前哨戦

第57話 エキシビジョン

「それではここで新婦のお父様で、今回の余興の発起人でもあるゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン氏にご挨拶を頂きたいと思います」

 マーリンはそう言って、スタンドにはまっていたマイクを外すと、ゲッツの方へ歩み寄って手渡した。ゲッツは立ち上がりマイクを握ってしゃべり始める。


「本日は娘のめでたい席にお集まりいただき誠にありがとうございます。既にお聞き及びとは思いますが、今日は面白い余興を用意しております」

 そう言ってゲッツはトキネたちの座っているテーブルの方を見る。


「そちらに座っているのが日露戦争で化狐と呼ばれていた小佐波時寝女史です」

 ゲッツがそう言うと

「あのじじいなんて紹介をしやがる」

 トキネは小さくつぶやいた。

「リングの逆側には娘の仕事関係で、ユーナム財団のエージェントの方々に来ていただきました。これから3対3で格闘戦をしていただきます。しかしその前に…」

 そう言ってガッツは新郎新婦席よりも後方にある白い布が掛かった部分を手で指し示した。


 あたりにはウェディングマーチが鳴り響き、上に上がった白い布の後ろから新郎新婦の登場だった。

「トキネさんあれは…」

 長十郎は思わず呟いた。

「このパターンのウェディングドレスは長い人生の中でも初めて見ましたね」

 トキネはそう言ってあんぐりと口を開けている。


 新郎の井原二丈は紋付き袴姿だった。それはまだ理解の範疇は超えてはいない。しかし新婦の草壁マイは見たことの無いウェディングドレスを着ている。下はスカート的にひらひらしているものの、その下には白いスパッツを履いている。上はドレスっぽいと言えなくはないが、肌にピタっとついた長袖の白いボディスーツと言った感じのシャツの上にひらひらとした上着状の物を着ている。例えるなら白ずくめの女子プロレスラーが登場したという感じだった。


「二チームの戦いの前に、娘の是非にとの要望で、新郎新婦と私の三人で、ミス小佐波のチームとエキシビジョンマッチをさせて頂こうと思います!」

 ゲッツはマイク越しに叫ぶ。

「相変わらず面白いおっさんだなー」

 三船はそう言って笑っている。


 長十郎は同じテーブルに座っているトキネとダニエルの方を見る。

「まあ今日は草壁さんのお祝いですからね。二人とも行きますよ」

 そう言ってトキネは立ち上がった。その時初めて先ほどから会話に入ってこないダニエルの風体に気が付いた。よく見れば肉付きが落ちてひとまわり体が小さくなっているように見える。しかし疲弊している風でもなくてその眼光はギラギラと輝いている。


 トキネに促されてダニエルと長十郎も席を立ってリングサイドに移動した。新郎新婦とゲッツの三人もリングの逆サイドへと移動してきた。


 マーリンはゲッツからマイクを受け取ると、そのままリングの上に上がった。

「本日のルールは簡単です。3対3で両チーム一人ずつが出てきて戦います。一人が何回戦っても構いません。どちらかが全員負けた時点で決着です。飛び道具以外の武器の使用もOKですが、めでたい席ですから怪我の無いように模造品のご使用を願います。なお立会人はユーナム財団からサタジット・レイ氏に勤めて頂きます」

 そうマーリンが言うと、一人の老人がリングの方へ近づいてきた。その肌は浅黒くどうみても日本人ではない。かといって西洋人でもない。老人はリングに上がると両チームのメンバーに向かって一礼した。


「誰かしら。聞いたことの無い名前だわ」

 トキネが言う。


「まずは俺から行かせてもらうぞ」

 ゲッツがそう言ってリングに上がってきた。それを見てトキネは言った。

「うちはまずあなたからでしょうね。北原さん」

 それを聞いて長十郎はあわててこう返した。

「トキネさん私に任せておけって言ったじゃないですか。僕なんか出たら殺されちゃいますよ」

「せっかく二か月稽古したんだから、ちょっとは成果を試したいでしょう?大丈夫いざとなったら反則負けになってもいいから私が助けに入ります」

 トキネにそう言われて長十郎は渋々リングに上がる。手には竹刀仕様の短槍を持っている。


 ゲッツと長十郎がリングに上がったが、立会人であるサタジットは何も言うことなくただリングの中央に立っているだけだ。代わりにリングの傍らに立つマーリンがマイクを通して説明する。

「実際の武器を使うわけでは無いので、本物であったなら致命傷になっただろうという所で勝敗を決します。その判断は立会人であるサタジット氏にお任せします」


 リングの両コーナーにゲッツと長十郎は立っている。ゲッツは会場全体にくまなく手を振って見せると、腕を胸の前で交差したり開いたりしている。そうしてぴょんぴょんと飛び跳ねてリングの感触を確かめている。


 一方長十郎の方は既にコーナーで短槍を前方に構えている。もしわずかでも勝機があるとするならば、素手であるゲッツに対して短くとも槍を持っている長十郎の方が攻撃の間合いが長い所だろう。その利点を生かせる最初の一撃を入れるしかない。短槍は竹刀仕様だが、本物であれば一撃で致命傷を与えられる。


 この披露宴迄の二ヶ月間、ダニエルは早々にトキネに連れられて山ごもりを始めた。一方トキネは平日は通常通り喫茶店を営業して、金曜日と土曜日にダニエルの所へ稽古をつけに行って、日曜日に市川の道場で長十郎を指導していた。指導とは言ってもたった二ヶ月間、それも週に一度日曜日だけの話なので、そんなに多くのことはできない。長十郎はただただひたすらに縮地の足さばきと、正面突きの練習だけを繰り返してきた。

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