第60話 決着


 リング上ではゲッツが戸惑った表情を見せている。もちろん座位で自分に近づいて来る相手は初体験であった。それでなくとも巨体が故に、相手が小さい場合は攻撃がしにくい。ダニエルは小柄ではないが、座位をとられれば的としてはかなり小さくなり、しかも自分よりかなりの低位置になる。ダニエルは右ひざと左ひざを交互に前に出しながら、正座のまま少しずつゲッツに近づいていく。


 二人の距離が充分縮まったところでダニエルが跳ねた。跳ねたという表現が適切かどうかは分からない。ダニエルは正座した左足の前部分でリングを蹴って、斜め上方に体をせり出した。更に右手に握ったナイフを前方に突き出す。ゲッツは右義手を動かして、その刃先に併せようとする。しかしダニエルの左手が下からその義手を持ち上げる。


 そう、先ほどの攻撃は左手も主であれば、右手も主であった。しかしこの攻撃は右手が主であるのに対して、左手は従だ。左手の動きによって上に移動してしまったゲッツの右義手の防御が無くなって、その胴体はがら空きになった。そこへダニエルの右手のナイフが到達する…。模造ナイフの先端がぐにゃりと曲がった。立会人のサタジットは先ほどとは違ってじっとその様子を見ている。


「凄いな。武術上の急所では無くて膵臓を狙ってくるとは…。これは現代格闘術だな。でもそこのあたりは良く刺されるから今はこんな感じになってしまったよ」そう言ってゲッツはシャツのボタンをはじき飛ばしながら、前をはだけた。その胸部から下には右腕の義手と同じく金属製の胴当てがつけられている。


「膵臓って急所じゃないんですか?」長十郎はトキネに聞く。

「武術における急所っていうのは外的刺激によって行動不能にななるような部分を言いますからね。でも膵臓は凄いですよ。傷がついて膵液が体内に漏れ出せば体の内部が全部消化されちゃいますからね。確実に死んでしまう。でも刺せなければどうにもなりません」トキネが答える。


「勝負あり!!」リングの中央でサタジットがコールした。

「あれ、今ってどっちが勝ったんですか?」長十郎はトキネに聞く。

「それを聞きますか~。ダニエルの攻撃がゲッツに届かなかったところで勝負はついたでしょう」

「でもそれはたまたまダニエルの攻撃がゲッツの胴当て部分に行っただけですよね?」

「そこに攻撃が行くように誘導されていたんですよ。下の方から攻撃できる急所なんてそういくつも無いですから…金的だってすぐには絶命させられないですしね」


「さて次は私の番ですね。あのじじいにもそろそろ引導を渡してあげないとね」トキネは笑いながらそう言ってリングの方へ上がって行く。入れ替わりにリングから降りてくるダニエルとすれ違いざまに、肩をポンと叩きながらこう言った。

「なかなかいい攻撃でしたよ。師匠としては鼻が高い」それを聞いてダニエルは回れ右してリングに上がって行くトキネの方に深く一礼した。


「さて、あんたとの手合わせも久々ね。今度こそ息の根を止めてあげるからせいぜい楽しみましょう」リングに上がったトキネにそう言われてゲッツはこう返した。

「いやもう俺はここまでだよ。ぶっ殺されるのいやだし。そもそも娘のマイがミス小佐波と手合わせしたいというのが企画の趣旨だからね」そう言うや否やそそくさとリングを降りて行ってしまった。


 マーリンはコールに困っていた。

「えー、対ダニエル戦は勝者ゲッツで、対小佐波戦は勝者小佐波です」当然のごとく場内はざわついている。

「パパがんばったろう?マイもがんばれ!」そう言ってゲッツはリングに登ってくる草壁マイとハイタッチした。


 リングに上がった草壁とトキネはリング中央に進んで挨拶を交わす。

「今日は本当にありがとうございます。一生の思い出にさせて頂きます」草壁がそう言うと

「ご結婚おめでとうございます。…いや、なんかここで言うのも違うような…あなたのお父さんだいぶ変わってますけど、やっぱり親子なんですね…うーん…これはいい意味かな?いや、悪い意味かな?良く分からないですね」トキネは混乱している。


「大体草壁さんはユーナムに所属していても戦闘要員じゃないでしょう?格闘技マニアのにおいはプンプンしてましたが、まさかここまでとは…」トキネはそう言ってから草壁の左肩に右腕を置いた。

「まぁとにかくご結婚おめでとうございます」そう言ってにっこり微笑むと、リング上の自分サイドコーナーへと戻った。草壁もトキネに一礼して自分のコーナーへと戻る。二人が自分のコーナーに戻ったところでマーリンが始めのコールをした。

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