第48話 再戦

 先日の話も終わってもう今日は解散かという所で、自分でも信じられないような言葉が口から出てきた。

「小佐波さん、もしよろしかったらこれから一手お手合わせ頂けませんでしょうか?」

 自分の発言に小佐波さんが答える

「あら、先々週はあれほど嫌そうだったのにどういう心境の変化かしら?」

「金曜日の一件で、何か新しいものが見えたような気がしたんです」

 自分はそう答えた。


「…いいでしょう。そうですね…今回は素手では無くて竹刀を持ってお相手させていただきましょうか」

 そう言って小佐波さんは、用具庫に置いてあった練習用の竹刀を一本持ってきた。次郎おじさんはもう帰ってしまったので、立会人はいない。


 道場の中央で短槍を構える自分と、竹刀を持つ小佐波さんが相対した。立会人がいないので『始め』の合図は無い。自分は全ての感覚を、この正面にいる女性に集中させる。合気とは敵の気を読みそれに合わせる事だ。まずは自分の中身を先日も感じた『明鏡止水』の状態まで鎮める。するとそこに相手の気が入って来る…いや、今回は入って来なかった。


 子供の頃からそこまで自分の気を消し去らなくても、容易に相手の気に合わせることができた。自分の気を鎮めた状態であれば、合気は更なる精度を持って出来るはずだと金曜日の一件でそう感じていた。しかし小佐波さんの気は一向に感じ取ることができない。感じ取れないのだから合わせようもない。それで初めて気が付いた。彼女もまた『明鏡止水』の境地に達しているのではないか。


 そう思ったとたんに急に、外の蝉の声に気が付いた。


 その瞬間小佐波さんはそれまでの中段から八相の構えに構え直した。途端に彼女から炎のような気の渦が溢れだす。今までに感じたことのない大きな気だ。もし自分が全ての感覚をそこに向けていたのなら、心を焼き尽くされてしまったのでは無いかという程に激しい気の炎だった。


「そこまで!!」

 道場内に大きな声が鳴り響いた。声のした方を見るとそこには草壁さんが立っていた。


 自分と小佐波さんは構えを解いて後ろに下がり、お互いに礼をした。

「実際の戦場では体力消耗の少ない八相の構えが有効なんです。現代剣道ではまず使う人はいませんけどね。ちょっと昔を思い出してしまいました」

 小佐波さんは少し寂しそうな笑みを浮かべてそう言った。


 この人は一体どんな人生を歩んできたのだろう。外見は若く見えるが絶対に中身とは違っている。なぜかそんな確信が自分にはあった。そういえば最初に自己紹介で歳の割には若く見られると言っていたのを思い出した。


 立ち合い後、草壁さんはこちらの方へ速足で近づいて来るとこう言った。

「ああ、日曜日だというのに仕事が長引いて危なくいいものを見逃すところでした。茂木君、今はまだ相手にならないことは、対峙しただけで戦うまでもなく分かったと思います。でもあなたが自分の持っているギフトを自覚したうえで修練を積めば、いつかはいい勝負ができるかもしれませんよ?楽しそうな話でしょう?」

 なぜか草壁さんは興奮気味だ。


「はいっ!」

 自分の返事の声の大きさに田村さんと広崎さんは驚いていた。

 

 小佐波さんは笑いながら

「楽しみにしてますね」と言った。

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