鉄腕ゲッツ

ゲッツ登場

第54話 ドイツから来た男

 夏の暑さは過ぎ去って、夕方になるともう一枚上に何か着てくるんだったと、後悔するぐらい涼しくなった秋の昼下がり。僕とダニエルが相変わらず喫茶「乃木坂」でだべっていると珍しい来客があった。


 カランとなった扉を開けて入ってきたのは、三船豊水氏だった。先日のラジオ放送のコスプレ以来、三船氏と会うのは久々だ。トキネさんも彼の姿を見て驚いている。


「いらっしゃいませ。どういう風の吹きまわしかしら?」三船氏はそれには答えずに、トキネさんには右手を挙げてオッスという感じで挨拶すると、僕らが座っている方にやってきて

「二人ともお久しぶり」と言った。僕とダニエルが挨拶を返すと、少し入り口側に戻ってカウンター席の方に座った。


「トキネちゃんコーヒー一杯ね」三船氏はトキネさんにそう注文したが、何か違和感を感じる。この店で彼を見かけるのが初めてだからかもしれない。


 トキネさんがコーヒーを入れている前で三船氏は話し始めた。

「面白い話を聞いたんだよね。鉄腕ゲッツが来日するらしいよ」それを聞いてトキネさんはピクッと反応したが、もっと驚いていたのはダニエルだった。


「鉄腕ゲッツってゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンですか?」

「それって誰です?」僕は聞きなれない名前に、ダニエルに問いかけた。


「ドイツ人で、ずいぶん昔の人なんだけど今も生きてるとんじゃないかとかいう都市伝説があります。そうですね日本で言えば大友宗麟がまだ生きているとかそんな感じです。」戦国武将としては、ダニエルもなかなか渋いところをあげてくる。


「確か1480年生まれだから俺が知っている人間の中じゃ最年長だね」三船氏はこともなげに言った。世界史はあまり得意ではないが、1480年と言えば中世だ。日本で言えば室町時代にあたる。


「あのじじい苦手なのよね。何しに来るのかしら?」トキネさんの口が悪くなった。どうやらそのゲッツさんとは面識があるようだが好感は持っていない様だ。

「そう?俺はあの人面白いから好きだけどな~」三船氏はいつにも増して楽しそうだ。


「あれはただの馬鹿よ。今は色々な犯罪組織をまとめ上げて、頂点みたいに担ぎあげられているけれど、あのじじいは暴れたいだけで何も考えてない。太平洋戦争の時どれだけ迷惑をかけられたことか…」色々と突っ込みどころが満載なトキネさんの発言だが、そこについては黙っておくことにして三船氏に聞く。


「鉄腕てことは腕っぷしが強いってことですか?」

「いや、そのまんまだよ。戦争で無くした右腕を鋼鉄製の義手にしているからそう呼ばれている。血の気が多くて戦いと聞けばすぐに首を突っ込んできて大暴れする」三船氏が説明してくれたが、やはりどこかで聞いたような話だ。頭の中に同族嫌悪という言葉が浮かんだ。


「あ、それで彼が来日する理由…」三船氏が言いかけたところで、また店の扉の方からカランと音がした。今日は珍しく来客の多い日だなとそちらを見る。


「おおーミス小佐波!!久しぶりだなー」スーツ姿の一人の大男が大声でそう言いながら店の中に入ってきた。大きな額で、後退して白くなった髪は長く伸ばして後ろに流している。髪と同じく白くなった髭もたくわえている。男はそのままカウンターの方へ駆け寄り、あろうことかトキネさんを両腕で抱きしめようとする。しかしその手が触れる前にトキネさんの掌底突きが両方の腕に命中した。


「おとなしくしてないとぶっ殺すわよ」トキネさんは男に向かって怒鳴りつける。

男はその言葉は聞こえなかったかのように、今度はカウンター席に座っていた三船氏に向かって

「おおーミスター三船も久しぶり!!相変わらずあおっちょろいなー」そう言いながら右手を出して握手を求めた。手には白い手袋をしている。そんなサイズの手袋があるのかと思うくらいに大きな手だった。三船氏は握手に応じると

「久しぶりですねミスターゲッツ。義手の方はだいぶ進化したようだ」三船氏にそう言われた男は満面の笑みを浮かべて、右手にはめた手袋を外す。


「テクノロジーの進化は凄いな三船。でも鉄の感じが無いのも味気ない。樹脂コーティングはしてないよ」男…ゲッツはそう言いながら黒光りする右手を、三船氏とトキネさんに交互に見せつける。


「それであんた何の用で日本に来たのよ。というかここに何の用?!」トキネさんの言葉は辛辣だ。

「俺の可愛い娘がな、よりにもよって日本人と結婚するとかいいやがってな。結婚式は日本で挙げたいっていうから余興の下見に来た」


「娘ってあんた自分の歳…あ、実年齢じゃなくて肉体年齢ね、全くややこしい。いくつだと思ってんの?」とトキネさんは言った。どうも彼はトキネさんや三船氏と違って、不老状態になったのはかなり歳をとってからの様だ。その元気の良さに気が付かなかったがよく見れば結構な年齢にも感じられる。外国人の年齢は良く分からないが70歳は越えているんではなかろうか?


「まだまだ若いもんには負けんよ。何ならミス小佐波も、一手お手合わせどうだい?」トキネさんの方を見てそういうゲッツの頭を、彼女はカウンター越しにパーンと平手で思い切りはたいた。

「今の日本ではね、そういうのはセクハラって言って犯罪行為なのよ!」トキネさんは大声で怒鳴る。

「これが犯罪?全く日本は相変わらずクレージーだな」そう言ってからゲッツはガハハッと大きな声で笑った。


 トキネさんは冷静さを取り戻し

「まぁ娘さんの事はおめでとうございます。でも私たちとは関係ないでしょう?あんたみたいなのがいたら怖がって客が来なくなるから、用が無いならさっさと帰りなさいよ」トキネさん、そこはこの方が居ても居なくてもお客さんの入りは関係ないと思いますよ。


「おおーそれが聞いてくれよ。娘は大の格闘技マニアでね。武道とか武術の類も大好きで子供のころからそんな本ばっかり読んでたんだ。日本で言えばオタクってやつだな。だから結婚式の余興で格闘戦を企画してやろうと思ってな」ゲッツの言葉には悪い予感しかしない。

「ミス小佐波にも是非参加してほしいっ!!」やっぱりそう来たかという感じだ。


「なんであたしがあんたの娘の結婚式の余興に付きあわないといけないのよ!!」そりゃそうかと僕も思う。

「この間は猫のマスクして大活躍だったじゃないか、中継で見てたけどやっぱりミス小佐波がいると盛り上がりが違う!」どうも闇カジノでのトーナメントの様子を見られてしまったようだ。ゲッツにそう言われてトキネさんは少し赤面した。

「あれは色々と理由があったのよ。なんで私が知らない女の為に見世物にならないといけないわけ?!」


「すいません。父は言い出したら聞かないもので」声のした方を見ると、そこにはいつの間にか草壁さんがワナワナと震えながら立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る