第44話 逆転

「なんだ次から次へと……てめーらが仮に今逃げられたとしても、身元がばれてんだから後で周りの人間もろとも半殺しになるって分からねーのか!!」

 東が叫ぶ。それを聞いて琢磨が祥子に向かって声を掛けた。


「しーちゃん心配いらないよ! 今から自分がここにいるやつら全員ぶっ殺すから大丈夫!! ……小佐波さん達は手出し無用に願います!」


 琢磨の言葉にトキネは笑いながら返す。

「君、面白いね。確かに君ならその木刀仕様の短槍でも全員殺せるだろうけど、未成年とはいえ結構長いお勤めになっちゃうよ。まぁちょっと待ちなって」

 トキネがそう言うや否や、東の懐からスマホの呼び出し音が鳴った。


「出た方がいいわよ」

 それを聞いてトキネが東に言う。


「なんだこいつ偉そうに!!」

 そう言って扉付近にいた若い男がトキネに掴みかかろうとした。しかしその手がトキネの体に触れる前に音もなく男の体は宙を舞う。子供がいらなくなったぬいぐるみを宙に放り投げるように、男の体は軽々と上空三メートルぐらいまで舞い上がった。大きな音と共に床に落ちた男は、そのまま起き上がれずにうごめいている。


「良いのは威勢だけだなこのもやし野郎がっ! ちゃんと飯食ってんのか?」

 立ち上がれない男の頭を右足で踏みつけながらトキネが言った。そこに居合わせた全員が、彼女が普通でない事を理解するには、その一瞬の出来事だけで十分だった。


 東がスマホの画面を見ると、それは東の妻からだった。おそるおそる東は電話に応答する。


「パパー」

 そう声を出しているのは東の4歳になる娘だった。

「ほらかわってかわって」

 電話の声は妻に変わる。

「さっきラジオ局の人が来て、生電話で合言葉が言えたら当選だって。いっつもこの番組聞いてるんでしょう?さー合言葉はー?」

 東はそこまで聞いてあわてて電話を切った。スマホを持つ手が震えている。


「お嬢さん4歳なんだってね。……かわいい盛りだ」

 トキネは腕を組んでうんうんと頷きながら

「悪い事するなら家族なんかもつんじゃねーよ!」

 と、低いドスの効いた声で言った。


「汚ねーまねしやがって!!」

 そう言う東にトキネは今度は大きな声で言い返す

「おーおー、どの口がそんなこと言うんだか……」

 そうしてニヤリと不敵な笑みを浮かべてから続ける。


「私も法の枠とか範囲とかには興味が無い方なんですよね。もしその子や周りの人に何かあったら、貴方だけじゃなく家族も含めて生き地獄ってやつを見せてあげるから期待しておいてくださいね」

 トキネの横でそれを聞いていた草壁は、ドン引きしながら冷たく微笑む彼女を見つめていた。


 更にその横で、草壁に拘束されて身動きができない瀬野のスマホも突然鳴り響く。

「そこのロリコンにもラブコールみたいですね。草壁さん、電話に出させてあげて下さい」

 トキネにそう言われて草壁は瀬野の拘束を電話に出られるくらいに解く。瀬野がスマホの画面をみると電話は千葉県警の本部長からだった。


 電話に出た瀬野の顔色が一瞬のうちに変わった。

「はい。え? 警察庁長官から? 動画? え、もう?!」


「ハイ終わり」

 そう言ってトキネは副本部長からスマホを取り上げると、床に転がして足で踏みつけて破壊した。そうして今度は祥子と東の方を見てこう言った。


「高校生の子供相手に人質とるとか、くずのくせして更にへなちょこかよ!  同じ刃物使うんなら脅すんじゃなくて戦って見せろや!」


 そう言ってからトキネは視線を琢磨の方に移す。


「……そうだな……そこの高校生に勝てたら見逃してやらなくもない」

 そう言ってトキネはまたニヤリと笑った。


「ふざけやがって」

 そう叫ぶと東は祥子は解放して、手には短刀を持ったまま琢磨の方へ駆け寄っていく。

「そんなへなちょこにでも刺されたら死ぬからね。あとはまぁがんばれ!」

 トキネのその言葉に呼応して、琢磨は短槍を構えた。本物の刃物を持った人間と対峙するのは母が刺された時を除けば、生まれて初めてだ。

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