かった。


 ユートンが繩を操って、鏢には横方向の動きも加わる。左右四本ずつ、計八本の 縄鏢は繩の長さだけではなく伸縮性も違っている様で、それぞれが複雑な動きを見せている。それはまるでユートンを中心として嵐が吹き荒れているかの如くで、彼女のまわりは近くも遠くも飛び交う凶器で囲まれている感じだ。


 あまりにも複雑なその動きで、縄鏢の先端は時にはユートン自身にも襲いかかってくる。しかしそれらに彼女が当たることは無い。常に八つの鏢の位置はユートンがもつ空間スキャンのギフトによって、彼女には感覚的に掴めていた。また連続的にスキャンする事でそれぞれの動きも分かる。動きが分かるのだから鏢が自分のところに到達する前にそこから体を動かせばいいだけだ。


 いや、常人の動きではそんな事は出来ない。それはスキルだけではない、彼女の日頃の鍛錬のたまものである。その姿はさながら、鏢が創り出す嵐の中心で舞う踊り子の様であった。

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