第56話 披露宴会場
それから二か月はあっという間に過ぎ去った。披露宴会場は意外な事に屋外だった。余興の格闘戦を行う為に中央にはリングが設置されている。屋外である事と中央にリングがあることを除けば、そこは普通に披露宴会場のようにも見える。いや、普通はそんな披露宴会場は無い。
通常格闘技のリングは客席から戦いの様子が良く見えるように、床レベルから1m程度上がっているのが普通だが、それだと新郎新婦の顔が見えにくいという事だろう。リングの高さは地面から4、50センチ程度上がっているだけである。
リング正面には新郎新婦の席があり、他三方に大きな丸テーブルが並んでいる。新婦の父親であるゲッツは既に席についているが、新郎新婦の姿はまだそこには無い。仲人らしき人やゲッツ以外の親族の姿もない。
会場全体での来客数は軽く数百人はいるだろう。顔見知りのグループごとに固まってテーブルに席が設けられている。新郎新婦から見てリング左サイドにトキネたちのテーブルはあった。席には今回余興にも参加するダニエルと北原長十郎の他、三船豊水や三船邸で給仕をしている米戸の姿もある。余興参加者は冠婚葬祭には似つかわしくない服装をしている。
トキネは上下ともにお決まりの深紅の道着、ダニエルはかなり薄汚れた白い道着、長十郎は上は道着で下は黒い袴を履いている。
リングを挟んで逆側には今日の対戦相手のテーブルがあった。西洋人の大男、そう体格はダニエルの道場仲間であるイリヤと同じくらいに大きい。他には黒髪でおかっぱ頭の女性、そうして他に数人の黒いスーツを着ている男たちと、あと一人だけ道着を着ている男がいる。長十郎はおやっと思った。知っている人間に似ているからだった。座席表を見ると見覚えのある名前が載っていた。間違いない。トキネにそのことを伝えようとしたところで、前の方の席に座っていた男が司会者が使うであろうマイクスタンドの方へ進みでて声を発した。
「皆様大変お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日の司会進行を務めさせていただきますマーリンと申します」マーリンがそう言ったところで、会場内にどよめきが起こった。この日は表社会だけでは無く、裏社会からも多くの来賓が集まっていて、マーリンはそちらの世界ではそれなりに知られた存在である。
「マーリンてこの間の闇カジノでトキネさんと戦った人ですよね?」長十郎は隣の席のトキネに小声で聞く。
「あの前の方の席に座っているのが、先日の闇カジノを運営していた極龍の上部組織、四合会の王(ワン)です。まぁそりゃゲッツの娘の結婚式なら来るでしょうね」トキネは答える。長十郎が前の方の新郎新婦席に近い方を見ると、ツルツルの坊主頭の50代くらいの男が座っていた。見ればとなりのテーブルには吉森文部科学大臣の姿も見える。前の方は主賓クラスの人間の席なのだろう。
「本日の新郎新婦についてのプロフィール紹介については、色々と秘匿情報に触れる部分もありますので、お手元の資料に目をお通しください。それぞれのお立場で知られていい情報までが書かれた紙が置いてあるかと思います」マーリンにそう言われて、長十郎もテーブルに置かれた紙に目を通す。
「新婦の草壁さんはいいとして新郎の井原二丈さんも名前以外何も書かれていませんね」長十郎はトキネにまた話しかける。
「私も会場で初めてお相手の名前を知りました。なるほどなという感じです」
「この新郎の井原さんてトキネさんご存知なんですか?」
「全日本剣道選手権で優勝したときの試合を見てました。なかなかの手練れでしたが、確か所属は警察だったと思います。あんな犯罪組織の親玉の娘さんと結婚して大丈夫なのかしら?」それには長十郎のトキネとは逆側に座っていた三船が答えた。
「なんでも籍は入れない事実婚らしいよ。色々と面倒だから。井原君は今は政府の外郭団体に属してるみたいだね…ヤバい方のやつ」三船は事情通である。
そう、草壁マイの父親ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン、通称鉄腕ゲッツは現在全世界の闇組織の頂点ともいわれる存在だ。
1480年の現ドイツで生まれ、歴史上は81歳で亡くなったことになっているが事実は違う。理由は不明だが70歳ぐらいの頃から老化することが無くなり、今風に年齢を数えるならばゆうに500歳を超えている。若い頃から血気盛んではあったが、弱者は強者の糧であるという行動原理の元、多くの人々の命を殺めてきた。自分の行動の障害となる存在には容赦がない。好き勝手に500年以上生きてきた結果として、闇組織のトップに立つという事は、元来備わった素養がそういうものだったという事なのだろう。もちろん本人には特に悪いことをしている意識はない。
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