第59話 ゲッツVSダニエル
新郎新婦チームはそのまま次戦もゲッツが戦うようで、彼がそのままリングに残った。両コーナーにゲッツとダニエルが立ち、しばらく間を空けてから先ほどと同じくマーリンが始めの合図をする。しかし今度は両者は互いに歩み寄ると言った感じで、ゆっくりとリング中央の方へ移動する。両者ともに素手対ナイフという同様の間合いである。確かにゲッツの方が体格が勝る分リーチは長いが、それはダニエルとしてもナイフの分は間合いが伸びているのでイーブンではある。
ゲッツは特に構えるでもなく普通にゆっくりと、リング中央に向かって歩いてくる。ダニエルはやや前傾姿勢で右手でナイフを腰から上で前方に構え左手も前に出して、摺り足で進んでいく。二人の距離がある程度縮まったところで先に手を出したのはゲッツだった。
『ブォン!!』金属の光沢を携えたゲッツの右義手が音を立ててダニエルに襲い掛かる。ボクシングで言うフックだ。その大ぶりの拳をダニエルは身を後ろにそらしてスウェーで躱した。すかさず今度は左拳がストレートに飛んでくる。これにはダニエルは身を左に傾けて対応した。そうして躱しつつゲッツの右横に進み出る。ナイフは右手から左手に持ち替えている。ナイフの刃先がゲッツの首筋を狙うが、先ほど空ぶったゲッツの右腕が首の横に上がって来て甲でガードされた。固めのゴム状の樹脂製ナイフの先端はぐにゃりと曲がる。今や名前の通りの鉄製ではないのであろう。錆び一つないその表面は、鏡面ほどの光沢は無いにしても鈍く光っている。
左手のナイフによる一撃は防がれたものの、ダニエルは右手を背中側にまわし、腰ベルトにかけてあったもう一本のナイフを握ると、ガードされた左手のナイフを軸にするように体を一回転させて右手でゲッツの後方部からナイフを突きたてる。狙いは先ほどよりやや低く後ろからの左脇腹だ、ここは右手の義手では防ぎにくいとろろだ。
しかしゲッツは体を回転させて、またもや右手の義手でこれを受ける。ダニエルは義手のガードが脇腹に向けられたところで、更に体を回転させて先ほど防がれた左手のナイフで今度はゲッツの左胸を狙う。ゲッツはそれは受けることなく左手でダニエルを突き飛ばした。ナイフの刃先がゲッツに届く前にダニエルの体は3mぐらい後方に吹っ飛んだ。そこで一旦二人の動きは止まった。
「いい連続攻撃をする」ゲッツはダニエルの方を見てニヤリと笑う。
「そちらこそ老人の動きとは思えませんね。流石は鉄腕ゲッツだ」ダニエルもそう言葉を返した。
リングサイドでは長十郎とトキネが話している。
「ゲッツさんて肉体年齢は70歳とかなんですよね。よくあんなに動けますね。まー僕との戦いで全く疲労が溜まらなかったんでしょうけども…しかしダニエルも凄いですね。良く道場ではあんな人と手合わせしたもんだ…」
「 ゲッツは馬鹿だけど、伊達に500年以上も生きてませんからね。長い戦闘経験の中で培った条件反射みたいなものが勝手に出てくるんでしょう。ダニエルも体重が落ちてだいぶ動きが軽くなった。でもお楽しみはまだまだこれからですよ」そう言ってトキネは微笑む。
リング上ではダニエルとゲッツが距離を置いて向かい合っていた。先ほどの数手でお互いの動きの速度も大体掴めた。これが実戦であればゲッツの巨体に小さなナイフで致命傷を与えるには、ピンポイントで急所を攻撃するしかない。急所以外であればわざとナイフで刺させておいて、拳を入れられてしまう可能性がある。ダニエルは最初に躱した空振りで、ゲッツの拳がひとつヒットしただけで致命傷になりかねないことを感じていた。
ダニエルは右手のナイフを後ろのケースにしまい込んで、左手に持っていたナイフを右手に持ち替えた。そうして大きく一つ息を吐くと、まだ二者の距離が大きく空いたままでリングに正座した。右手にはナイフを携え、左手は開いてリングの上に置いている。そうして少しずつ前へと進む。
リングサイドでトキネが長十郎に説明する。
「元々彼の格闘術への入り口はグリーンベレーのアメリカ陸軍格闘術ですからね。銃以外の武器ではナイフが一番使い慣れています。そうして日本には短刀を使う武術として小具足というものがあります」小具足という武術については、長十郎は渋谷の事務所のお礼参りの際に草壁からも聞いていた。
「侍の帯刀は長短二本であったことは広く知られるところですが、長刀…打刀(うちがたな)の方は室内で取りまわすには長すぎました。それで短刀…脇差を使った護身術が発達したわけです。その多くの型は座位から始まります」トキネが付け加える。
「それでダニエルは正座したんですね」
「彼は日本人とは違って脚も長くて重心が上にあります。座位はその欠点を解消してくれます。欧米人は正座が苦手な人が多いですが、ダニエルは柔術経験者ですからそこは問題ありませんでした。筋肉量を減らしたら実にいい正座ができるようになりました」
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