第58話 鉄腕ゲッツ
マーリンから「始め!」のコールがかかった。ゲッツは長十郎の方へと駆け寄ってくる。それは老人とは思えない速度だった。2m近くある大男が自分の方へ迫ってくる。そのプレッシャーは凄まじい。しかし近づいて来る速度が速いほどカウンターの威力も上がる。長十郎はこの二ヶ月間ひたすらに練習してきた縮地でゲッツに一直線に突っ込む。ゲッツの移動速度に縮地の速度がプラスされて更にはそれに短槍の突くスピードがプラスされる。
ゲッツの腹に短槍の先端が突き刺さる…と思った瞬間、槍の先端はゲッツが正面に構えた右腕の義手で受けられていた。二人の動きが止まったその瞬間今度はゲッツの左拳が長十郎を襲う。左腕は義手では無く生身であるとは信じられないくらいの迫力で、まるで解体工事で使う鉄球のような重みを持って長十郎の頭部に向かっていく。
「まずい間に合わない」トキネがそう言ううのと同時に。ゲッツの左拳は立会人のサタジットが差し出した左手の平の中に納まっていた。
ゲッツははっと我に返り。
「オオ、反射的にパンチを返してしまった。娘の結婚式に死人を出すところだった。申し訳ない」と、長十郎に謝った。
「勝者鉄腕ゲッツ~!!」マーリンのコールが響く中、リングを降りる長十郎はトキネに
「助けてくれるって言ってたのに」と言った。
「ごめんごめん。でもあのサタジットって人は凄いね。いくら近いとは言っても常人の動きじゃなかった。大体あのじじいのパワーを片腕で止めるとか信じられない」トキネは悪びれる風でもない。
「いやトキネさん、そうじゃなかったら僕死んでましたよ」
トキネは舌をぺろりと出してテへッのポーズをした。
「次は私の番ですね」そう言ってダニエルは長十郎と入れ替わりにリングに上がる。上がり際にトキネが彼に声をかけた。
「うん。だいぶ体が軽く動くようになったでしょう。ゲッツはいけすかないジジイだけど、500年以上戦い続けてそれでもなお生き続けている。不老ではあっても不死では無いのでこれは凄い事ですよ。きっといい経験になります」
トキネにそう言われてダニエルはこの二ヶ月間の事を思い出していた。ゲッツが喫茶「乃木坂」に来た後、急にトキネに仕事を二ヶ月間休めるかと聞かれて、なんとかすると即答してしまった。そうして連れていかれたのは三船が所有しているという山の中だった。そこで2ヶ月間山ごもりをしろという。トキネが稽古をつけてくれるのかと思えば、サバイバルナイフと砥石とファイヤースターターだけをおいて、さっさと行ってしまった。去り際に食料は現地で自己調達しろと言われた。確かにグリーンベレーでサバイバル訓練を受けたこともあるが、食料も無しで2ヶ月間山ごもりをするという経験はもちろんない。
山は何もないようでいて様々なものがある。水は渓流の水を沸かして飲んだ。薪は渓流の流木を拾い集めれば不足することもない。問題は食料だ。川魚ももちろん貴重な食糧ではあるが、それだけではとても足りない。日本の山には鹿や猪が生息していた。日々これらの動物と格闘をし、カエルや蛇などの小動物も食した。炭水化物では無くたんぱく質が主ではあるが、去り際にトキネが山芋の葉の特徴を教えてくれたので、動物が手に入らない時は山芋を掘って飢えを凌いだ。元々体脂肪率が低い体ではあったが。2ヶ月が経過する頃には、生きて行く中で不必要な筋肉は落ちて体重は二割減っていた。
ダニエルは樹脂でできた模造ナイフを構える。刃渡りは15cm以上ある大型だ。軍の格闘技から武術習得を始めたダニエルには、ナイフによる格闘術が一番基本になるものだった。ナイフは武器としては小柄だが、その分機動性は良くて接近戦では絶大な戦力となる。槍や刀の様に間合いの長い武器との対戦は苦手であるが、こと相手が素手に近い状態であれば近接戦でこれ以上の武器はないだろう。
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