第66話 アナライズ

 一旦そこで二人の動きが止まる。

「どうして、私の古傷の位置が分かるんですか?」そうダニエルは言った。

 彼が驚くのも無理はない、右脇腹と左肩はグリーンベレー時代に結構大きな負傷を負った場所だった。もちろん現在は傷も完治しているつもりだが、季節の変わり目などには時たま痛む。

「それは企業秘密です」ユートンはそう言ってイタズラっぽく笑って見せた。


 そう彼女の持つギフトは、ユーナム財団ではアナライズと呼ばれているもので、自分の周辺の物理的状況を感知して、記憶に残すことができる。さながら人間3Dスキャナーと言ったところだろうか、自分の体に近いものほど高解像度でスキャンできる。今、対峙しているダニエルの肉体をスキャンすることで、過去に彼が負ったであろう負傷の跡なども全て把握することができた。 またこのギフトを使う事で、物理的な状態を記憶するというアプローチで、様々な格闘技を習得していった。更には自分の動きと状態もスキャンし、チェックを重ねる事で無駄のない合理的なものへと常に改善し続けている。


「さぁどんどん行きましょう」そういうとユートンはまた左右の足を使って、連続してまわし蹴りを放ってきた。通常蹴りと言えば利き足の方を多く使いがちだが、彼女は利き足がどちらのなかが分からないくらいに、スムーズに連続して蹴りを繰り出していく。ハイキックが中心だがローキックも取り混ぜている。そうしてそれらの多くはダニエルが過去に傷を追った場所を狙っていた。


 蹴りの間隙を縫って、ダニエルもナイフによる反撃を試みるが、最初の宙返りとは違ってユートンはそれを体を左右に振ってことごとく避けていく。避けた拍子に体のバランスを崩しそうなものだが、彼女はそこも考慮に入れながらなのか、うまくバランスをとって回避行動も蹴りの動作に繋げていく。しかしはた目にはそれらの蹴りは一応ダニエルが受けているようにも見える。しばらくすると、また二人の動きが止まった。


「もう準備運動はこれくらいでいいでしょう。怪我をしないうちに棄権されることをお勧めします。おめでたい席なのに、骨折でもしたら痛くて食事が楽しめなくなりますよ」ユートンはダニエルにそう言った。

「確かにあなた方は普通ではない様だ」ダニエルは答える。対トキネ用に選抜されたこのユーナム絡みのメンバー達に、自分がどう逆立ちしても勝てそうにない事は彼には既に分かっていた。


「まぁそう言わずに、折角の晴れ舞台なのでもう少しお付き合いください」そう言ってダニエルは右腕のナイフを左腕に持ち替えると、空いた右腕で背中からもう一本のナイフを抜き取り、両腕にナイフを持って低く構えた。

「仕方ないですね。内臓に傷が入らない程度に肋骨でも数本頂きますか」そう言ってユートンも構える。


 次の瞬間ダニエルはナイフを構えたまま、縮地でユートンの方へと移動した。しかし目の前から彼女の姿は消え去る。早すぎてその動きを捉えることはできなかった。ユートンはダニエルの縮地に併せて彼の左横を通って後方に移動していた。移動しながら右足を軸に左足での後ろまわし蹴りで後ろからダニエルの右わき腹を狙ってきた。ダニエルの右腕は前方にナイフを突き出しているのでがら空きだった。むき出しの脇腹に蹴りが入るその瞬間…横からユートンの蹴り脚に力が加わった。それはサタジットの腕によるものだった。軌道が変わったユートンの左足は空を切り、そのまま右足を軸にコマのように回り一回転半したところで止まった。

「勝負あり!!」サタジットのコールが響く。


 その声を聞いて悔しそうな表情を浮かべ、ダニエルは自分のコーナーに戻ってきた。そうして自分の代わりにリングに上がろうとするトキネとすれ違う。

「いい動きでしたよ。まぁあれはちょっと普通じゃないですからね」トキネはすれ違いざまにダニエルにそう言った。

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